第35話 あの人

 「楽しかったね」


 「うん」


 ウィザーズセントラル学生大会が終わり、僕たちは夜の遅い時間まで打ち上げを

していた。


 「ていうか、カズキ君やアカネさんたちだけじゃなくて、シノブさんや臥竜さん

まで来るとは…、緊張したよ」


 「作戦勝ちで蹴落とした先輩たちだからね」


 セカイさんが少しだけ悪い顔をする。


 「蹴落とすって…」


 「まあ、それでも私たちの優勝を認めてくれたから良かったんじゃない? 北条

はあんたに敵意むき出しで酒飲ませてきたけど」


 セカイさんが、また悪い顔で僕をからかう。


 「うう、思い出させないでよ。…あの人の乱暴さで今こうなってるんだから。リュウマ先輩も便乗してくるし、一度別れた恋人が臥竜さんだったなんて…」


 今日は、怯えたり、驚かされたり、怒ったり、ぶつかり合ったり、大忙しだっ

た。


 街灯に照らされた公園のベンチで、酔いと疲労からがっくりと項垂れる僕は、目

の前で空を仰ぐセカイさんが笑っていることに気付いた。


 「どうしたの?」


 「えっ、あっ、いや…」


 笑っていることに気付かれたセカイさんは慌てて僕に説明する。


 「あんたに会えて、よかったなって」


 「えっ?」


 僕は、固まった。


 夜の、薄い光に照らされる彼女が、恐ろしく綺麗だったから。


 「私、アカネとヒカリがいなかったら、ろくに友達なんていなかったし、過去に

とらわれたまま魔物だって倒せなかったし、こんなに心が解放されるような気分を

味わうことが出来なかった」


 「セカイさん…」


 「北条が、あんたに私のことを悪く言った、って謝ってきた。観客の水晶越しじゃ

聞けなかったから、あんたがどうしてあんなに怒ってたのかも、最初は分からなく

て、…だから、嬉しかった。あんたが、私のためにあそこまで怒ってくれたことが」


 照れくさそうに、下を向き、組んだ両手をせわしなく動かす彼女に、僕は…。


 「っ!?」


 いつかのように抱きしめられたあの人の美貌とは、少しだけ物足りない感覚。


 それでも、あの人よりも、ずっと恋しくて、死んでも離したくないと思える彼女

の身体、そして心。


 「ちょっと…」


 「僕だって、僕だって、セカイさんに会えて、よかった」


 二人して、抱きしめながら、すべてを出し切るように泣き喚いた。



 玄関を開けると、しばらく見なかったあの人が、現れた。





 「ただいま、リン君」


 「…っ!?」


 その美人は、僕の名前を呼んだ。


 「こういう時って、どっちがただいまで、どっちがおかえりなんだろう…」


 「どっちでも、いいんじゃない?」


 目を逸らす僕の顎を優しく持ち上げ、もう一つの手で僕の手首を掴み、彼女が使っ

ていた部屋へ連れていかれた。


 「なっ…!!?」


 言葉が出てこなかった。


 まず、最初に思ったのは、これは夢なんだ、ということ。しかし、この光景が夢で

はなく事実だったことに気付いた時は、絶望のような、興奮のような、混沌とした

気分だった。


 「足元に気を付けてね」


 手前にあるもの、いや、人を股越してベッドへ倒される。


 仰向けで、抵抗したいのに抵抗できないまま、彼女の髪の毛先が、僕の首や頬を

掠める。


 「ホムラ…さん…?」


 動けなかった。



 酔いは、冷めている。


 疲労はしているものの、全く動けないわけではない。


 それでも、僕は、痺れるように動けなかった。


 「ロンドで、ずいぶん消費しちゃったから、少し不安だけど…」


 「何を…?」


 僕は、期待しているのだろうか。


 一糸まとわぬ彼女の裸。さらけ出された恥部の全体像。着衣時の柔らかい感触以

上の未知なる触り心地。


 「レベル40、ロンドと一緒にクリスタルを破壊した時の、彼と同じレベル」


 僕の手首を見て、ニヤリと笑う。


 「レベル50までは遠い。レベルの上がりにくい時魔導士を待つのは飽きた。世

界の調和だかなにか知らないけど、レベルを46に保ったまま頑なに上げなかったロンドのバカを切り捨てて、あなたを見つけたのに」


 僕の服を脱がせる。抵抗できないまま、僕も全裸になった。

 「レベル50で覚える魔法、『時間戻し』で、クリスタルを再生するために、あなたたち兄弟を利用しようとしたけど、もういいや。疲れた。この世にも、あなたたちにも」


 疲れきった脳が、必死で情報を整理する。



 「僕を、騙してたの…?」


 「うん、ごめんね」


 「嘘だと言ってくれよ!」


 「ごめんね、嘘じゃないの」


 「そんな…信じられなっ…っ!?」

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