第34話 役目

 「閉会式が、始まるわよ?」


 僕は試合が終わって、小一時間眠っていたようだ。


 起き上がると、身体に重い泥が纏わりついているように身体が重かった。


 「僕は、勝ったんでしょうか?」


 完全に意識を取り戻すと、僕は医務室の職員に尋ねた。


 すると彼女は、にこやかな表情を浮かべて、微かに鼻息を漏らして言った。


 「勝ったわよ。おめでとう。古針リン君」


 「夢じゃ、なかった…」


 試合を観てくれた人に勝ったと言ってもらえるだけで、僕は落ち着きを取り戻し

た。


 「閉会式、行ってきます!」


 「うん。あなたの相棒も待ってるわ。早く行ってあげて」


 「ところで先生。ここって、どこの医務室ですか?」


 体力と精神に余裕があったので、知り合いの医者に、少しだけ冗談を言おうと思

った。


 「もちろん、会場の医務室よ?」


 彼女は再び笑い、応えた。


 「女子寮の方がよかった?」


 「いえ、そんなことは」


 僕は、自分で冗談を仕掛けながらも彼女の言い返した言葉にたじろぐ。


 「じゃ、じゃあ、行ってきます」


 「うん、また女子寮のベッドで」


 「行きませんっ!」


 彼女に会釈し、そのままドアを出て行った。




 「娘と息子に、貴重な経験をくれてありがとう。古針君」




 「本年度の優勝者は、この二人! おめでとう!」


 会長の祝福の言葉と拍手を合図に、会場が一斉に盛り上がった。


 「おめでとー!」


 「よくやった!」


 「セカイさーん!」


 「リーーーーン!!」


 登壇して、優勝旗とトロフィーと賞状を受け取る僕たちは、まるで現実感のない

顔でこの時を過ごした。


 「僕たち、勝ったんだよな?」


 「あ、当たり前でしょ? じゃなきゃ、こんなところに立ってない」


 壇上からは、興奮で飛び跳ねるアカネさんと、北条ミカド、さんそっくりの顔で

微笑むヒカリさん、そして、歓声の中なにかを叫び僕らに伝えるリョウ君と、ただ

静かに見守るカズキ君が見えた。






 「では、次に、個人成績上位三名を発表したいと思います」


 チームで勝てなくても、観客や審査員が投票して決める『大会最強の魔導士』の称

号がもらえるのが、この大会の魅力の一つでもある。


 「まさか僕たち、二冠王になっちゃったりして…!」


 「調子乗んな。あんた、とどめ刺しただけでしょ。ていうか、まだまだ色々と甘

すぎ! あとで反省会な」


 「ふひぃっ!」


 そして、選ばれたのは…。


 「では、呼ばれた選手たちは、登壇をお願いします」


 変に期待していた僕は、少しがっかりしたが、誰が見ても、納得のいく人選だっ

た。


 「三位、岩城シノブ君。彼の防御魔法は目を見張るものがあり、特に建築士の方

たちから多数の票を頂きました」


 「うぉぉぉぉ!」


 「シノブ君!!!」


 彼らのチームにいた人間は、大声で喜ぶ。僕も、彼の防御が、建築士の方々に評

価されてよかった。


 巨漢の彼は、信じられないと言った顔で、しばらく固まっていた。


 「二位、臥竜フウカさん。彼女の、風魔法を発動した時の機動力と破壊力、そし

て軸のぶれない槍の突き。近接戦闘では今大会最強という声を頂きました」


 「また彼女か!」


 「やっぱスゲーな!」


 「男どもっ! 負けんじゃねえぞー!」


 期待通りの声援だろう、当たり前といったような歓声で祝福する。


 鎧を脱ぎ、肌の露出が多いノースリーブと短パンを着用している女性は、涙をこらえるように震えていた。そして、客席の、ある方向を見たと同時に、なぜか客席のリュウマ先輩が、僕たちに向けたのと同様に、大きく手を振って彼女を祝福した。


 「そして、一位は…」


 僕は、遠くの彼を見た。彼の近くにいた妹も、彼を見守るように見ていた。


 「北条ミカド君。彼は、まさに世代最強だと思いました。銃も剣も武術も、そし

て魔法も。荒っぽいところはあるけれど、これからの成長に期待したい、とも。これ

は、特殊警備隊の現隊長、…そして、ウィザーズセントラルの現市長から頂いたコ

メントです」


 「さっすがお偉いさんたち!」


 「分かってやがるぜえ!」


 「北条先輩! おめでとうございます!」


 観客も、近くにいた後輩たちも、会場の全員が彼に祝福を送る。


 両手をグーにして、俯きながら肩が震える北条ミカドさん。


 兄妹ともに、同じようなポーズで、喜んでいた。


 「ミカド君、さあ、登壇だ」


 会長の声で、涙をぬぐった彼は、ゆっくりと歩き出す。


 壇上の、たくましい巨漢と凄みのある女性の間に立つ先輩は、この場にいる誰よ

りも、何よりも輝いて見えた。






 夕方。


 日中続いた大会がようやく終わり、元気のある選手たちは、打ち上げを行う頃合

いだ。リンも、自分の仲間たちと繁華街へ消えていった。


 「あいつが、まさか、な…」


 俺は、きっと弟以上に信じられなかった。


 俺も市長も、大絶賛したあの北条ミカドを、仲間の力があったとはいえ倒してし

まった。


 「すっかり大人になっちゃって…」


 弟は、成長していた。もう俺の力は、必要ないみたいだ。


 「勝ったんだね、リン君」


 背後から、女の声がした。


 自分の、よく知った女の声。


 しかし、久しく聞かなかったその声。


 そしてそれは、かつての『共犯者』の声。


 「弟が大好きなあなたなら、観に来ると思ったわ」


 「何の用だ? ホムラ」


 「来てほしい、ところがあるの…」


 いつか自分の愛した女が、俺の手を、優しく握る。

 触れた部分に、少しだけ灼熱感があった。


 彼女は、無属性なのに。


 特殊警備隊の支給された火属性武器のような熱さ。しかし、それとは異なる何

か。


 その名の通り、属性のない女は周りからの差別を恐れて、属性があらかじめ付与

された銃をよく使っていた。


 俺たち人間は、属性によって体質が変わる。一般的な属性、火属性や水属性な

ら、自分と同じ属性のダメージを軽減したり吸収したりする。


 一方、稀少な属性、時魔導士は、体内時計が優れていたり、他者の発動した時魔

法を感じ取ったりできる。空間魔導士は、自分と対象物の距離感を正確に図ったり上級者になると透視もできると言われている。


 そして、無属性の体質は…。


 士官学校の教科書に書かれた内容を思い出す。テストで、あまり重要視されていな

いから、優等生か、知識として知っている生徒しか答えられないような内容。弟の相

方、優等生の刹那セカイなら、きっと授業中にでも答えたことがあるだろう。


 この灼熱感の正体…。


 女優志望で磨き上げた彼女の演技は、まだわざとらしく下手な部分があったが、露

出した胸元にどうしても目が行ってしまう。


命の危険を直感したのに、俺は、『昔の女』というものに未練を感じていた。


周りからは羨まれるが、俺にとっては日常だった、この美人。


付き合っていた時、だらだらと何度もしていたつまらないセックスが、別れたこと

で、その価値を引き上げる。


弟は成長した。


俺の役目は終わったんだ。


目標を果たした、と自分を正当化した俺は、ホムラの横を付いて街を歩いた。

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