第4話 失敗(2)
人身売買の関係者を取り押さえ、捕まった人たちを救出するのが八尋に今回与えられた仕事だった。
取引現場に使われたのは、巨大なショッピングモールに付属した立体駐車場の一角だ。
そこはモールの営業時間外でも入出庫が可能な二十四時間営業の駐車場だった。広大な駐車場で、出入口から一番遠い角なら、営業時間外であれば近づく車も稀だ。後ろ暗い取引をするのにもちょうどよかったのだろう。
午前五時少し前。太陽はまだ昇っていないが、空は徐々に白んできて、夜と朝の綺麗なグラデーションを作っていた。八尋は相手に気取られないよう、離れた位置の柱の陰から取引場所を監視をしていた。
売人の車はすでに到着していた。黒いミニバンタイプで、バンパーの前に男が立っている。男は角ばった骨格をしていて、しっかりとした顎髭を生やし、いかつい外見はいかにも「売人風」だ。車の窓ガラスにはスモークが貼られていて、中の様子は確認できない。
やがて一台の別のミニバンがやってきて、売人の車から二台分スペースを開けたところに駐車をした。買い手に間違いないだろう。降りてきたのは、どこにでもいるような、スーツを着た四十代頃の男性だ。同乗者はいないようだった。事前の情報では買い手の人数はわからなかったので、数が少ないことは助かった。
彼の到着を確認した売人の男は、車の後部座席のドアを開けた。電動でスライドした扉から、拘束された三人の男女がぞろぞろと降ろされた。十代くらいの女の子と、二十代から三十代くらいに見える女性、そして中年の男性だ。全員疲れた表情をしており、これから自分がどんな目に遭うのか怯えていることも見て取れた。
八尋はわずかに疑念を抱く。聞いていたのは「商品として捕らえられているのは二名」という話だったが、一人多い。急遽加えられた被害者だろうか。いずれにせよ、捕まっていることには違いないようなので、一緒に助け出すつもりだった。
後部座席から最後に出てきたのは女だった。ジャケットにパンツスタイルで、颯爽とした雰囲気を漂わせている。売人は二名。これは事前情報と相違ないようだ。
情報にあった全員の姿を確認したところで、八尋は現場に乱入した。
男二人を投げ倒し、捕らえられた三名を確保するところまではスムーズだった。誤算だったのはこの先だ。
車の中に、情報になかった二人の子供の姿があった。小学校低学年くらいの男の子と、それよりも幼い女の子。その子たちを売人の女が人質に取ったのだ。
不意を突かれて硬直してしまった八尋に、起き上がってきた買い手の男がナイフで襲いかかってきた。咄嗟に右腕で受けたが、刃が深々と突き刺さり痛みが走る。
その間にもう一人の売人の男も立ち上がる。しかし恐慌を来していたのか、逃げるように黒のミニバンに乗り込むと、エンジンをかけ、後部座席のドアが開いたまま車を動かした。
置き去りにされてしまうと思ったのか、買い手の男は慌て出し、八尋の腕に刺さったナイフも抜かずに車へと駆け出した。発車を感知して自動で閉まり始めたスライドドアの隙間に身体をねじ込むように買い手が車に飛び乗ると、ミニバンはエンジンを噴かして猛スピードで走り出す。
八尋は解放した三名を置いて追うわけにもいかない。車がその場を立ち去るのを見送ることしかできなかった。
しくじった。ナイフが刺さったままの右腕を左手で押さえながら、自分の不甲斐なさに苛立つ。
指示を仰ぐために、八尋は花に連絡を入れた。
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