もってない「保手内くん」と、もってる「もち子さん」

トネリコ

真逆のあなた

 




 

 

保手内もてない、どこ行くんだ?」

「先輩? ちょっとお昼買いに」

「へぇ、じゃあ俺のも頼むよ」

「いいですよー。じゃあ、はい」

「ん? 何だこの手は」

「そりゃ先払い方式なんで」


 にぱーと笑う保手内くん。

 彼は男気というものは持っていない。

 お、おう、と律儀に財布を開く先輩。

 なお名前は今後も出ない。





保手内もてない-!? これは何だー!?」


 周囲は視線を投げさえしない。


「え? 美味しそうじゃないですかー?」

「どこがだ!? どこでこんな不味そうなの買えるんだ!?」

「そこの飯屋ですよ?じゃあ俺のと交換します?」

 

 覗き込んだ先輩は青ざめて首を振った。

 保手内くんは一般の味覚をもってない。





「あ、先輩」

「何だ?」

「ズレてますよ」

「書類か? それくらいお前の方で直して…」

「いや、鬘」

「俺はヅラじゃない! あと大声で話すんじゃない!」

「え。初耳です」

「驚くなぁぁ!」


 保手内もてないくんはデリカシーを持ってない。

 




「仲良しでいいなぁ…」


 ぽけーっと頬を染めて保手内くんを眺めるもち子さん。

 彼女は大らかな人柄を持っている。

 彼女はふんわりした可愛らしい容姿を持っている。

 彼女は小柄な背を持っている。

 彼女は社内での人気を密かに持っている。

 

「格好いいなぁ」


 そしてなんと彼女は保手内くんへと恋心を持っていた。

 




「節穴になってない? どこがいいの」


 呆れた顔の同僚。

 もち子さんはいい友人を持っている。


「え、えっと…。自分をしっかり持ってる所」

 

 真っ赤になって下を向くもち子さん。

 周囲の男性は歯軋り状態になっている。


 そんなもち子さんは唯一自分に自信を持ってない。





 ある日、曲がり角でぶつかった。

 慌てて見上げるもち子さん。


「ご、ごめんなさ……。も、保手内さんっ!?」

「あれ? 名前知ってるの?」

「えええっと、は、はい」


 更に慌てて挙動不審になるもち子さん。

 しかし残念ながら保手内くんはもち子さんを覚えてない。

 

「そう。じゃ」

「は、はい」


 あっさり去る保手内くん。

 彼はフラグを掴む能力を持ってない。

 それをぼんやりと見送るもち子さん。


「か、かっこいい…」


 彼女は恋のフィルターを持っている。




 

「ど、どうしよう…」


 もち子さんは、ぶつかった時に落とした保手内くんのペンを持っている。

 社内の試供品ペンを片手にあっちへうろうろ、こっちへおろおろ。


「いや、見ていて鬱陶しいからさっさと行きなさいよ」


 同僚に呆れ顔で追い出されてしまったもち子さん。

 彼女はいい友人を持っている…と思っている。


「も、保手内さん!」

「ん? 誰?」

「あ、さっきぶつかった人です」

「なるほど」


 もち子さんも恋する相手への自己紹介に、これでいいのかとちらっと思う気持ちを流石に持っている。

 そんな保手内くんは未だに相手の名前を知っていない。





「これ…、落としたので」


 もち子さんが真っ赤な顔を持ちながら安物のペンを差し出す。

 それを見下ろした保手内くん。


「あ、別の使ってるからそれあげるよ」


 にぱーと笑顔である。

 近くに居た先輩は保手内もてない違うだろおおおと内心で叫んでいる。

 保手内くんに悪気はない。

 ただ、律儀な女の子だなという印象だけ残っている。

 そんなこんなで去った保手内くん。


「も、もらっちゃった…」


 社内のペンを片手にふるふると震えるもち子さん。

 その姿は、思わずそっと胸ポケットの同じペンを先輩に隠させる力を持っていた。





 ある日、社内でビンゴ大会があった。

 

