第38話 上空

 十六歳になった少女は、タワーの前のゲートを、無属性の魔法を暴走させて突破

した。


 レベル15の少女は、しかし不可視の攻撃と一切の魔法を無効化する防御で、高

レベルの警備員たちを簡単に薙ぎ払う。


 タワーの入り口で待ち構える男が一人。


 どこか、凄みのある男だった。先ほどの警備員たちの上司にしては若い。よほどの

実力者なのだろうか。


 そんなことはどうでもいい。


 普通の大人たちも、簡単に蹴散らすことのできるこの属性で、圧倒してしまえば

いい。


 少女はやけくそに、その男が守る入口へ向かった。


 しかし。


 腕を掴まれた。


 そして、その腕を片手で後ろに捻り、もう片方の手で少女の頭を地面に抑えつけ

た。


 「いってえな…」


 男は、無属性の斬撃で、腕から血を流していた。


 「でも、とらえたぜ」


 「っ!!」


 少女は再び無属性を暴走させるが、男の反応速度が、それを凌ぐ。


 「これ、ダブルミーニングな。お前を捕らえたのと、お前の魔法の軌道を捉えたっ

てこと。うまくね?」


 少女は、ようやく負けを認めた。


 男は強かった。いったい何者なのか。そんなことを知らないまま、少女はきっと

檻の中へ閉じ込められる。またはあの地獄のような村に返される。


 そう思っていた。


 「古針! よくやった!」


 「どうも!」


 彼の上司と思われる人物が現れる。


 「部下から聞いていたが、見えない魔法というのは…、その子は…?」


 少女は、激しく動揺した。怪しまれることを避けるため、すぐに平静を保とうと

心がける。


 「ああこいつ! 俺の後輩です!」


 かかっ、と豪快に笑う男は、嘘を吐いた。


 少女は、面食らい、再び動揺した。次は隠せずに、腕を捻られた状態で首だけを

彼の方に向ける。


 「いつも、魔力のコントロールが不器用で、今日も練習中に魔力が暴走した…。

速く鋭い風属性で初見じゃなかなか捉えられない魔法が使える…。人違いじゃ、な

いよな…?」


 綺麗な顔だった。


 そんな彼が、どういう訳か少女を守る嘘を吐く。


 惜しい気持ちになった。


 このまま、犯罪者であることを自白し、再び地獄に落ちるよりも、抵抗して最悪

の場合殺されてしまうことも。


 「はい…。お久しぶりです」


 だから少女は、彼の嘘にのった。


 「今日の暴走は特にひどくて、特殊警備隊の人がいるタワーなら止めてくれるかな

と思い、飛び出してしまいました」


 腕を掴んでいた彼は、少女を開放する。


 「ありがとうございます。先輩」


 「ああ。授業以外で魔力の練習はするなよ」


 先輩を演じる彼は、私の頭をポンポンと添えるように軽く叩く。


 こうして、ホムラとロンドは出会った。


 一人暮らしのロンドの家に住み、家事をして彼の仕事の帰りを待つ生活。


 「おかえり、ロンド!」


 「ホムラ…」


 彼の帰りを出迎える彼女は、裸で出迎えることに抵抗がないほどに自分をさらけ

出していた。


 「最近は、ちょっと大きくなったよ。触ってみる? きゃっ!」


 「バカ」


 彼は、十八になったホムラを抱えて、そのままベッドへ自分の身体ごと沈めた。


 顔を近づける彼。そして言った。


 「男だから、触りたいけど、俺は、お前の身体だけじゃなくて、中身も大好きなん

だ」


 そしてそのまま、厚いキスを交わす。


 他の誰でもない、ホムラのことを好きになってくれる男は初めてだった。


 ロンドのためなら何をしてもいいと、本気で思えた。


 だから、弟のためにクリスタルを破壊しようと提案した彼にも、何の疑いを持つ

ことなく、ただ彼には彼なりの考えがあるのだろうと思い、ホムラはロンドから二年間の訓練を施され、タワー職員の資格を取り…


ホムラが二十歳の時、それを決行した。


狙うは、一年をかけて完成させた、新タワー。そこに置かれたクリスタル。


 築百年を超える旧タワーの老朽化に伴い、国はクリスタルを厳重に保管し、旧タ

ワーから百メートル先の新タワーへとクリスタルを移動した。


 何者かが空間魔法の力で監視カメラの目を忍んでタワーに侵入したという誤情報。この時には隊長にまで出世したロンドの言葉は、誰もが信じた。


 そして、犯人を上空から監視する、という名目でロンドとホムラはヘリに乗り込

んだ。


 上空六百二十メートル。


 上空六百十メートルの新タワーを真上から見下ろす二人。


 ホムラは、分かっていたものの、怖かった。彼を信用できなかったわけではな

い。信じていたものの、やはり怖かった。


 土属性の建築士たちは優秀で、たったの一年で作り上げた新タワーの設備は圧巻

だ。


 タワーの外壁にも魔法のシールドや魔法のレーザー砲、そして自動機銃が乱立して

いる。


 前者は、魔力によるものなので、ホムラだけで突破できるが、後者は実弾、タワ

ー職員の資格を持っているとはいえ、ホムラが一般職員接近禁止範囲に到達した瞬

間に、彼女の美貌はハチの巣になる。


 だから、時魔導士であるロンドの力が必要だ。




 『短期時間戻し』。


 指定した時間に戻す。戻せる範囲は一瞬から丸一年。代償として、指定した時間が

長いほど魔力、体力ともに負担がかかる。


 この力は途中で解除可能だ。例えば、九時から七時に戻った場合、そこから二時

間が経過しなくとも自分の意志で、一瞬で九時に戻れる。




 レベル40のロンドは、この魔法が使える。


 「ホムラ」


 彼は、彼女にキスをした。


 「いってらっしゃい」


 彼は、すっかり安心しきった彼女の背中を押した。


 「きゃっ!」


 「ホムラ!」


 操縦士に、自分たちの計画がバレないように、ホムラが、さも何者かに落とされ

たように演じた。


 街のビルたちが、村で眺めて来た時と同じように小さな光を放つ。今はそれら

を、真上から眺める。


 秒で、一年が戻った。


 新タワーが完成にかかった時間は一年。その三か月後にクリスタルが旧タワーから新タワーに移動した。ホムラがヘリから飛んだ日は、さらにその一か月後。


 これらの時間を足して一年四か月。


 そこから一年を引くので、ロンドの力で、戻った時間は、新タワーの建設を始めてから四か月の時代。


 ホムラの感覚としては、タワーの上半分が一気に削り取られたようなものだっ

た。


 時魔法によって戻る世界の時間。時魔法の影響を受けない、無属性の体質をもつ

ホムラ。


 そして。


 ロンドは、『解除』した。


 1年前にさかのぼった時間は、あっという間に現在へ引き戻された。


 彼の体内時計は、見事だった。


 ホムラがヘリから落ちて何秒経ったら、クリスタルの部屋の標高に到達するかを体内時計で計算し、『新タワー建築中の時代』から一気に『新タワーが完成している時代』に引き戻し、ホムラをクリスタルの部屋に閉じ込めた。


 時間は、あっという間に元に戻り、地面を確認したホムラは、ロンドに教えてもら

った受け身を取る。


ついに、国の重役以外の人間が決して立ち寄ることのできない場所へたどり着い

た。

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