第5話 失敗(3)

 花の指示により、追跡は宗一郎に任せ、八尋は現場で待機し、組織の引継班の到着を待った。班員が到着後は、彼らが被害者の保護を行うことになる。

 右腕の止血を終えた八尋は、到着までの間、あの子供たちについて知っていることはないか三人に訊ねた。

「あの子たちは兄妹です」と教えてくれたのは、高校生の少女だった。他の二人は疲れ切った様子で首を振るだけだったが、彼女だけは、憔悴の色を浮かべながらも八尋の問いかけに答えてくれた。

 少女は続けて「この人がお母さんですよ」と言って、もう一人の女性を指さした。

 女性があからさまな苦い顔をした。八尋は「そうなんですか?」と確認しながらも怪訝に思う。先ほど彼女は、首を横に振ったはずだが。

 女性は「何のこと」と素知らぬ様子で返した。するとその隣にいた男性が「お母さんって子供に呼ばれてたろう、あんた」と口添えする。舌打ちをした女性が男性を睨みつけ、たじろいだ男性は口をつぐんでしまう。その反応こそが、彼女が間違いなく兄妹の母親であることを示していた。

「どうして知らないふりをするんですか」

 八尋が質問を重ねると、「関係ないでしょ」と険しい形相で噛みついてきた。

「だいたい、あんた誰よ。警察?」

「違います」

 嘘を言うわけにもいかず、八尋は正直に答える。

 女性はあからさまな警戒の色を滲ませたが、八尋は「ですが、皆さんを助けにきたのは事実です。そして、あの子たちのことも必ず助けます。だから、何かわかることがあれば教えてもらえませんか」と訴えた。

 しかし女性は「ああ、そう」と興味がなさそうに返事をする。

「酷い目に遭って疲れてんのよ。少しくらい休ませてよ」

「お気持ちはわかりますが、あなたの子供が連れ去られてるんですよ」

 女性の態度に八尋は少し苛立ちを覚えながら、努めて平静な声で諭すように話す。

「だからなんなのよ」と面倒そうに言い放つ女性を、八尋は信じられないものを見ているような気分になった。

「……何よ、その目」と女性が疎ましいものを見るように睨んでくる。しまった、表情に出てしまったのだと気づく。

「あたしのこと、子供の心配すらしない駄目な母親だと思ってるんでしょう」と恨みがましく言う女性。

「そんなことはないですよ。不愉快にさせてしまったのなら謝ります」と八尋は謝罪する。しかし女性には「白々しいこと言わないでよ」と相手にしてもらえない。

「あんたは何も知らないから、そんな綺麗事が言えるんだ」

 それから女性は共に攫われていた少女と男性を見て、「あんたたちだって見たでしょ。あの子たちの姿を」と言った。その様子に、助け船を求めるような気配を感じる。

 少女と男性は顔を見合わせた。何か、アイコンタクトを交わしているようでもあった。

 ああ、そういうことか。八尋は得心する。八尋も先ほど、車内にいた兄妹の姿は見ていた。女性が言いたいのはつまり、だろうと理解した。

「あんなバケモノでも、母親だから可愛がれって言うわけ? 冗談じゃないわよ。なんであたしばっかりこんな目に遭わなきゃならないのよ。あたしだってねえ」

 女性がぼろぼろと泣き出す。

「あたしだって、好きでこんなふうになったんじゃないわよ。産まれてくるまでも、産まれてきてからも、二人とも可愛くて可愛くて、夫も優しくて、毎日幸せだったのに。どうしてこうなったの? あたしが悪いの? ある日突然、あの子たちはバケモノになっちゃった。夫にも逃げられて、しまいにはあの子たちの巻き添えで誘拐される始末。ねえ、あたしが悪いの? ねえ。なんとか言えよ!」

 自分に向かって怒りをぶつける女性に、八尋は返す言葉がなかった。

 理不尽だと憤る彼女の気持ちはよく理解できた。責める気持ちはない。むしろ、子供たちが連れ去られたのは八尋の失態だ。自分こそ責められても仕方がないと思っていた。

「わたしも同じですよ」

 少女がぽつりとそう言った。

「そうなの?」と少女に問う女性の顔に、わずかに光が差す。しかし少女は顔を曇らせ、首を横に振る。女性に誤解をさせたことに気がついたのだろう。

「わたしも、あの子たちと〝同じ〟なんです」

 少女の告白に、女性は顔をみるみる変化させ、嫌悪感を隠さずに「あんたもバケモノの仲間かよ」と言葉をぶつけた。

 少女が傷ついたと八尋にはわかった。

 罵倒を受けても少女は何も言わなかったし、顔色も変えなかったので、実際にどう感じていたかは外見からは窺えない。だからこそ、彼女がこれまで、生じた感情を表に出さずにいられるようになってしまうほどに、たくさん傷ついてきたのだろうと八尋にはわかる。

「もしかして、あんたら全員、そうなの?」

 女性が八尋を含めた周囲を見回し、唾棄するように言った。誰も口を開かなかった。つまり男性も、そういうことなのだろう。

 ここには、八尋たち〝同じ〟側にいる人たちばかりで、兄妹の母親である彼女だけが、違うのだ。

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