「あ、ビンゴだ…」

 

 もち子さんは運気を持っている。


「でも一番は恥ずかしいし、いいや…」


 一等の炊飯ジャーが気になるもち子さん。

 名残惜しいが恥ずかし気を持っている。


「ビンゴしてますよ。それ」

「へ?」


 横から現れた保手内くん。

 ひょいっとカードを取り、気付かなかったのだろうと大声でビンゴ―と告げた。

 何だ何だという視線をものともしない保手内くん。

 彼は羞恥心というものを持ってない。


 炊飯ジャーを手にした真っ赤なもち子さん。

 彼女は喜ぶべきか、穴に入るべきかで迷いを持っている。





「昼飯、どうすっかなー」

「せ、先日はありがとうございました」

「えーっと、あ、ビンゴの子?」

「ビンゴの子です」

「なるほど」


 おニュー炊飯ジャーが嬉しく張り切り過ぎたもち子さん。

 彼女の家には冷凍された白米が山の様に待っている。

 偶に思い出してはキャーッとしゃもじが迸った力作達である。


「実は作り過ぎてしまったので、よければ消費してもらえれば…」


 彼女はラッピングされたおにぎり達を持っている。ゴマで顔も作ってある。

 横目に見た同僚は、そんなテンプレ作戦あるかと呆れ顔で内心ハラハラしている。

 

「マジすか? どもっす」


 一瞬で顔も見られず胃の中に消えゆくおにぎり達。


「お、お味の方は……」

「普通ですねー」


 横目に見た先輩は、目元を手で覆い天を仰いでいる。

 保手内くんは着飾る言葉を持ってない。

 新婚っぽい会話だと喜ぶもち子さん。

 彼女は初心な心を持っている。





 ある日、こけてしまったもち子さん。

 雨の中、紙袋は破け周囲に中身が散らばっている。

 横断歩道の真ん中で焦りを持つもち子さん。

 彼女は膝を擦り剝いている。

 

 大勢の人がいるのに、人は彼女を避けて点滅に慌てて渡り切ってしまった。

 カラフルな波に取り残されてひとりぼっち。

 

 不意に、いつもドジばかり踏み、何も出来ない自分に落ち込むもち子さん。

 冷えた身体と震える手。

 雨に打たれ、熱い水が頬を伝いながら最後の傘を拾おうと周囲を見渡した。


 しかし、不意に雨が止む。

 

 呆気に取られて上を見上げた。


「これも落ちてましたよー」


 クラクションが響く中、赤信号を無視し、傘を拾い、差し出す男の人にもち子さんは恋心を持ったのである。





 いそいそと毎日おにぎりを貢ぐもち子さん。

 彼女は胃袋から掴む作戦を持っている。


「お味は…」

「普通ですねー」


 落ち込みつつもリベンジに燃えるもち子さん。

 その姿は先輩に目頭を押さえさせる威力を持っている。


「でもいつもありがとう」

「っ! っ!」


 にぱーっと笑う保手内くん。

 その姿はもち子さんのハートを打ち抜く威力を持っている。


 残念ながら先輩は「保手内は味覚音痴なんだよ…」と言える勇気を持ってない。

 なお、保手内くんは自分が味覚音痴だと微塵も思ってない。





「もち子、あんな無神経な男のどこがいいの」


 同僚は胸やけがするので最近パン食だ。

 もち子さんはきょとりと瞬きした後、惚気るように頬に手を当てた。

 

「保手内さんは確かに配慮はないけど、見ず知らずの相手でも一番に声を掛けて助けてくれる優しさを持ってるの。言葉に遠慮はないけど、嘘はないしお礼も必要な時はすぐ言ってくれるの」


 欠点を盲目に見ない訳でなく、受け入れて長所を愛する様は恋よりも一歩進んでいるように見えた。

 思わず胸やけが進む同僚。

 最近彼氏と別れた同僚には核弾頭級の破壊力を持っている。


「なら…、いい加減名前覚えてもらいなさいね」

「ううっ」


 同僚の返し刀はもち子さんに一万ダメージ級の破壊力を持っていた。




 

