第13話 花と夜空(3)
「あいつらだ」
窓の外の様子を見ていた花が呟いた。八尋も外を覗き込む。
通りの端に、柄の悪そうな男たちがいるのが見えた。あれが夜空を追っている連中か。数がずいぶんと多い。ざっと二十人はいそうだ。
先頭にいる誰かが腕を動かしながら先導している。心なしか、この建物を指さしているように見える。いや、確かにここを目指しているようだ。
「誰だ。どうしてここがわかった」
「あれはこの建物の主だね」
何でもないように花が答える。
「夜空を匿うためにわたしが追い出したんだけど、ゾンビを連れてきちゃったのか。あ、自分で言うのもなんだけどゾンビを連れてきちゃったって言い方、面白いね。ゾンビ映画の主人公になった気分」
「呑気に言ってる場合か」
この建物に裏口などない。逃げるとしたら表から出るしかなく、どう足掻いても見つかってしまう。どうする。
「じゃ、あとはよろしくね」と言うが早いか、いつの間にかゾンビマスクを被り直していた花が窓を蹴破って飛び出した。
外がにわかに騒がしくなる。八尋が見下ろすと、通りに飛び降りた花を見て男共が殺気立っていた。何人かが花に近づいていく。
一方の彼女は特に急ぐ様子もなく、その場で右腕を上げて前に伸ばした。その手は親指と中指が合わされている。ギフトを使う気だと八尋は悟った。
花が指を鳴らすと同時に、男たちの前方数メートルのところで轟音と共に火柱が上がった。
火柱はすぐに消えたが、男たちは呆然とした様子でお互いの顔を見合わせて、何が起こったのか理解できずにいるようだった。
花が今度は自身の身体から青白い稲妻を迸らせ始める。
神々しさすら感じさせるその威容を前に、男たちは立ちすくみ、じりじりと後退りをする。
炎、そして雷。いずれも花の能力が引き起こした現象ではあるが、彼女の本来のギフトとは異なるものだ。
花のギフトの特異性は、他のホルダーに口づけすることで相手のギフトをコピーし自由に行使することができるという、〝転写〟の性質を持つところにある。
これまでにコピーしてきた数多の異能を自在に使いこなす彼女はまさに超常の存在で、八尋の知る限り最強のホルダーだった。
「さあて、ゾンビ様のお通りだぞ!」
意味不明な台詞をわめきながら集団に突進していく花。男共は押し合い圧し合いしながら我先に逃げ出そうとするが、花に追いつかれた最後尾から順に、ある者は投げ飛ばされ、あるいは張り倒されて次々と倒れていく。その様は瓦礫を押しのけるブルドーザーのようだと思った。
呆気にとられている場合じゃない。自分たちも行動しなければ。
「行こう」
八尋は夜空の手を取って階下に向かい、引き戸を開けて表へ出る。
ゾンビのマスクをつけた不審人物の奇襲攻撃により、辺りはあっという間に恐慌状態となっていた。パニックを起こし逃げ出す男や、様子を窺おうと長屋から出てくる人たち、別の通りから駆け寄ってくる野次馬など、人通りの少なかった狭い通路に続々と人が集まり始める。
八尋は夜空の手を引き、花が突撃したのと逆方向へと走り出した。
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