第8話 兆し(2)
駐車場に到着し、所定の場所に車を移動させてエンジンを止めた宗一郎が運転席から降りる。この車は止まり木の所有車で、必要な時に自由に使用できるのでありがたいのだが、自宅へ戻るにはここから電車を使わなければならないのがネックだった。
八尋も助手席から出たところで、「そういえば質問に答えてなかったな」と宗一郎が言ったので、八尋は車のルーフ越しに彼を見た。
「俺が止まり木にいるのは、おまえがいるからだよ」と言いながら歩き出す宗一郎の後に八尋も続く。
「俺がいるから?」
「俺もおまえに会えて嬉しかったってことさ」
宗一郎は涼しい顔で言ったが、確かにこれは照れると八尋は思った。顔が熱くなる。
「あ、きっかけで言うなら、滝澤さんがいたからだな。あの人の下で働いてみたかったんだ」
「へえ、有名人なのか、あいつ」
八尋は花の姿を思い浮かべる。
桜色の長いストレートヘア、女性ながら170cmという長身と、すらりと伸びた手足、整った顔。モデルと見紛うほどスタイルが良く、街を歩くだけで男女問わず人目を惹き、誰もが花を目で追う。ルックスだけでも注目を集める存在ではある。
止まり木では監督官として現場人員に指示を出す。人員は常に不足しているので、花自身が現場に出ることも日常的だ。
そして、彼女の持つ力は圧倒的だった。どんな任務でも難なく片付けてしまうその有能さが、噂として止まり木の外にいるホルダーの耳にも届いていたということもあるかもしれない。
だが、宗一郎が花に興味を抱いたのはそういう理由ではないだろうと八尋は思っていた。
「そりゃもう。有名だぞ。いろんな意味で」
含み笑いをして流し目で見てくる宗一郎に、「だろうな」と八尋も苦笑して返す。再び花の姿が頭に浮かぶ。
自信に満ちた表情。いつも浮かべている相手をからかうような笑み。口にするのは皮肉めいた発言ばかりで、それ以外の大半はでたらめなことを言いふらしている。
奔放に振る舞い、周囲を振り回してもけろりとして悪びれない。かと思えば、凄まじい力で全てを薙ぎ払い、何もかもを力ずくで解決できるだけの実力を秘めてもいる。
八尋は時折、滝澤花は超自然的な存在ではなかろうかと考えたことがある。以前に外国の神話や伝承に関する本を読んだ際、「この本は、花の観察日記を、伝説という体で記述しているのではないか」と考えてしまうほど、そこに描かれていた気まぐれな神々が起こす数々の逸話と、花の姿がシンクロした。
滝澤花は底が知れない。それが彼女の厄介なところであり、魅力でもある。
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