第12話 花と夜空(2)
黒い艶のある髪をした女の子だった。
年齢は高校生くらいだろうか。胸元にリボンのある黒の制服を着たその女性は、三畳ほどの部屋の奥、窓のそばで椅子に座って外を眺めていた。
気配に気がついたのか、少女が首を回して花と八尋を見た。
「お待たせ、
花が夜空と呼んだその少女は、しかし呼びかけに反応を示さなかった。
一重の大きくつぶらな瞳が、じっと二人を見つめている。素朴でいながら、凜とした気品があるその顔は、華やかな美人である花とはまた異なる美しさがあった。唇を真一文字に結び、無表情で感情が窺えないため、近寄りがたい雰囲気がある。
そこで八尋がはっと気づき、花を見てその肩を叩いた。「何?」と花も八尋を見る。
夜空から見れば、二体のゾンビが顔を見合わせていることだろう。
「ああそっか、ごめんごめん」と笑いながら花がマスクを外し、八尋も続く。
「八尋、この子は夜空。ヨルのソラと書いて夜空。夜空、こっちは八尋だよ」
「よろしく」
八尋は小さく頭を下げ、夜空も無言でぺこりと返してくる。何も言わないままに両の瞳がじっと八尋を見ているので、少し怯みそうになる。吸い込まれそうな、真っ黒な瞳だった。
「さっき話した通り、これからしばらく八尋が君の面倒を見ていくことになる」
「は? おいちょっと待て」花が夜空に話したが、八尋は初耳だ。「ちゃんと説明しろ」
「時間がないんだよ。夜空は追われてるって言ったろ」
「つまり、この子が話のあったホルダーなんだな?」
「他に誰がいるのさ」
ばかにしたような口調の花にカチンとくる。
「わかってるよ。確認だ」と八尋は反論する。「確認は大事だろ」
それには特に反論もないようだ。「それで、あと知りたいことは?」と花が訊ねてくる。
八尋は少し考えたものの、知りたいことだらけでどこから訊ねればいいかわからなくなった。そもそも、知らされていることが少なすぎる。
ひとまず、「これからどうする。俺の役割はなんだ」と質問した。重要なのはそれだ。
「わたしが陽動でゾンビ連中を引きつけるから、その間に八尋は夜空を連れて街を出て」
「出たあとはどうすればいい」
「八尋にまかせるよ」
「はあ? おいふざけるなよ」
苛立ちながら言葉を返す八尋。
「急いでるんじゃなかったのか」
「ふざけてなんかないさ」
いつになく真面目な顔をして言う花に、八尋は少し気圧される。
「さっき言っただろ? 八尋が夜空の面倒を見ていくって。どうするか考えるのも八尋の仕事だよ」
「いきなりすぎるだろ」
「しょうがないなあ。それじゃ一つだけ指示しようか。八尋は夜空と一緒に住むこと。共同生活だね。頑張って」
「まじでなに言ってんだおまえ」
まるでついていけない。
「夜空はかまわないよね?」
花が声をかけると、「私は、別に」と夜空が小さく答えた。
「ほら」と得意気に八尋を見る花。なにが、ほら、なのかさっぱりわからない。
「ですが」
夜空が口を開いたので、二人とも彼女を見た。夜空はまず八尋を見て、それから花に向き直り、言った。
「彼が死にますよ」
八尋は花を見る。花は微笑を湛えて「大丈夫だよ」と応じる。
「君の〝呪い〟は彼には効かないから」
夜空はそれ以上何も言わず、八尋を見ている。花が八尋の背中を押して「夜空と手を繋いでごらん」と促した。
「なんでだよ」
「予行演習さ。逃げる時にはぐれたら大変だからね」
八尋は促されるまま夜空の前に立つ。身長差があるので、八尋は少し顎を引き、反対に夜空は八尋を見上げる形となる。互いの視線が交わる。
見つめ合っていても仕方がないので、やむを得ず左手を差し出した。夜空はその手をじっと見て、それから花に顔を向けたので、八尋も花を見た。彼女はにやにやと笑みを浮かべながら二人の様子を見守っている。八尋は当てこするようにため息をつく。完全に楽しんでいるようだ。
夜空が自分の右手を前に出したので、八尋はその手を取った。
繋いだ少女の手は柔らかく、ひやりとしていた。
「……ほらね。大丈夫だろ」
ずいぶんと得意そうに言う花に、八尋は「手を繋いだだけだろ」と嫌みを返した。
ふと、目の前の少女が、ぼんやりとした様子で八尋を見上げていることに気がつく。少し様子がおかしい。
「それを言えるのは八尋だからだよ」
「は?」
八尋は眉をひそめて花を見た。
「夜空に触れた相手は呪われるからね。彼女と手を繋げるのは君だけだ」
八尋はぽかんとして、それから再度、目の前の少女に顔を向けた。夜空も八尋を見ていた。先ほどまでの表情はどこかへ消え、涼しい顔をしていた。
「いやあ、思った通りだ。よかったよかった」とご満悦の花。
「でもギフトを吸収した感覚はなかったぞ」と八尋は疑問をぶつける。
「八尋の〝吸収〟って、相手のギフトが八尋の身体に直接干渉するタイプの場合はその発動トリガー自体を無効化するだろ。だからじゃないかな。フラグが立たないから、ギフトは発動せず、吸収も行われない」
「なるほど……」
そこで八尋はふと気づき、花に「おまえ、思った通りにならず俺が死んだらどうするつもりだったんだ」と問いかけた。これだけは訊かなければならないと思った。
花はきょとんとして、それからにっこり笑い、頬に人差し指を当てながら小首を傾げた。その空々しいあざとい仕草に八尋は確信する。
こいつ、考えてなかったな。
「八尋の能力を信じてたんだよう」
ふざけんな。
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