第30話 北条ミカド

 「お前ら…」


 北条ミカドは、面食らっていた。


 当たり前だ。あんなに強い魔法使いを僕たちが倒してしまったのだ。完全に作戦

勝ちだ。


 「あんたの強さを信じてよかったわ」


 セカイさんは慣れない魔法による魔力の消費で、息を上げながら、へへ、と笑

う。


 「それに、あんたが相変わらず単純で良かったわ」


 「なんだと?」


 彼は、セカイさんを睨みつける。


 「あんたの銃撃に、顔だけ防ごうとするわけないじゃない。この魔法で空間を切

り裂いて、この男子の近くに繋げてあんたの情報を教えてたのよ」


 彼女は、僕の肩をポンポンと叩く。


 「私は、銃を持ったあんたには勝てないけど、『私たち』なら、あんたなんか秒殺

ね! あはははは!」


 「セカイさん、それは言いすぎなんじゃ…」


 僕は、恐る恐る先輩の顔を見る。


 怒り心頭だった。


 「お前ら…、殺してやらぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 素早く二つの銃を構えると、激しい炎と轟雷が、豪雨のように襲い掛かった。


 先ほどよりも爆発する炎と大気を切り裂く雷の音が大きいのは、彼との距離が近

いからという理由だけではなさそうだ。


 怒りにより、抑えていただろう魔力のリミットを、解放する。


 「残してやるよ。一生記憶に残るトラウマってやつをなぁぁぁぁぁ!!!」


 廃墟のビルたちが、次々に倒壊し、地面は抉れ続ける。


 「ヤバい! リン!」


 「何とか攻撃できないの!?」


「分からない! でも、あいつの魔力が尽きるまで、避けるよ! それしか勝ち目

ない!」


 「…分かった!」


 二人で、この弾丸の雨を避け続ける。


 彼は、機動力もまるで化け物だった。雷魔法を足裏に纏わせて高く跳び、空中

で、まさに豪雨のように弾丸を浴びせる。


 ほとんど真上から降り注ぐ弾丸を、僕は短時間微加速で避け、セカイさんは短距

離転移で避ける。


 しかし。


 「きゃあっ!」


 セカイさんの腹を、雷の弾丸が貫いた。


 「セカイさん!!!」


 一旦、豪雨が止む。


 「はぁ…はぁ…。ざぁまあぁぁみろ!!」


 北条ミカドを疲弊することに成功したが、こちらのダメージは余りにも甚大だっ

た。


 「リン…」


 僕は、意識を失いかける彼女の頭を抱える。


 「セカイさん…」


 「別に死ぬわけじゃないから、そんな顔やめて。私は脱落するだけ。ていうか、

敵の前でそんなことするな…。まったくあんたは…」


 彼女はふふっ、と力なく笑い、そのまま会場へ転送された。


 「あーあ。刹那セカイは脱落したか。やっぱ臥竜さんと組まずに俺一人でやれば

良かったかなー。つまんね」


 「なっ…!」


 彼の息遣いが落ち着いていることに、僕は驚いた。


 「お前、もしかして俺が魔力使い切ってるとでも思ったか? バカが。意外と冷静

なんだよ。でなきゃここまで生き残ってねえっつの!」


 図星だった。


 「てか、お前みたいな素人一人で俺に勝てんの? あの女が消えたらお前なんに

もできねえんじゃねえのか? っはははははは!」


 「そんなわけないだ…」


 先ほどよりも明らかに速い弾丸が、耳のすぐそばを通り過ぎた。後ろの瓦礫をミサ

イルでも衝突したかのような音を立てて破壊する。


 時魔導士の僕は、反応できなかった。


 「これが才能、経験、財力、そして実力。お前には無理だよ。俺に勝つのも、お

前のお兄さんに勝つのも」


 言い返せなかった。次逆らったら頭を打ち抜かれる気がしたから。


 「俺はな、お前みたいなのんびりしたような奴が大嫌いなんだよ。そのくせ稀少

な属性の時魔導士だ? ふざけんな! お前みたいなのが、ただ時魔導士ってだけ

で認められんのが気に食わねえ」


 存在を否定された気分だ。


 分からないくせに。時魔導士ってだけで魔法がなかなか使えなくて馬鹿にされた

ことなんて、お前には分からないくせに。


 でも、言い返せなかった。


 言いたいのに言い返せないときの、この感覚は久しぶりだった。きっと、負けた

後にしばらくは悔やみ続けるだろう。この圧倒的敗北を。


 「ただ脱落させてもつまんねえから素手でたくさんイジメてから殺してやるよ」


 ニヤリと笑う北条ミカドが、怖かった。


 過去を思い出す。


 あのいじめっ子が僕をイジメている時と似ていた。


