第31話 うざってえ

 うざってえ。

 

そういう絆みたいなものが鬱陶しい。


 俺は、二丁の拳銃を立ちはだかる五人に構える。


 そして、いつものように炎と雷の弾丸を連射する。


 この豪雨のような弾丸たちを、一発一発を正確に放っていることに、誰も気づい

てくれない。


 あの人だけだ。俺に適切な評価を下してくれるのは。


 あの人だけだ。俺が目標とする人は。


 




 「初めまして、特殊警備隊の古針ロンドと申します」


 二年前。


 クリスタルがまだ存在していた時代。


 士官学校に入学して間もない俺の家に、新しいボディーガードが現れた。


 そして、家に来た初日に、彼の歓迎会をすることになった。


 彼は、市長である父もよく知っているほど、名の知れた特殊警備隊のエースであ

り、俺が入学した士官学校では常に主席を取り続けたという。


 「あっ!」


 彼のポケットからスマホの着信音らしき音が、繰り返し鳴る。


 「でたまえ」


 いつも素行不良の俺に鬼の形相で雷魔法の鞭を振るう親父が、仏のようににこやかな顔で彼の電話を促す。そんな親父に、俺はもちろん妹も固まっていた。


 「ありがとうございます」と彼は席を立ち、スマホを耳に当てて、通話相手と話

しながら化粧室へ歩き始めた。「この時間はかけるなって言っただろ? ホムラ」

という声のタイミングで角を曲がった。


 「ミカド」


 「…んだよ」


 俺は笑顔を見せる親父に不快感を前面に出しながら応える。偉そうな態度はいつ

ものことなのでいちいちそれを咎められない。


 「お前はあの人のようになりなさい」


 「はあ?」


 「お前にならなれる。士官学校の主席にも、特殊警備隊の隊長にも」


 「なんでだよ…」


 俺は、誰かの真似事をするのは嫌いだった。誰になりたいとか、誰みたいなこと

をしたいとか、他人をなぞるような生き方だけは絶対にしたくなかった。


 「すいません」


 男が戻ってくる。


 「恋人かね?」


 「はい…。この時間は電話を掛けるなと言っておいたんですけど…」


 「いいじゃないか。お熱いことで!」


 爽やかに愛想笑いをする、容姿も優秀な男は、女にも困らないだろうな、と俺は

嫌味っぽく心の中で賞賛する。


 「ところで、まあ、あれだ。君なら息子を任せられる。こいつはまだまだ未熟者

で人様に迷惑をかけるだろうけど実力は確かだ。鍛えてやってくれ」


 「ありがとうございます。私が責任をもってご子息を教育・護衛させていただきま

す」


 男は、誠実そうに会釈をした。






 へえ、言うじゃねえか。


 俺の趣味は、俺の護衛かつ教育係を務めるボディーガードをイジメることだっ

た。


 つまらないだろう人生を真面目そうに生きてきたような大人の背後から雷魔法の

蹴りを入れたり、勉強をうるさく促すババアの時は親父に勧められた道場で鍛えた

武術でボコボコにしてやったし、誠実そうな若い女はその武術と圧倒的な魔力で支

配し、犯した。


 もちろん親父にはばれないようにしているし、あの親父は滅多に家に帰らない。



 「おい、十五番目」


 「はい、いかがなさいましたか。ミカド様」


 会食から三日後。


 SNSで、俺に対する陰口を見つけてイライラしていた日。家の窓を拭いている

古針ロンドに声をかけた。俺のボディーガードは彼で十五番目だ。


 「お前この間、鍛えてやってくれって、親父に頼まれたよな? 何を鍛えてくれる

んだよ?」


 俺は、毎度のようにボディーガードを威圧した。


 こいつらは大胆な行動に出れない。親父がバックにいるから本来の実力を出せな

い。だから、この誠実で義理堅そうな男も、俺にはまともに手を出せないだろう、

と思っていた。


 「もちろん、学業と礼儀作法、そして戦闘術です」


 「へえ~。戦闘術もできるんだね」


 「はい、私も鍛えてますから」


 古針ロンドは余裕な表情を浮かべていた。どうせ、子供だからと高を括っているだ

けだ。俺の魔力が、下手な大人を上回っていることを彼は知らない。


 「じゃあ、今から鍛えてくれよ、古針ロンドさん!」


 窓を拭くために脚立を登っている状態のボディーガード。俺は覚えたての魔法

『雷跳躍』で天井にぶつかるギリギリまで高く飛び上がり、彼の頭に蹴りを入れ

た。


 しかし、避けられた。


 雷の力で加速した蹴りを、不安定な脚立の上に立っている状態で軽々と。


 そして、脚立から素早く降り、俺の二回目、三回目の蹴りを軽々と避けて、俺の

背後に回った。


 「なっ!? …いでっ!」


 俺は、頬に壁をこすりつけたようにして、右腕を後ろに捻られたまま押さえつけ

られた。


 「おっ、お前!! なんなんだよ!」


 まだ、腕を放してくれなかった。もう片方の手で、頭を壁に押さえつけられる。


 「特殊警備隊の隊員、そしてミカド様のボディーガードでございます」


 「そういうことじゃねえ!!」


 俺は、息を荒げながら男に強がった。


 「お前は、何なんだよ! どんな魔法だよ! 親父が怖くねえのかよ!」


 落ち着くことが出来なかった俺は、この時ようやく彼に怯えていることを自覚し

た。


 彼は、淡々と答え始めた。


 「私は、レベル30までは魔法が使えない身体で、その間は身体能力を鍛えてま

す。魔法は時魔法。思い切った指導をすることが、あなたのお父様のためであると思

っております。自らの処遇を犠牲にしてでも、あなたのために尽力したい次第でござ

います」


 「なっ…!」


 言葉が出なかった。関節技から解放されてもなお、逆上して反撃する気など起き

なかった。


 「悪しからず」


 古針ロンドは、再び脚立へ登り、窓を拭き始めた。






 嬉しかった。


 自分のことを誰よりも本気で育ててくれたあの人が。親父みたいに漠然と主席に

なれるなどではなく、魔法や闘い方の癖までをすべて見てくれたあの人が。


 俺は、初めて誰かに憧れた。


 この人みたいな魔導士になりたい、と本気で思えた。


 属性が、レアでも何でもないただの雷属性でも、彼に届いてみせる、と決意して

努力した。


 しかし。


 新入生で入ってきた空間魔導士の女を称賛する親父が。


 妹を訪ねてよく家に来ていた時のあの女を、空間魔導士だということを見抜くほ

どよく見ていた親父が。


 「お前は、学年が上でよかったな。あの子は、いずれお前とは次元が違う存在に

なる。空間魔導士に、ただの雷魔法が勝てるわけがない。一番になろうなんて思う

なよ。お前はせいぜい、二番手だ」


 実の子供に見せる笑顔は、決して自分に向けられたものではなく、第三者を期待

してのものだった。


 ふざけるな!


 俺のことなんか、何も見ていないくせに! 比べられるわけがないだろ!


 俺は、士官学校の全校で行う模擬戦闘で、負けた。


 秒殺だった。


 雷魔法の加速で、弾丸の速さで振るった木剣は、簡単に避けられ、俺の後ろに回

り込み、木製のナイフで後頭部を叩かれた。

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