第15話 夜空の力(2)

 会話に気を取られすぎた。進行方向から人影が近づいてきていたことに直前で気づき、八尋は夜空の手を引いて再び歩き始める。

 すぐに人影とすれ違う。視線は向けずとも、八尋たちを舐め回すようにじろじろと見ている気配が伝わる。とにかく今は、早くここを出ることを考えよう。

 道の先に目をこらす。まだ生きている街路灯が飛び石のようにぽつりぽつりと不規則にあるのが見える。光が灯ったそこだけ道が浮かび上がって、それ以外はほとんど闇と同化している。

 突き当たりに、車のライトだろう小さな光が右に左に動いているのが見えた。幸い、まっすぐ進めばどこかの通りに出るようだ。だが距離感が掴めない。あの光はここからどの程度離れているのだろうか。

「おい」

 後ろからかけられた声を、八尋は無視して歩いた。若そうな男の声だった。歩きながら夜空の手を引いて合図し、自分の一歩前を歩かせて男から遠ざけるようにする。後ろからついてきている足音がする。

「おまえらだよ。待て」

 走って逃げるか、とまず考えた。だが道の先に仲間が潜んでいるかもしれない。奇襲を受けるのはまずい。八尋はともかく、夜空が危険だ。夜空が襲われれば相手が死ぬ。それは避けなければならない。

 背後の男が歩みの速度を上げた気配がした。やむを得ず、八尋は立ち止まって振り向いた。夜空を背中にかばうようにして男と対峙する。

 向こうも動きを止めたようだ。三メートルほど先に人影があった。顔にはくっきりと皺が浮き出ていて、声で受ける印象ほどは若くないのかもしれない。

「命が惜しけりゃ金と女は置いてけ」

 男は右手に持った小さなナイフを見せつけるように動かした。

「それ、商売女じゃねえだろ。駄目だなあ、こんなところに連れてきちゃ。肝試しでもしてたのか?」と愉快そうにして下品に笑った。

 こいつは夜空を追っていたゾンビじゃない、と八尋は分析した。彼らの一味なのかもしれないが、少なくとも夜空のことは知らないようだ。ただ単に、通りがかったカモを狙っただけの強盗だ。

 隙だらけだな、と八尋は思った。ナイフを持つ手をふらふらと手を動かしているが、グリップの握りが甘いのがすぐわかった。八尋は一息に踏み込んで相手の右側面に回り込むと、男の右腕を自分の両手で掴んで一気に捻り上げた。あらぬ方向へねじ曲げられた関節の痛みで、男は悲鳴を上げながら上体をくの字に曲げる。その腹へ膝を叩き込む。ナイフが落ちて金属音がした。腕を掴んだ手を離して、今度は頭を両手で上から押さえつけ、そこに膝蹴りを食らわせる。男が前のめりに倒れ込んだところを、駄目押しで頭を踏みつける。

 相手が動かなくなったことを確認し、八尋は再び夜空の手を取って歩き出す。倒れた男は放置した。

 しかし五分もしないうちに二度目の強盗に遭遇した。今度は三人組の若い男たちだった。

「さっきの奴はおまえらの仲間か」

「なんの話だよ」

 どうやら関係ないらしい。別件かよ、治安が悪いのにもほどがあるだろうと八尋はうんざりする。

 三人ぐらいなら夜空をかばいながらでもどうにかできるだろう。そう考えていたところでアクシデントが起きた。

 発作が突然始まった。

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