004
「あはは、あの可愛い女の子は、君の妹なんだ」
「悪かったな、似てなくて」
俺と転校生は横に並んで、一緒に歩いていた。さっきまでの不穏な空はどこへやら。暖かな夕焼け色に染まっていた。カラスの声が小さくこだまして、少しずつ夜に向かっていることを予期した。
「なんだか不思議だよ。友達と一緒に歩くなんて」
彼女は落ち着かない様子で周りを何度も見渡して、体をモジモジさせた。そんなにソワソワする必要もないだろうに。
「そうだ、これからは一緒に学校に行こうよ。家は隣なんだし。……あ、もしかして一緒に登校している友達がいたり?」
「大丈夫だ。今年からは一人だ」
「今年からは?」
「……いや、なんでもない」
俺の言葉に疑問を抱いたようだが、そんなことはどうでもいいことだ。
今、彼女に言う必要はない。
家に近づくと、彼女は軽く伸びをして、息を
「ふふっ、今でも信じられないなぁ。ボクに友達ができたなんて」
彼女は、友達ができたことに喜びを感じているような表情をしている。それにしても生き生きとしすぎている。
「友達がいなかったなんて信じられないぞ」
というのも、会話をしてみると彼女は驚くほど聞き上手で、しかも信じられないほど話し上手だった。人の話は目を見てちゃんと聞き、タイミング良く相槌を打ってくる。反応も良く、話が途切れない。声も聞き取りやすく、ゆったりとした口調だ。
「ふふ、どうしてだろうね」
常に笑顔で、喋ってるこっちも嫌な気がしない。俺の方がよっぽど聞き下手で話し下手なのに。
「ちょっと、変わったところがあるからかもね」
小さくそう呟くのを、俺は聞き逃さなかった。
俺の家の前に着く。彼女は自分の家の門まで駆け寄り、こちらに顔を向けた。
「ここまで、あっという間だったよ。ありがとう」
本を小脇に抱えて、手を振ってきた。俺も軽く振り返した。すると、気づいたような顔をして、
「明日は、ボクが君の家の前まで迎えに行くよ。登校準備をして待っててくれ」
時間については言わなかったが俺は大きく頷いて見せた。それに呼応して、彼女は微笑んだまま、家へと入っていった。
「……」
さっきまで彼女のいた場所を眺めて、一息吐いた。なぜかおかしくなって、少し含微笑んでしまった。
「どうしたのお兄ちゃん」
「うおっ」
知らぬ間に、妹が横に立っていた。しかも、ちょっと怒っている風の声色だ。
「お兄ちゃん遅いなーと思って待ってたら外から声がするし、暇だから覗いたの……お兄ちゃん、あの女の人と友達だったの?」
友達だったというか、なんというか。
今日なったというか、なんというか。
「話はあとでするから、中に入ろう」
「う、うん……」
納得のいかないような顔をして、妹は家の中に入っていった。俺も後ろについて、家へと入った。
次の日の朝は、家のインターホンから始まった。
「……ん?」
寝ぼけた目で時計を見ると、俺が起きる数十分前の時間。何かの聞き違いだろうと、もう一度枕に顔を埋めた。しかし、
「お兄ちゃーん! 昨日の女の人!」
妹の幼い声は耳にキンと響き、一気に眠気がさめた。急いで部屋を出て、階段を降りて、妹がインターホンの受話器を持って、俺に手招きしていた。俺はすぐに受話器を受け取り、朝の寝ぼけた声を出さないように、一度深呼吸をして、通話に応じた。
「はい?」
声が出ない、だけなら良かったが、裏返ってしまった。その声に、相手は吹き出した。
「あはは、まだ眠っていたのかな?」
その相手は、昨日一緒に帰った転校生である。まさか、もうお迎えにきたのだろうか。
「ボクは待っているから、ゆっくり準備してくれ」
「俺が起きる時間より早いぞ」
「ふふっ、つい楽しみになってしまってね」
声のトーンではあまり変わっているようには思えなかったが、嘘をついているようには聞こえなかった。
「待ってろ、すぐに行くから」
「うん、待ってる」
言葉を聞くだけで、先日の彼女の笑顔が浮かび上がってくるようだった。
急いで支度をして、食パンをくわえたまま外に出た。
彼女はこちらに背を向けていたが、ドアの音に気がついてこちらを振り向いた。口にくわえられた食パンを見て、クスリと笑った。
「あはは、そんなに急がなくても良かったのに」
「来るのが早いんだよ」
「さっき言ったとおり、ワクワクしちゃってね。ほら、遠足の前日って眠れなくなるくらいに楽しみになってしまうだろう?」
ハニカんで、彼女は後ろに手を回した。俺は気恥ずかしく思って、頭を掻いた。
「次はもっと遅く来いよ。流石に早すぎる」
「うん、反省反省。……それじゃあ行こうか」
「ああ」
彼女にとって初めての友達ができた。そして、それは俺にとっては中学校で初めての友達ができたことを意味した。
俺と彼女は、横一列になって歩く。昨日と同じように。早朝の爽やかさと肌寒さを伴いながら――。
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