第17話 狼(1)
八尋が目を覚ますと見慣れない天井があった。
太い木製の梁が縦横に走っている。天井板が張られておらず、吹き抜けとなった先に見えているのは屋根板のようだ。ずいぶんと古い造りの家屋だった。頭上が高く開放的だが、そのせいか部屋の中がずいぶんと寒い。
上体を起こす。畳敷きの広い部屋の真ん中で、布団に寝かされていた。十二畳ほどはあるだろうか。八尋の正面の壁は障子紙が貼られた引き戸になっていて、奥が明るい。外に面しているのだろうか。左手の壁は襖で仕切られている。全て開放するか取り外せば隣室と接続できるのだろう。
ここはどこだろう。夜空はどこだ。
自分の手を見る。夜空の首を折った感覚が甦り、気持ちの悪さに思わず眉間に力が入る。なんということをしたのだろうかと自分が怖くなった。
もう何年も、意識のある状態で発作を経験していなかったから気づかなかった。ペナルティの進行は、発作の頻度が上がっただけではなく狂暴性まで増幅させている。
躊躇せず夜空を殺した自分を、八尋はしっかりと覚えている。無意識でやっているとか、別人格に操られているといったものとは違う。あれは紛れもなく自分自身だった。
今、ここにいる、八尋が自分だと感じている自己、それとシームレスに存在している凶暴な自分の存在が、八尋は恐ろしかった。
「起きましたか」
いつの間にか襖が開いていて、そこにいた夜空に声をかけられた。生きている。
ほっとして、それから強烈な罪悪感に襲われる。
なんと声をかけたものか考えあぐねていたのを見透かされたらしく、「昨日のことならお構いなく」と夜空に気を遣われた。恥ずかしさと情けなさで、「ごめん」と伝えるのが精一杯だった。
「謝る必要はありません」
布団の傍らに正座した夜空が平然とした様子で言った。
「あなたは私を殺しても死なないことがわかりましたので。彼女──花の言う通り、あなたなら私の願いを叶えることができるかもしれない」
「願い?」八尋が問い返すと、「ええ」と夜空が小さく頷く。
「私は死にたいのです」
告げられた望みの重さに、八尋は何も言うことができなくなる。
夜空は布団の上に視線を落とし、口を開く。
「今まで多くの命を奪ってきました」
その告白は淡々としていた。
「私の意思とは無関係に、慕った人、赤の他人、善人、悪人、男、女、お年寄り、赤ん坊、動物、植物、ありとあらゆる生命を呪い殺してきた。そのたびに私の死は遠くなり、もはや何度死ねば死にきれるかわからないほどの命が私の中にあります」
起伏のない、ただ事実のみを伝えるような喋り方。初めは違和感があったが、ああ、と八尋は気づく。
きっと、懺悔や後悔はもう飽きるほど繰り返したのだ。だから、心を殺すしかなかったのだろう。身体は死ねなくても、心なら殺すことができてしまった。
絶望するというのはこういうことかと、八尋はまざまざと思い知らされた気がした。
「自殺も試しましたが無駄でした。私の呪いは、身体に触れずとも一定時間そばにあるだけで発動してしまう。取り込む命の量が勝ってしまって死ねませんでした」
夜空が顔を上げて八尋を見た。八尋は自分が緊張したのを自覚する。
「私に触れて死なないのはあなたが初めてです。あなたなら、私を殺せるかもしれない。ですから、お願いします。私を死なせてくれませんか」
八尋は反射的に首を横に振っていた。はっとして、うつむく。
どうすればいいのかわからなかった。こんなもの、なんて答えればいいのだ。
ふと、花の顔が浮かぶ。あいつならどうするだろう。
「今すぐ、というわけではありません。普通に殺すだけでは私は死ねないでしょうし。考えておいていただければ、今はそれでいいです」
八尋は「憶えておく」と返すことしかできなかった。
布団を片付け始めた八尋に、「言伝を預かっています」と夜空が告げた。誰からだろうか。
「屋敷の主からです。起きたら離れにくるように、と」
「主? 離れ?」
「そういえば伝えていませんでしたね。ここは彼の屋敷です。彼はなぜかこの母屋を使わずに離れで生活しているようで、それを知っていた花が押しかけ、我々に一時提供するよう強引に話をつけました。昨晩、あなたが意識を失った後の出来事です」
花の知り合いで、屋敷に住んでいる。一人、八尋にも思い当たる人物がいた。
「屋敷の主はあなたも知っている方のようですよ。花は彼のことを
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