第14話 夜空の力(1)
八尋と夜空は街灯の少ない薄暗い通りを歩いていた。
喧騒からはずいぶんと遠ざかった。ここまでくれば、あとは素知らぬ顔をして歩いていれば疑われることはないだろう。
「君はどうして狙われてるんだ」
歩きながら夜空に問いかける。彼女の右手は八尋の左手が握ったままで、夜空は八尋に手を引かれる形で少し後ろをついて歩いている。もう手を繋がなくてもはぐれることはないと思ったが、夜空が「もうしばらく手を引いてください」と望んだのでその通りにしている。
「歩いていたところを絡まれてしまいました。彼らの一人が私に触れたんです」
八尋は言葉を失う。夜空に触れる。それの意味するところを八尋はもう知っている。
空はもうすっかり夜の闇に覆われている。アンデッド街は基本的に街灯が少ないだけでなく、たまに立っているものもたいがい割れているものばかりで、光が届かない場所がそこかしこにある。転がっていた空き缶を見落として爪先で蹴飛ばしてしまい、がらんどうな高い音が響いた。自分たちの存在が悪意のある相手に知られてしまったような気分になる。一層注意深く様子を窺うよう気を引き締めて進む。
「君に触れたそいつはどうなったんだ」
「苦しみながらその場で倒れました」
「死んだ、のか」
八尋は緊張を覚えながら訊ねた。
「いえ。私に触れてもすぐに死ぬわけではないので」
「そ、そうか」
まだ生きている。それを知って少しほっとする。
それを察知したのだろう、夜空は「まだ死んでいないだけです。数時間経過で死に至りますから、もうじきでしょう」と付け加えたので、八尋は言葉に詰まった。早合点を恥じる。
「呪いを解くことはできないのか」
「できません。この力は私の意思に関係なく、条件を満たせば平等に発動します」
八尋の能力も自分の意識とは無関係に常時発動している。それと同じようなものなのだろう。
無差別に周囲の命を奪ってしまう能力。勝手と知りながらも、その人生に起きたであろう悲劇を想像してしまう。
「突然倒れた彼に私が何かしたように見えたのでしょう。彼らは剣呑になりました。そこへ突然彼女が現れ、彼らを救ったのです」
彼女とは花のことだろうが、不思議な言い回しが八尋には気にかかった。
「彼らじゃなくて君を救ったんじゃないのか」と問いかけてから、その意味したところを悟った。夜空に手を出せば、死ぬのは相手だ。
「いや、でも」と八尋は口にしていた。どこか言い訳をするようで、自分は一体誰に抗弁しているのだろうかと妙な気分だった。
「相手が危害を加えてくる可能性だってある。もしかしたら殺されてたかもしれない。君だって危ないところだったはずだ」
そのはずだと確かめたい気持ちに駆られていた。救いを求めるような思いだったのかもしれない。
「私が殺されることはありません」
きっぱりと夜空が言う。
「どうして言い切れる」
「私は死ねませんから」
夜空が口にしたことの意味が八尋には理解できなかった。
「私の呪いに殺された人がどうなるか、あなたは知らない」と夜空が言葉を継ぐ。
「どうなるんだ」
「消滅します」
八尋は足を止めて夜空を見た。彼女も立ち止まり八尋に顔を向けた。生き残った街路灯の明かりで微かに照らされた彼女の顔からは、どんな感情も窺えなかった。
「身体は塵一つ残さず消え、彼らの生命は私の中に取り込まれます」
「生命を、取り込む?」
夜空の言葉を繰り返しても、それが何を意味しているのか飲み込めない。
「取り込むと、どうなる」
「私の生命力の一部になります。取り込んだエネルギーがなくならない限り、私は老いることも死ぬこともありません」
そんなまさか、と口にしそうになり、こらえる。
物理法則や世界の摂理を超えた「まさか」を起こせるのが、ギフトだ。わかっている。そのはずなのに、八尋は信じられずにいる。だが。
「私は、二百年余りに渡って周りの命を奪い生き続けてきてしまった、不老不死の怪物です」
八尋が信じられるかどうかとは無関係に、目の前に厳然と存在する事実。
八尋はそれと向き合わなければならない。
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