第3話 休日(2013お題:休日)

 落ち着き所のいいところを探して彼の体を枕にする。セックスが終わった後の彼はいつもそうだ。急転直下で眠りについて、気づけば深い寝息に身を任せていた。

 緩みきったそのリズムを耳に、わたしはそろり、仰いで微笑む。

 間抜けた顔。

 思わざるを得ない。

 半開きの口は今にもイビキをかきそうだし、同じように力を失い緩んだ眉間は子供みたいに無邪気と開き切っている。閉じたまぶたは微動だにせず、唇だけが時折、所在なさげに動いて何かを求めていた。かと思えば詰まった鼻が大きな音を立て、息が止まったのかと思うほどピタリ、止む。

 七面相に声をひそめて笑っていた。なによりそのひとつひとつが可愛いくて仕方なくなる。過ぎた無防備に放っておけないイタズラ心もくすぐられるけど、それこそやってはいけないことと我慢のしどころだろう。眺めるこのひと時も楽しみのひとつなら、起こしてしまうなんてもったいなくて、つまらなさすぎて、気が利かない。

 昨日、彼は、空飛ぶ異端者を射落とした、とわたしに話し聞かせてくれた。成し得た快挙にひどく興奮した様子で、わたしにだってその意味くらい理解できる。けれどそんな一大事の真偽をわたしは確かめることができない。

 今日は休日。

 新聞もお休み。

 本当の話なら、きっと明日、センセーショナルな見出しで彼の話は世界中へばら撒かれることだろう。

 そんな男と、わたしは寝た。

 夢の中で成し遂げた偉業を声高と叫んでいるのか、見つるめる先でまた口元が舌打ち動く。かと思えば揺り起こされたかのような唐突さで、彼は不意に目を覚ました。そうしてすぐ打つ相槌には、まるで聞いていなかった話を誤魔化すような性急さがある。眠ってしまったことを取り繕っているのだ。いや、腑抜けたあの顔を取り繕っているのかもしれない。分かれば寝顔もこれまでだった。

 見て見ぬフリもわたしの役目なら、彼の望む通り時間をつなぐと話を切り出してあげることにする。

「ねえ、あたしが女じゃなかったらどうしてる?」

 脈絡こそいらないのだから、彼が素っ頓狂な顔を向けたとしてそれ以上、付け足す言葉も何もない。だからして見つめ合えば、やがて彼にもそれが他愛もない思い付きだと知れた様子だ。言われた通りを思案するまま、天を仰いでみせた。先ほどまでとは打って変わって、意思を宿した唇でこう告げる。

「こんなところで寝転がってないで、相棒にして銀行強盗にでも行ってるね」

 指揮をとるように、回した腕でわたしの肩をポンと弾く。

 そんな解答は卑怯だ。わたしは思わず目を輝かせていた。

「銀行強盗?」

「一生分の金を三十分でちょうだいする」

 馬鹿げた大胆さが彼らしい。

「なら、あたしは運転手?」

 ハンドル片手に背後を伺う仕草を思い浮かべた。

 だが違う、と彼は否定してみせる。

「いや、背後を任せる。貯金を引き出しに来た婆さんと、商談に来たスーツを床に伏せさせるんだ。その間に俺が銀行員から現金を引き出させる。もちろん誰も傷つけない。クールで紳士がモットーさ」

「休日の強盗紳士ね」

 確かめ片眉を吊り上げた。

 その通りと、彼も唇の端を持ち上げその気で返す。

 そんな唇へ唇を押し付け、わたしは言っていた。

「興奮する」

 そうして見せつけるのは、ついさっき押し込めたイタズラ心を映した瞳だ。

「ね、今からやりたい」

 せがんで試した。

 鼻で笑い飛ばす彼は繰り返す。

「女じゃないなら、だろ?」

 だとして今さらな言い分だ。わたしにはもうお見通しなのだから暴いていた。

「あら、想像に出てきたのはどんなわたし?」

「スレンダーで髪が長い」

 観念して教える彼の声は案の定、秘密を明かすように小さい。

 わたしはそれごらん、と彼の鼻をつまんで返す。悔しげに振り払った彼に反撃されて、その胸を突き返した。参ったといわんばかり声を上げたのは彼の方だ。

「よし。俺たちの休日なんだ。存分に楽しむ!」

 合図はそれだけ。

 頷き返すより先に息は合って、先を争い身を起こす。

 脱ぎ散らした互いの服を投げ合いながら身に着けて、鏡の前で悪党面を仕込みにかかった。準備万端、整ったなら急かされるまま部屋から飛び出す。

 銀行は、きっと動かず待ってくれているはずだった。たとえわたしたちのために動いてお金を用意してくれたとしても、明日の新聞に載る余地こそない。

 今日は休日。

 奪われた心のままに全てへ手を出す自由の日。

 可愛い彼と車を飛ばす、奔放の一日。

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