第7話 兆し(1)
「すまない宗一郎。今日は助かったよ」
助手席に座る八尋が改めて礼を言うと、「気にするなって」と宗一郎は笑った。
進む道の先では、ビルの隙間から時折姿を現す傾いた太陽が赤い光を発している。そういえば、いつの間にか雨が止んでいたなと気づく。ふと時計を見る。午後四時四十二分。日が暮れるのがずいぶん早くなってきた。
「あの子たちにもずいぶんと怖い思いをさせてしまった。ケアをしてあげなきゃ」
「八尋のいるシェルターに入るんだろ。あいつらは嫌がらせのつもりだったのかもしれないが、好都合じゃないか。ざまあみろだ」
宗一郎は軽蔑の色を隠そうともせず嘲った。あいつらというのは、引継班のことだ。宗一郎は彼らの怠惰な態度を嫌悪していた。
「あいつらに限った話じゃないぜ。確かに俺は『止まり木』にきてから日が浅い新参者だけどな、それでも、ここの連中の質の低さはよくわかったよ」
とげのある声で批判する宗一郎に、八尋は「お恥ずかしい限りだよ」と返すほかなかった。
宗一郎が「もちろん、おまえは違うよ八尋」と補足してくる。気持ちは嬉しいが、宗一郎の指摘はもっともだしその一員として八尋が恥じ入る気持ちは変わらない。
八尋が所属している組織『止まり木』は、八尋や宗一郎のように特別な能力を持つ人々で構成された団体だ。
元は、能力を持つ故に迫害されていた人々が寄り集まってできた自助組織だったらしい。細々と助け合ってきたものの厳しい暮らしを余儀なくされていたところ、ふとしたことから富裕層のヒトである壮年紳士と出会った。
虐げられ貧しい生活を送る能力者の少女を目にした彼は、能力者が置かれている境遇を不憫に思い、生活を支援するための組織を起ち上げることを決意した。そうして、紳士の出資を受けて発足したのが『止まり木』だと聞いている。
止まり木のメンバーは、犯罪に巻き込まれたり、行き場を無くしてしまったりした能力者を保護し、シェルターを提供し能力の制御方法を教えるなど、生活の場と知識を与える活動を始めた。
八尋自身も、そうして保護された者の一人だ。止まり木へきてから初めて、自分以外にも不思議な力を持つ人々がいることを知った。
そして、〝ギフト〟と呼称される特殊能力を持つ者は〝ホルダー〟と呼ばれていることを教えられた。
止まり木は、表向きには福祉支援団体として国に登録することで実態のカモフラージュをしている。団体としての歴史はそれなりに古く、来年には五十周年を迎えるらしい。
歳月を経れば創設の理念は薄れてしまうものなのだろうか。今や止まり木の構成員の大半が無気力だ。八尋や宗一郎のように、犯罪を防いだり、新たに保護したホルダーをシェルターに連れてきたりする現場の人員は、引継班やシェルターの運営職員からは「仕事を増やすな」と露骨に疎まれていた。
現場での活動は危険が伴うことが多い。その上で同僚から白眼視されてしまうとくれば、担い手が少ないのも無理はなかった。現場人員はいつでも人手不足だ。
裏を返せば、現場人員は少数精鋭で士気が高く連帯意識が強いとも言える。八尋は二カ月前に加入した宗一郎とすぐに打ち解けた。同年代の一緒に働く仲間ができたことが嬉しかった。
「なあ宗一郎。聞いていいか」
赤信号で停車した際、ふと訊ねた。宗一郎が「なんだよ」と応じたところで信号が青になり、二人が乗る車は再び前進を始める。
「おまえはどうして、止まり木に入ったんだ?」
それが八尋には不思議だった。
宗一郎は強い。止まり木にしか居場所がない人々とは違い、彼は自分の力で生きていけるだけの強さがあった。不愉快な思いをしながら組織に身を置く必要があるとは思えなかった。
「だめだったか?」と言って宗一郎が笑う。もちろんそんなことはない。
「俺は嬉しかったけどさ。失礼かもしれないけど、宗一郎には不釣り合いに感じるんだよ。止まり木は宗一郎に見合ってない。もっといい場所があるんじゃないかって、つい考えてしまうんだ」
「ははは。おいよせよ。褒めてくれるのはありがたいけど、照れる」
恥ずかしさを誤魔化すように笑う宗一郎。
「居心地が悪いことは否定しないけどな。あまり長居はしないだろうね」
「そのほうがいい」と口にしつつ、八尋は宗一郎がいなくなった後のことを想像し、寂しさを覚える。せっかく気の置けない仲間ができたと思ったのだが。
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