 目も口も、引き伸ばして、抵抗できない相手を蔑むように痛めつける時の笑顔。

セカイさんやカズキ君がする笑顔とは、全く種類の異なる笑顔。


 意味がなかった。


 町を飛び出してここまで来ても、結局僕は、どこへ行ってもいじめられっ子なん

だ。


 涙が出そうだった。地面にへたり込んだまま、立ち上がれなかった。


 「じゃあ早速、蹴りでも入れてやるか…っ!?」


 「うおぉぉぉぉぉ!」


 「せやぁぁぁぁ!」


 二人分の叫びとともに、僕の目の前に現れたのは、炎と雷の魔法使い。


 彼らの素早い攻撃を、北条ミカドは後ろに跳んで回避する。


 「リン! 大丈夫か!」


 「セカイの男! しっかり!」


 「カズキ君、アカネさん」


 僕に駆け寄る親友と、パートナーの親友。


 どうして、と問う前に彼らは事情を説明した。


 「あの人、前の大会でも相手に必要以上に脱落させないように肉弾攻撃を仕掛け

る人だったから、お前らのことが心配になったんだ」


 「そーそ! だからあのパイセン、めちゃくちゃ強いけどみんなにハブられてる

し! セカイがやられてムカつくからあいつぶっ飛ばしたくなった! つーかあん

たの兄貴でしょ!」


 再び前方から来る火炎と雷撃を、強力な雷のパルスを僕たちに貼り、容易に防ぐ。


 「まあまあアカネさん。お兄様もいろいろ苦労なさってるのですから、言い過ぎる

のも良くないですわよ? でも、私の親友の大切な人を傷つけるのは、許さない」


 後ろから、声がして、振り向く。


 「ヒカリさん…」


 雷のパルスは、髪を逆立てて怒るようにバチバチと荒い電流が流れていた。


 「まずい、この量は防ぎきれない…!」


 さらに炎と雷を連射する北条ミカド。その妹が、防ぎきれないと言うほどの火力。


 すると、破れかけた雷のパルスを、強力な水魔法が補強する。


 「ああー、くそったれ! なんで俺が…!」


 「あっ!」


 「こっち見んな! リン!」


 意地の悪い顔立ちは、昔と全く変わらない。


 「ああ、大会の序盤は俺に戦闘を任せっきりでビビってたくせに、リンの闘い見

てからこいつにだけは遅れを取りたくねえ、って、こいつ倒してからお前に挑むらし

いぜ」


 カズキ君がニコリと笑う。


 「うっせえカズキ! 挑戦者はリンの方だろ! それに俺は後衛だからお前のこ

と援護してたんだよ! ちっくしょう…」


 「その甲斐あってか、残った俺のチームメイトはお前だけ。大会中に化けたみてえだな」


 「このままお前のことも追い抜いてやるからな、カズキ! ていうか、お前らの

馴れ合いが羨ましくて俺はイジメたくなったんだよ! お前を!」


 「えっ…?」


 「カズキのバカが、俺じゃなくてお前ばっかりに絡むところが憎たらしかったん

だよ!」


 「今日は珍しく素直じゃん。性格も化けたか?」


 「うっせ! とにかく! 俺があいつをぶっ飛ばしてやるから、その後に正々

堂々、真剣勝負だこの野郎! その後は…士官学校にある食堂の上手い飯、一緒に

食おうぜ…」


 僕は、初めて知った。


 いじめっ子の彼が、ずっと僕のことをイジメていた理由を。


 彼の気持ちに気付くことが出来ず、知らないうちに彼を僕たち二人の輪から外して

いた。気付いてあげられなかった。


 兄に指摘された通りだ。僕は何でも決めつけるところがある。


 「お前は、なんか言いてえことあんのかよ…?」


 不安そうに、イジメっこ、もとい幼馴染が僕を見る。


 「僕は…」


 勇気を出して、彼に言う。


 「僕は、肉より魚が好きだから、士官学校のおいしい魚料理、教えてよ…」


 リョウ君。


 「…ああ! 俺たち三人で、あの先輩倒すぜ!」


 「ちょっとぉー! 男子だけで盛り上がんなっつの!」


 「私たちだって色々と因縁がありますもの! セカイさんだって!」


 「そうだな、優等生と同室の女子たちがいるんだ。これ以上に頼もしいことはね

えよ!」


 「嬉しいこと言ってくれるぅ! カズキっちってモテるでしょ?」


 「んなことねえよ。…御託はあとだ。来るぞ!」


 みんなが構える。


 炎の拳、雷の剣、雷のパルス、水のバリアを。


 僕は立ち上がり、構える。


 時魔法の剣を。


 「絶対勝とう!!」


 「「「「おう!!!!」」」」


 僕たちと、士官学校最強にして最恐、北条ミカドの闘いが始まった。

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