第40話 真実

 その数日後。


 「ホムラ…!」


 意識を取り戻したロンドは、しかし身体が動かなかった。動くことはおろか、起

き上がることすらできなかった。


 「ロンド…!」


 彼女は、彼の目覚めに喜んだ。


 「よかった…、ロンドが生きてて…」


 世界で唯一信用できる彼を失いかけた彼女は、涙を流し、彼の手を強く握った。


 アラートが鳴る。


 指名手配のアラート。


 「私たちじゃ、ないよね…?」


 「ああ」


 彼の肯定に安堵するホムラ。


 二人は、空間魔導士、刹那トオルに罪をなすりつけることに成功した。


 まさか二人が共犯してタワーを破壊したとは考えず、警察と国が、誤った容疑者を

発表し、世間はまんまとそれを信じた。


 しかし。


 ホムラの心の中には、しこりのような後ろめたさが確かに残った。


 「あの有名人、刹那トオルがやったんだろ」


 「ホント、最低」


 「大迷惑だよ。表では世間のために献身的に振舞って、裏ではそんなことを企て

ていたなんて」


 「人も殺してるんでしょ? 捕まって死刑になればいいのに」



 道行く人が、犯罪者を糾弾する。


 その人が、無実だと気付かずに。


 心が、痛かった。


 今まで、人を憎みながら生きていた彼女は、ロンドに出会い、愛を知ったせい

で、罪悪感というものを手に入れてしまった。


 相手の気持ちを考えることが出来るようになった。


 無実の罪を着せられた男。


 今までのキャリアも名誉も、すべて失い、自分の家族にも迷惑をかけてしまうこ

とを考えると、胸が苦しくなる。


 それは、時間が経っても消えない。


 むしろ、時間の経過とともに膨らんでいくような感覚すらある。


 家に帰って家事をしても、ロンドのお見舞いに行っても、雑誌を読んでも外に出か

けても、おいしいご飯を食べても、刹那トオルの残像が消えない。


 クリスタルは、あんなに簡単に壊れて消えてくれたのに。


 「お前のせいだ…。お前のせいだ…」


 「ごめんなさいっ!」


 時折、夢を見るようになった。


 処刑台で首をつられる寸前の刹那トオルが、いつもテレビで見せていた笑顔とは

程遠い、人を憎む顔で私を睨みつける映像。


 それと、似たような夢を、何度も見た。


 だから彼女は、ロンドに頼んだ。


 彼だって、きっと同じ気持ちだ。彼女たちは、今までお互いを信じあってきたか

ら。


 しかし。


 「それは、無理だ」


 あっさりと断られた。


 自分のことを、初めて肯定してくれた彼に、彼女は否定された。


 「俺は、まだ目標を果たしていない」


 「果たしたじゃない!」


 ホムラは声を上げて怒鳴った。


 「俺の目標は、弟が成長して、俺の前に現れることだ」


 「弟って…」


 そうだ。彼は、最初から弟のためにクリスタルを破壊することを決めたのだ。ホムラは、それに賛同し、協力されただけ。


 そう思いだした矢先、次の言葉が、彼女を、再び地獄のようなあの日々を蘇らせ

る。


 「お前は、利用しただけだ。弟のために」


 「えっ…」


 彼は、それきり、喋らなくなった。


 そこから、どうやって帰ったのか分からない。


 レベルを50に上げない。はっきりそう言われた。


 時魔導士がレベル50で習得する魔法。


 『時間戻し』


 レベル39で覚える『短時間戻し』の上位互換。一年より前の時間も戻せる。代

償はさらに大きくなる。死ぬことだってあり得る。その気になれば、人間が存在する前の時代までにすら戻せる。術者と、無属性のホムラだけが魔法の影響を受けない。


 だから、クリスタルが破壊される前の世界にだって戻れる。全てを無かったこと

にできる。


 ホムラは、彼女の意見を頑なに断ったロンドを、ついに見限った。


 ロンドに、結果的に利用された彼女は、考えた。


 やり返してやろうと。


 それを、未だ弱っている本人にではなく、弟に。


 古針ロンドの弟、古針リンを利用し、『時間戻し』が使えるまでに育て上げる。


 彼に出会うのは簡単だった。弟が大好きなロンドは、出会った時から彼の話ばか

りしていたから。