「も、保手内さん」

「ああ、こんにちは」

「私はもち米のもち子です。おにぎりと一緒に覚えてくださいっ」


 ぺこりと頭を下げ、もち子さんは笑顔状態のおにぎりを献上している。

 手の平の上では、局所的地震で微振動を繰り返すおにぎりが上下左右に影分身している。

 離れて見守る同僚は、その捨て身の名前アピールに同情を持っている。


「もち米? これって白米だと思ってた」

「あっ、いえっ! これは白米です!」

「そっか」


 保手内くんは一般的な着眼点を持っていない。

 離れて見守る先輩は、最近涙もろくなっていてもち子さんに同情を禁じ得ない。


 ひょいっともち子さんのおにぎり本体を取った保手内くん。

 もち子さんは、名前、はくまい子と覚えられたらどうしようと焦りを持っている。

 テンパっているとも言う。何故ならもち子さんは未だに保手内くんと会うことに慣れを持っていない。


「名前」

「も、もち子です!」

「よくおにぎりを”む子”だよね。覚えた」

「っ! っぅ~!」


 にぱーっと笑う保手内くんに、真っ赤になって喜びを噛み締めるもち子さん。

 先輩はお前にしてはよくやったという親心を持っている。

 同僚は自分の歳と汚れ具合を感じて眩さに二人を見れていない。





「わ、私、告白するっ」

「もち子、あんた本気!?」


 思いとどまらせねばと言葉を続けようとした同僚。

 しかし、いつも自分に自信が無く、自ら主張などしなかった友人の頑張りと意気込みをずっと見て来ている。

 相手が保手内なのは気にくわないが、成功して欲しい気持ちも持っている。


 なので続きの言葉は別のものに変わった。


「そう。フラれたら一緒に何か食べましょ」

「ありがどううう」

「はいはい」


 もち子さんは既にフラれそうだと思っている。

 でも、伝えたい気持ちを持っている。





「保手内さん!」

「もち子さん。急ぎの用事ですか?」

「ち、違うんですっ」


 真っ赤になってぱくぱくと声が出ない様子に、察せる男、先輩は辺りを見渡す。

 よくもち子さんと一緒に居る同僚が、鬼の眼光で席を外せとジェスチャーしていた。


「保手内、俺はちょっと手洗いに行ってくる。それまで待っててくれ」

「あ、じゃあ俺も一緒に」

「男には、一人で行かなければならない時もあるんだ」

「先輩そんなに連れション反対派だったんですねー」


 多大なる誤解を解きたいが、外部圧力に屈する先輩。

 彼には時間が残ってない。


 周囲に感謝しつつ、真っ赤な顔で勇気を振り絞るもち子さん。

 目はうさぎよりも真っ赤な潤みを持っている。

 傍目にとても愛らしいが、保手内くんは残念ながら一般的な感性は持ってない。


「もち子さん花粉症ですか?」

「いえ、違います。あのあの、えっと」

「はい何でしょう」


 いつもの陽気な笑顔は、もち子さんの肩の力を少し抜くパワーを持っている。


「も、保手内さんに初めてお会いした時、私、横断歩道で転んだんです。雨降ってて、一人で」

「ごめん覚えてなくて…」

 

