第29話 勝負

 短距離転移で暴風から何とか抜け出すことが出来た私は、リンの飛ばされた方向を見た。


 「リン、今行くから」


 日ごろの授業にリンとの練習、そして内緒で狩っていた魔物たちの戦闘で、私の魔

力は確かに強くなっていた。短距離転移程度の魔法なら、百回使っても簡単に息が上

がらない。


 このままリンのところへ、簡単に行ける。


 目の前に立ちはだかる者がいなければの話だが。


 前方から炎を纏った弾丸が一発放たれた。私の真横を通過するそれは、廃墟の壁

にぶつかり壁をえぐり取るように大きく爆発した。


 今度は、その炎の弾丸を何十発も連射する。そのどれもが、私の身体を狙うよう

に正確に放たれる。


 弾の数だけ響く爆発音。手榴弾を機関銃のように連発する威力。


 私は、知っていた。それが出来る人間を。


 私は、銃を片手に持った彼に、近接戦闘に持ち込むために急接近する。


 「あらあら、高貴な家で育った割には、だらしなく汚い銃撃ですね」


 「黙れよ。スライムにもビビって何にもできねえ、『刹那』セカイ」


 「その名前で呼ぶな」


 「ははっ、何マジになってんだよ」


 憎まれ口を叩き合う相手は、私の一学年上の、最上級生。


 「このチビが」


 「なんか言ったか?」


 リンよりも小さく、男子なのに私と同じくらいの身長。明るい金髪は、妹のもの

とは似ているようで似ていない。


 「いいえ。何も」


 「お前もチビじゃねえか」


 「私は女だからいいの。器も小せえな、お前」


 「…殺す」


 私は、内緒で狩っていた魔物たちの戦闘で、新しい魔法を手に入れた。


 「試す時が来たか…」


 全身の魔力を集中させる。空間魔導士らしく距離感を緻密に計算し、発動した。


 「へえ、あれからレベル上がったんだな。それでも、頭部に亜空間の盾を張ったくらいで俺の本気には勝てねえだろうが、バカ。つーか、ぴらぴら出たり無くなったり、亜空間を張るのも結構魔力使うのな」


