第29.5話 手
「フウカ…」
医務室で目覚めた私に、最初に声をかけたのは、昔の男だった。
「リュウマ!?」
自由参加の魔物討伐で出会ってから、よく私の心配ばかりしてきた男。ただ圧倒さ
れるばかりの、その辺の男たちと戦闘技術も魔力も大して変わらないのに、私より
も矮小な風魔法で、優しく包んでくれた男。
「なによ、今更…」
彼の顔を直視できない。別れを切り出したのは彼の方なのに。
「自分の弱さに仕方がなくて逃げ出した。でも、どうしても、離れたお前のことを
考える。毎晩考えてしまう」
「あんたのせいで…あんたのせいで…」
手前の白いシーツを槍を握る以上の強さで握り締める。そんなことをしても、零
れ落ちる涙は流れを止めてくれない。
私は、強い。
でも、私は。
「お疲れさま。大会終わったら、ラーメン、昔みたいに食おうぜ」
そっと、頭に置かれた懐かしく大きく、優しい手の平は、拒絶することが出来な
かった。
「バカ…、バカ…!!」
「ああ、俺はバカだ。何とでも言ってくれ」
レベルの高い低レベルな私の心を、レベルの低い優しい男が包み込んだ。
「ああっ…」
思わず変な声が出てしまった。
閉じられたカーテンの隙間から昼の日差しが照らす。薄暗い部屋で、毒々しい色の
液体を裸体に塗りたくられる。隅々まで、毛穴に浸透させるように深く、深く。
「っへへへへへ…。ホムラちゃん…」
「ちょっ、ちょっと…そこまでしなくたって…、ああっ!」
身体が敏感に反応してそり上がってしまった。
「どうしたの?」
分かっているくせに、この液体のように粘っこい声音で私に問う男。でも、私は
『お願いしている立場』だから、これくらいのわがままは聞いてあげなければいけな
い。
すべては、あの男を殺すために。
今は、嫌なことにも耐える時。
利用するために同行した時魔導士の弟の顔を思い出す。今ごろ、学生大会に参加し
ているころだろうか。
かわいい顔してるくせに、あの男に似て頑固だった。あの男は、弟の話をよくして
いた。大好きなのだろう。だから私と…。
それにしてもリン君は、弱そうに見えたし、実際に弱かったから、色仕掛けでう
まく利用してやろうと思ったのに。
「痛っ!」
「っへへへへ。本当にホムラちゃんって…」
不細工男の不自然で下手くそな手つきが不快でたまらなかった。
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