 何処かでメリィッッとコンクリの壁が握られる音がした。

 同僚は意外と乙女心を持っている。


「だ、大丈夫ですっ! そ、その時に私の傘を拾ってくれたんです。赤信号だったのに」

「もち子さんとその時会ってたんだねー」


 にぱーと笑う保手内くんに、勇気を振り絞るもち子さん。

 ハラハラする同僚。パラパラ舞う破片。横目にそれを恐々見る先輩。


「そ、それから好きです! あの時はありがとうございました! 私のおにぎりを毎朝食べてください保手内さん!」


 毎朝味噌汁作っての変化球に、もち子、それはないでしょと顔が青くなる同僚。

 意外とツボを撃たれていい逆プロポーズだと感動する先輩。

 どちらが正解かは分かってない。


「好きなの?」

「はい!」

「俺、もち子さんに恋愛感情持ってなかったよ」

「っぅ!」


 ショックで大ダメージを受けるもち子さん。

 同時に膝を付く先輩と同僚。

 回復魔法は現代にない。


 それでも予想はしていたもち子さん。

 泣きはしまいと必死で笑顔になる。


「あ、ありがとうございます。私なんかが保手内さんとお付き合い出来るとは思ってなかったので…。ごめんなさい」

「何で謝るの?」

「え? えっと、好きになって…」

「嬉しかったから謝らなくていいよ」


 保手内くんは過去に告白された記憶は持ってない。


「あと、ありがとうは何のお礼?」

「え、えっと。こ、告白を聞いてくれて…」


 それ以上は言えず真っ赤になって俯くもち子さん。

 小さくなるもち子さんを見下ろす保手内くん。

 保手内くんはもち子さんに恋愛感情を持っていない。

 持ってはいなかった。

 が、一生懸命で丁寧な態度に好感は持っていた。


 自分が人とズレていることは自覚している保手内くん。

 それが悪いとは思っていない。

 でも邪険にされることや、悪感情を見せられ、粗雑な態度を取られることばかりである。

 だが、それらの態度を取る人々が悪いと思ったこともない。


 しかし、もち子さんはそんな自分が好きだという。

 不思議な心地であった。


「聞くぐらいならいつでもするから、それもお礼はいいよ。あと…」

「はっ、はい!」


 背筋を伸ばすもち子さん。さながら自衛隊の訓練生である。

 四つん這いから二足歩行に戻った保護者二名。

 片方は保手内くんの発言如何によってはヤル気満々だ。

 片方は保手内の態度如何によっては締め上げる気満々だ。

 結論。保手内くんは味方を持ってない。


「付き合えると思ってなかったのに告白したの?」

「そ、それはっ」


 俯くもち子さん。

 顔を上げたのは、その声が柔らかさを持っていたから。


「保手内さんは私なんかよりとても素敵な方ですので……。もし駄目でも、お礼を、あの時助けて頂いたお礼をどうしても言いたかったんです」

 

 先輩、その健気さに内心大号泣である。

 同僚、その真っ直ぐさに心が大被害である。


「もち子さん」

「は、はいっ」

「もち子さんも素敵な点が多いから卑下しなくていいと思うよ」

「っ!」


 もち子さんは、今まで自分に自信を持っていなかった。

 でも、勇気を出して告白して、保手内くんにそう言って貰っただけで認められたような、報われた気持ちを持った。

 それはとても心を温かくさせた。

 例えフラれてしまったとしても、保手内くんに感謝だけ抱ける程。

 

「あ、ありがとうございます」

「うん。俺も、覚えててそう言ってくれたの嬉しかった。だから、今は恋愛感情持ってないけど」

「は、はい」


 きょときょとと思わず目を瞬くもち子さん。

 おやおやおや?と思わず二人で両手を合わせあう保護者二人。


 珍しく少しはにかんで、保手内くんはにぱっと笑った。


「おにぎり、毎朝握ってくれると嬉しい。もち子さん、付き合ってみますか?」

「……、は」

「は?」

「はいいいいい」


 バッターんと卒倒するもち子さん。

 真っ赤な顔で目が回っている。

 流石に保護者二人も飛び出して慌てるが、当の本人は極上の夢へ飛び立ち中である。





 その後、よく二人でおにぎりを頬張る姿を見掛けるようになったとか。

 同僚と先輩がよく一緒に話してる姿を見るようになったとか。

 最近パン食の人が増えたとか。



 色々あれど



 保手内くんは終生二人目の彼女を持ってない。

 もち子さんは終生旦那様に愛情を持っている。





 それだけは真実である。

 








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もってない「保手内くん」と、もってる「もち子さん」 トネリコ @toneriko33

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