第23話 兄妹(3)

 シェルターは三階建てで、東側を上にしてコの字を書いたような形状の建物になっている。八尋が入ってきた正面玄関は南西側に位置している。中庭を囲むように廊下は内側を巡っていて、居室は外周側に面している。

 一階西側の棟のみ、先ほどの受付兼事務室の他に、ランドリー室、食堂兼談話室、応接室などが並んでいる。それ以外は全て利用者用の居室だ。北東側にも出入口があるが施錠されているので、入館には全員正面玄関を通る必要がある。

 シェルターと言っても部屋の造りは一般的なアパートと大差ない。少々狭いが一通りの家具は備え付けられており、小さなキッチンやトイレ付きユニットバスも各室にある。

 居室には個人用と世帯用があり、世帯用居室は西棟一階を除いた東西南の各棟各階に一室ずつ、合計で八室が用意されている。

 利用者から使用料金は徴収していない。迫害等により保護を必要として訪れるホルダーの多くは経済的にも困窮している。まずは生活を整えて、段階を踏んで自立を目指す、というのが元々の理念だからだ。現状、それに沿う支援ができてるとは言えない状況だが。

 八尋はまず一階東棟の世帯用居室を目指した。新しい入所者には、意地の悪い同僚たちが嫌がらせとして入り口から一番遠い部屋を割り当てることが多いからだ。

 南棟廊下を曲がり、東棟廊下を直進するとその突き当たりに閉鎖された外出口がある。この扉を使えるようにすれば利用者の利便性が上がるが、当然のように同僚職員は「手間が増える」という理由で反対し続け、今に至るまで改善されていない。

 その出入口のそばにある部屋が世帯用の居室だ。

 扉の脇に入室者の氏名を手書きした紙片が掲げられている。職員が入所手続きをする際に記入して掲示するルールになっている。彼らもそのくらいの仕事はこなしたようだ。

 その紙には三人分の名前が記載されていた。


 東條とうじょう あずさ・颯汰・ちゆき


 男女構成は母親と兄妹というあの家族と一致する。それに先日までこの部屋は空室だったはずだ。恐らく間違いないだろうと踏んで、八尋はインターフォンを鳴らした。

 どたどたと走り寄ってくる音が聞こえて、勢いよくドアが開く。昨日出会った男の子だ。嬉しそうに見上げていた表情は、しかしみるみるうちに悲しげなものになっていく。

「こんにちは。昨日会ったんだけど、覚えてないかな」

 八尋は腰を屈め、微笑みを作って声を掛ける。

「名前、颯汰そうたくんっていうのかな」と問いかけると男の子が小さく頷いたので八尋も「俺は橘八尋。よろしくね」と自己紹介した。

 颯汰がおずおずと礼をしたところで、部屋の中から声がすることに気づいた。小さな子がすすり泣く声だった。

「泣いているのは、妹のちゆきかい」

 なるべく優しく訊ねたつもりだが、はっとした顔をしてうつむき黙ってしまう颯汰。どうしたものかなと考えたところで、そういえば、と八尋は気づく。母親が出てくる気配がない。

「お母さんはいるかな」

 颯汰は下を向いて返事をしない。その様子こそが答えを指し示している。

「中に入るよ。いいね」

 八尋は膝をつき目線を合わせて、颯汰とまっすぐに向き合った。颯汰は泣きそうな顔になりながらも、こくりと大きく頷く。八尋は微笑んで颯汰の頭を撫で、室内に入る。

 1LDKの間取りになっている世帯用居室。手前にダイニングテーブルが置かれた一室があり、奥に寝室用の部屋がある。ちゆきはそこにいた。

 敷きっぱなしになった布団の上で、ぺたんと座り込む姿勢でしくしくと泣いている。昨日見た尻尾はなかったが、目元を拭っている手が爬虫類のそれに変身している。

 不意に泣き止んで顔を上げて八尋を見たが、すぐに顔を歪めて「あー、あー」と声を上げてまた泣き出してしまった。

「大丈夫? どうしたのかな」

 八尋はちゆきのそばに座って、頭を撫で背中をさする。

 後ろから颯汰が「お母さんに叩かれたの」と言ったので、八尋は手を止めて後ろを振り向いた。うつむきがちで、服の裾を手で握りながら、上目遣いに八尋を見る颯汰。

「お母さん、ぼくとちーちゃんがきらいなの」

「そんなことは」ないよ、と言いかけて八尋は口をつぐむ。気休めを言うことが彼らのためになるのか、迷った。

 考えて、「どうしてそう思うのかな」と聞くことにした。

「お母さん、ぼくとちーちゃんがネコときょうりゅうになると、すごくおこるから」

 うなだれながら寂しそうに語る颯汰の姿に、八尋は痛ましさを覚えながら彼の頭を撫でた。

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