第24話 兄妹(4)
「それじゃ、お母さんは変身しちゃったちゆきに怒って、出て行っちゃったのか」
八尋は布団の脇に
「うん」と首肯する颯汰。
「ちゆがわるいの」
そう呟いた途端、自分の言葉に悲しくなったのかまた泣きそうになる妹の背中を、颯汰の手が優しく撫でる。
八尋は颯汰を見る。昨日は彼も一部だけ変身してしまっていたようだが、今日は目につく限りではその様子はなかった。
「颯汰は、猫になるかならないかは自分で操れるのかな」
「時々、うまくできなくなる」と颯汰は答えた。「ちーちゃんがお母さんにおこられてるときとか、どきどきしちゃうから。だからぼくもお母さんにおこられる」
「どきどきしたり怖くなったりすると、変身しちゃうんだね」
頷く颯汰。ちゆきもきっとそうなのだろう。ギフトを発現して間もない人や、特に子供では能力が制御できないことはよくあることだ。
ギフトを自在に扱えるかどうかは、基礎的な心構え以外は、ギフトの種類や個人の資質、日々の訓練といった部分に大きく依存する。
二人に年齢を聞くと、颯汰は七歳、ちゆきは五歳だというので、ここまで幼い子に操作方法を習熟させるのはかなり難度が高い。ましてや、八尋は変身の制御方法を知らない。
同じ種類のギフトを持つ宗一郎に助力をお願いするのはどうだろうかと考えていたところで、ちゆきの両腕の変身が徐々に解けていった。八尋がきたことで少しは気持ちが落ち着いたのだろうか。ほっとする思いでその様子を見守っていた。
露わになった両腕の肌が赤黒い痣だらけなのを目にするまでは。
「どうしたんだこれ」
八尋は注意深くちゆきの手を取って訊ねる。
「痛くないか。大丈夫?」
「ちょっとね、チクチクするけどね、だいじょうぶなの」と返事するちゆき。思ったよりも平気なのかもしれない。だがその余りに痛々しい両腕の姿に、八尋はふつふつと怒りが湧く。
「お母さんが叩いたのは、ちゆきの両腕?」と、八尋は颯汰を見て質問した。颯汰が首を縦に振る。きっと、変身した両腕を何度も叩いたのだろう。一面、内出血している。
「颯汰は大丈夫? お母さんに叩かれてないか?」
「……おしり」小さな声で颯汰が答える。「ちーちゃんがおこられたとき、ぼくこわくて、しっぽが生えちゃって。そんなわるいおしりはおしおきだって、たたかれた」
「ちょっと見せてもらってもいいかな」
ゆっくりと後ろを向く颯汰の、ズボンをほんの少しだけ下げる。こちらも酷い痣ができている。
八尋は逡巡した。このまま母親とこの子たちを一緒にしていたら、また暴力を振るわれる可能性がある。だが分離したとして、どうする。
公立の児童支援施設に助けを求める? いや、ギフトをコントロールできないこの子たちを預けられる場所じゃない。ならば、止まり木内部で援助を求めるか。信頼できそうな人間はいないか。
「ぼく、お母さんといっしょにいたい」
颯汰が突然口にした。八尋は驚いて彼の顔を見る。八尋が何か考えていることを察したのかもしれない。
「……そっか。颯汰はお母さんと一緒にいたいんだね」
まずはその気持ちを受け止めようと八尋は思った。
「うん」と颯汰が頷くと、「ちゆもおかあさんといたい」とちゆきが同調した。八尋はちゆきの顔を見て「ちゆきも一緒がいいんだね」と伝える。こくりと頭を動かすちゆき。
「わかったよ。……でも、こんなひどくなるまで叩くのはやめさせなきゃ」
八尋がそう口にした時の、二人の怯え様は異常だった。青ざめて、しきりに首を横に振る颯汰が「お母さんにきらわれちゃう」と泣きそうになりながら八尋にすがりついた。「おねがいします。お母さんには言わないで」
「でも」
「だいじょうぶだから」と言う颯汰が口角を上げて笑顔を作った。「つぎはちゃんといい子にする。そうすればお母さんもたたかない。ちーちゃんがうまくできるよう、ぼくが教える。だからだいじょうぶ」
八尋は言葉を失った。颯汰の切実さが伝わってくる。
「お父さんはもういないからだいじょうぶ」と颯汰が言った。何かに反応したように、ちゆきの身体がびくりと震える。
「お母さんもぼくたちのことでお父さんにたたかれないから、だからだいじょうぶ」
当然、この子たちも父親から酷い暴力を受けていたのだろうと想像できた。
「……お母さんは、お父さんに叩かれていたんだね」
「でももういないからだいじょうぶ」と颯汰は繰り返した。「お父さんがいなければ、お母さんも前みたいにやさしいお母さんになると思うから。だから、お母さんのことをおこらないでください」
切々とした願い。八尋には、目の前の兄妹を傷つけずに済む選択肢が見当たらない。
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