 確か、私が覚えている記憶では…。


 彼が持っている武器は、ピストルと同じ姿をしているが、連射速度が異常に速いマ

シンピストル。


 炎の弾丸を発動するそれは、最先端の機能が施されており、彼の雷属性の魔力を

炎魔法に転換し、射出する特注品。


 転換すると魔力が三割程度落ちると言われているが、彼の場合は三割程度落ちて

あの化け物みたいな威力。


 それを、右手に持っている。


 「殺せるもんなら殺してみろっつの。接近戦の対人戦闘で私に勝ったことないく

せに」


 そして、左手には、


 「じゃあ、近寄らずにそのままぶち殺してやる」


 彼の純粋な雷属性の魔力。マシンピストルにそのまま雷を付与したもの。


 空気を裂くような雷の弾丸を、何発も連射する。


 それと同時に、硬い物体を砂のように爆裂させる炎の弾丸を、何発も連射する。


 学内の模擬戦闘では、銃器の使用は許されておらず、木製のナイフや木剣のみとさ

れる。


 つまり、


 「ほらほら、銃を持った俺にも同じ態度取って見せろよ! 空間魔導士様よ

ぉ!」


 本気を出した彼の方が、戦闘力は遥かに上だった。


 北条ミカド。


 ウィザーズセントラル市長の息子にして、雷魔法の使い手。


 同室の三人の中で、最も魔力の強い友人ヒカリの、たった一人の兄。


 彼の銃弾は、警戒範囲外なら誰でも必ず当たるほどの速度と強度。


 当たれば、ほぼ確実に、死ぬ。



 学生大会が行われている会場。


 まさか次は、観客席から弟を見るためにここへ来ることになるとは。


 「おい、見ろよ」


 「あいつって、歴代最強の特殊警備隊隊長だろ?」


 観戦に夢中の観客にも気づかれるほどに有名になるとは、何とも誉れ高いことだ

が、今は静かに弟の成長を見てやりたい。


 俺が選手として出場していた時は、インターネット経由で届く中継を、各々のスマ

ホの画面に映すものだったが、クリスタルが消えた今では運営の水魔導士たちによ

り生成された水晶が一人一人配られており、選手番号を声で指定するとその選手と

対戦相手が映し出される。


「原始的なのか現代的なのか分からないシステムだな。まあ、俺にそれを嗤う資格

はないんだろうけど」


俺は自嘲的に、そう呟き、選手名簿に書かれた『古針リン』のプロフィールを見つ

け出し、番号を水晶に伝える。


すると、土魔法を扱う巨漢と協力して、槍術最強の風魔導士とも呼び声高い、臥竜

フウカと戦闘を行っていた。


「あいつに臥竜フウカは、まだ早い」


弟は、今まで出会ってきた人間の中で最も、魔法のセンスがある。それも、俺を凌

ぐほどに。


しかし、戦闘経験が極めて乏しいため、あの女とまともに近接戦闘を行えば、時魔

導士とはいえど、確実に動きの癖を見抜かれて、あの槍で仕留められるだろう。


そうなると、やはり、弟が勝つには。


『闘い方』が、この勝負のカギを握る。


「見物だな」


『勝負』というものの見方をどう捉えるか。弟の、リンの心がこの勝負を左右す

る。




 


 「リン!」


 「あぶねっ!」


 「集中するべっ!」


 大会が、クライマックスに突入したことを訴えるかのように辺りがうるさいのに、仲間の声がまるで幻聴のようによく通るな、と場違いにも感心してしまう。そして思わず闘いそっちのけで傾聴してしまいそうになる。


 僕は、シノブさんに作ってもらった土魔法のプロテクターを女の一突きで簡単に破

壊された。


 彼女は、恐ろしく強かった。


 「私が勝つだろうから、特別に教えてあげる。格の違いを」


 「ぬかせ!」


 シノブさんが、地面に忍び込ませた鋭利な岩石を、女の真下から突き上げるように

出す。


 しかし、それを後ろに跳んで回避し、空中で振るった槍の風圧で粉々にした。綺

麗に受け身を取って着地する。


 「北条ミカドの作戦通りだわ。さすがは古針ロンドに誰よりも憧れた男。二つも

年下だとは思えない傑物」


 「北条ミカド!」


 シノブさんは、今度は魔力不足で先ほどのように苦しみながら名前を叫んだ。


 「そう。去年の大会で、本調子のあなたの防御を、二秒で破壊した男。男はみん

な軟弱ものだと思ってたけど、あの子と、そしてあなたのお兄さんは違うみたいね。

そしてあなたのパートナーも、脱落しそうな頃合いかしら…」


 「お兄さん…?」


 彼女のご丁寧な説明を聞きながら、確かに『お兄さん』という声が聞こえた。


 「彼と組んで正解だった。昔の、ネットで自分の魔力を見せびらかすような軟弱

な男とは違うみたいね。年下の私に先を越されたからって、引退するような根性な

し」


 気が付くと女は、何かを言ってから次なる攻撃に備えた。


 「まあいいわ。女であることをハンデとはもう二度と言わせない。私の武器はこ

の槍と風と、絶対に勝つという欲望」


 「シノブさん!」


 「っ? …おい、リン! どこ行くべ!」


 「いいから、付いてきて!」


 彼女は、十秒くらいだろうか。前傾姿勢で槍を構えて、銃弾のように素早く突進し

てきた。


 逃げ行く相手を、仕留めようとする集中力は、殺気と魔力を通して十分に伝わっ

た。


 彼女は、手強い。僕ではもちろん、負傷中のシノブさんでも勝てない。


 だから。


 「セカイさん!」


 「気合いで避けなさい!」


  空間魔法の力によって、幻聴のようによく聞こえた『仲間の』声は、次はちゃんと肉声として聞こえた。


 『彼女のご丁寧な説明』通りだ。


 目の前に高速で迫りくる炎と雷の緻密な集中豪雨。


 彼の銃弾は、警戒範囲外なら誰でも必ず当たるほどの速度と強度。


 当たれば、ほぼ確実に、死ぬ。


 「シノブさん! ごめん!」


 「まったく、意外と悪いガキだべ。オラの分まで健闘するべよ…」


 打合せなしで無警戒の彼の身体は、消し炭のごとく消え去り、場外へ飛んだ。


 去り際に親指を立てた「グッドラック」のサインの残像が頭に残ったまま、攻撃を避けた僕は敵の方向へ、急接近した。


 北条ミカドなる男にではない。


 当たればほぼ確実に死ぬ、と称された銃撃を浴びてもなお、かろうじて生き残っ

ていた女の方向へ。


 「リン、手加減すんなよ!」


 「分かってる!」


 僕は、剣を構えて、


 「いっけええええええ!!!!」


 投げた。


 「ああっ…!」


 「この大会は、基本的になんでもあり。これが、僕たちの『勝負』だ!」


 『短時間微加速』で距離を詰めて、スイングスピードを素早くした渾身の剣は、

女の胴体に刺さり、女は消滅した。

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