 町を飛び出し、草原で山賊に絡まれているのは想定外だったが、彼を助け、恩を

売れば自然と彼に同行できるチャンスだと思い、山賊二人を蹴散らした。


『正義の味方よ!』


山賊から尋ねられた素性に、慌てて応えてしまった。


『また厄介なことを…』


山賊の筋肉質の男が使った土属性の鎧は、サブマシンガンで打ち砕くのは困難だか

ら、無属性の体質で無効化&無属性付与の拳で確実に仕留めた。鎧が砕け散ってく

れたから、サブマシンガンの炎から、炎属性の爆散だと信じてくれることに賭けた。


 そして十四歳の純粋な彼は、彼女を信じた。


 それから、追い打ちをかけるようにキスをし、レベル50の到達を条件に、交際

を約束した。


 仕事などせず、魔物退治に専念することを強く望んだホムラは、しかし彼に怪しま

れることを避けるために、なるべくレベルアップを押し付けないようにと気を配った。


 それが刹那トオルの娘、刹那セカイの存在を引き寄せてしまう。なるべく、他者とは関わりを持ちたくなかったホムラは、しかし自分のせいで父親を指名手配にしてしまった罪悪感から引き受けることにした。ホムラたちがいなければ、父親が失踪し叔父に虐待されることもなかった。


勘のいい優等生は、見るからにリンに心を奪われているため、サブマシンガンや戦闘技術のことを詮索されないようにするため、恋心を敢えて刺激した。


クリーパという人間になりすましたダンジョンの主が、リンの命を奪おうとした時は焦った。ホムラは、リンに意識を向け過ぎたことで油断が生じ、蔓に身体を巻き付けられた。


無属性のホムラの魔力を吸い取る魔物は、違和感を感じ取った。リンの覚醒により難を逃れた彼女は、口封じのために速攻で魔物を殺した。魔力を吸い取られ疲弊した演技を貫くために、銃弾は少なめに撃った。


そして、レベル30になって、初めての魔法を手に入れてからは、彼は、どこか満足していた。ホムラはレベルアップを促すために色仕掛けを強めるが、彼の興味は対人戦の方へ向いた。心を磨きたい、学生大会なんかに参加するなど言った時は、低レベルを非難し、怒ってでも止めたかった。


しかし、それは逆効果で、頑固なリンの心はホムラが望む方向の逆を進んだ。


結局リンは、あの愚直で単純な古針ロンドの弟だった。兄弟そろって自分が一度決めたことを絶対に譲らない。


彼女は、この兄弟を殺してしまいたくなった。


 殺した後に、自分も死んでしまおうと思った。


 彼の部屋を出て行ってすぐに、無実の罪で逃亡し続ける刹那トオルを発見したと

いう街の警報が流れた。


 真犯人を呪っているだろう男の顔を思い出すと、とうとうホムラは兄弟を殺し、自分も死ぬことを決意した。


 スラム街にいた毒属性の魔法使い。


 元特殊警備隊隊員のその男は、かつて古針ロンドに蹴落とされた過去を持つ。


 その過去と、色仕掛けによって、ホムラに懐柔された男は、協力した。


 殺害決行は、ウィザーズセントラル学生大会当日。


 昼間に、借りたホテルの一室で、彼女は全裸でベッドに横たわり、毒魔導士の男の粘液をたっぷりと身体に塗り込まれた。必要以上に乳首を触り、デリケートな部分を下手くそな手つきで触られて痛かったが、リンたちを殺せるなら文句は言えなかった。


 夕方。


 男には、またお願いすると嘘をついて別れた後、会場前を一人で去る古針ロンド

を見つけた。


 毒を仕込ませていることに気付いているのかいないのか、分からないまま、リン

の家に誘い込み、毒液を纏ったホムラは彼と汗が出るほどの激しいセックスをした。


 彼女の汗や唾液、性器の粘膜などに含まれた毒液が、彼の体内に侵入し、彼をあっという間に毒殺できた。


 体術、剣術、魔法、策略、全てにおいて最強だと謳われた特殊警備隊隊長は、目の前の女の身体に欲望を抑えることが出来なかったという死因で、呆気ない最期を迎えた。


 そして、残りの毒液をホムラの水分から絞り出し、リンに軽度の麻痺毒と発熱毒

を浴びせた。


 これが、ホムラの生い立ち、クリスタル破壊事件の真実、そしてホムラがリンに

近づいた目的の答えである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る