第37話 邪魔
少女が物心ついた時には、ある村の孤児院にいた。
両親が行方不明の彼女は、しかしシスターによる衣食住の約束された生活を送るこ
とが出来た。
「シスター! この絵本よんでー」
「あらホムラちゃん、まだ起きてたの? いいわよ」
小さいころは、彼女はきっと幸せだった。
こうして、身体は成長する。
そして、成長するたびに、彼女の心は、心無い言葉や冷たい眼差しによって汚れて
いった。
「あーっ! 化け物が顔洗ってるーっ!」
「ちょっと~、ダメよ。ホムラちゃん、また泣いちゃうわ」
少女の魔法は、特別だった。
無属性。
時魔法や、空間魔法以上に異常な属性は、もはやこの世に彼女一人だと言われるほ
どだ。
無属性の魔法は無であるがゆえに不可視で、それは不気味だと言われた。
「ぐあっ! どこ狙ってんだよ! バカガキ!」
「あんた使えないわねえ」
「無属性なんて、不気味な属性持っちゃって、この村に不和をもたらしそうだ
わ」
「いっそ、出てけよ」
大人にも、嫌われた。
「あの子、魔法の鞭が効かなくて、困るわ」
「昔はあんなに可愛かったのに」
「平等に罰を与えてあげたいのに、あの子が反抗してきたらどうしよう…」
今まで唯一信用してきたシスターたちにも嫌われた。
そして少女は、十四歳で生まれ育った村を出て行った。
遠くから見えるクリスタルの光。インターネットという悪しき存在を作り出した
物体を目印に、ウィザーズセントラルへたどり着く。
孤児院の金を盗んで飛び出してきたものの、何の当てもなく街をさまよう少女
は、格安ホテルなどの宿泊施設を渡り歩く生活を行った。
未成年であるため宿泊を断られることもあった。
怪訝な目を向ける受付から、逃げるように飛び出す。警察に保護されようものな
ら、またあの村に戻されることになる、それだけは何とか避けたかった。
村の雑事もろくにできなかった少女は、女優を目指すことにした。今まで嫌って
きた人間を、見返してやりたいと思った。
「君は、目立ちたくてやってるの?」
女優を養成する事務所で、講師から言われた言葉。
「相手に最高のエンターテイメントを与えようとか、思わないの? やる気はあ
るんだろうけど、もっと人のためにやらなきゃ、僕は君を推薦しないよ?」
少女は、恥ずかしかった。自分の存在をすべて否定されているようで。稽古場で
叱られる少女を、他の生徒たちが嗤っているようで。
金が、底をついた頃合いには、風俗嬢として、住み込みで働いた。未成年を雇う
違法な店が、少女の命を救う。皮肉な話だった。
少女の、初めてのキスと、初めてのセックスは、市議会議員を務めるという中年
の男に奪われた。唾液の粘っこい感触が気持ち悪く、性器をかき混ぜられる痛みは
壮絶で、今にも逃げ出したい気持ちになった。
しかし、仕事に慣れてしまえば、相手の身体を触ったり自分からキスをすること
だって簡単だった。思春期の照れも恋心も、あっという間に失った。
数か月も経たないうちに、私は店で有名になった。訪れる人間たちが、みんな少
女を求めてやってくる。無属性をコントロールできずに、戦闘も接客も、女優も満
足にできなかった少女は、天職を見つけたような気分だった。
「あんたが客取ったせいで借金返せないんだけど」
「まじでキモい」
「死ねばいいのに」
同じく身体を張る女の同僚たちには、嫌われた。
それも束の間。インターネットで話題になった少女と、そのお店は、未成年を雇
った、ということで、その店のオーナーは逮捕された。
「お前、あれほど目立つなと言ったのに…!」
警察に連行されたオーナーの剣幕が怖かった。いつも笑顔で少女に声をかけてく
れた彼は、もういない。
少女は、気付いた。
彼は、私を商品としてしか見ていなかったことに。
自分にとって都合がよかったから、少女を利用しただけで、都合が悪くなると、
その本性が現れる。
客もまた、少女ではなく、少女の見た目と身体を求める。
結果、少女のことを心から好きだと言ってくれる人間は、この世に誰もいなかっ
た。
少女は、手に入れたスマホで、SNSを見ると、顔が特定されていた。魔法と本
名は漏洩しなかったものの、道行く人の目線が、痛々しかった。
もう死んでやろうと思った。
せめて、自分の生涯を邪魔し続けたクリスタルを破壊して、この世を去ってやろう
と思った。
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