第25話 誤解
「…ン」
声が聞こえた。
「リン」
「…んあ?」
目を開けると、いつか見たのと同じようなシチュエーションだった。
「セカイさん?」
「あっ…! こ、これは、違うから! …った!!」
彼女が慌てたように身体を素早く後ろに引いた。その拍子に、壁際に後頭部をぶ
つけた。
「何してんの…?」
かなり痛かったのだろう、ぶつけた場所を手で抑えながらうずくまる彼女に、困
惑した。
「うぅ…、あんたの手を触ってたのは、別にそういうんじゃなくて仲間としての安
否を心配をしてたの! この病院であんたが運ばれたのが分かったのは、仲間とし
て、近くの病院に聞いて回って見つけたわけで、別に、そういうんじゃないか
ら…」
「分かってるよ、ありがとう」
「…うん」
僕の感謝に、彼女は照れくさそうに頷くだけだった。
「僕は、どうなったんだ?」
「病院に運ばれて、眠ってた」
「ああ、もう三日が経つか」
「なんで分かるの?」
「時魔導士だからか、体内時計はちょっと得意なんだ。ちなみに時間は午前十一
時ちょうど」
「…正解。あんたってそんな特技あったんだ」
僕は少しだけ誇らしく笑う。たぶん兄が使った魔法も正確な体内時計でコントロ
ールしたものだ。
「でも、私だって空間魔導士だからか、目分量だけで何歩進めば目的地に到達す
るか、なんとなくわかるわよ」
「ごめん」
時魔導士と空間魔導士の力を思い出すだけで、三日前の記憶が鮮明によみがえ
る。
「えっ? 何よ急に?」
「君のお父さんを、助けられなかった」
「…」
沈黙が続くだろうと分かってたけれど、あの場で彼女の父親を守れるのは僕だけだ
ったから、責任をもって彼女に話そうと決心した。
「あんたのせいじゃない」
「え?」
「あんたのせいじゃないし、あの人は本当に罪を犯したのかもしれない。だか
ら、あなたも他人のために自分を犠牲にしないで。犯罪者を匿ったらあんたも同罪
になるんだから…」
「でも…」
彼女は、次は堂々と僕の意識がある状態にもかまわず手を取り、僕の目を見た。
「お父さんは、確かに大事な人だけど、あんたのことも私は大事だから」
彼女の声に、返事を返すことが出来なかった。
嬉しかったからだ。心が、そういう反応をしている。
「あ、ありがとう」
「わああ! ご、ごめん! 引いた?」
彼女は、この日は珍しく弱気だ。
「いや、引いてないよ。嬉しい。純粋に」
僕も手を握りかえす。
「あああ、あんたには! ホムラがいるでしょ!? だから、こういうことする
のは、気分を害さないかなって…!」
ホムラさん。
そうだ、彼女は、もういない。多分、帰ってこない。あれだけのことを言ってしま
ったんだ。彼女は怒ってる、いや怒ってるならまだかわいい方だ。きっと僕のことな
んかもう見限ってるに違いない。
でも、どうして彼女はあんなにレベルにこだわるんだろう。昔の男にレベル差コン
プレックスでもあったのだろうか? 昔の男、昔の男…、ああ考えたくない!
「ちょっと、落ち着きなさいよ!」
慌てたように僕を怒鳴るセカイさんの声で、没頭していた意識が元に戻る。
「意識失って頭がおかしくなったと勘違いするからやめなさい!」
「ご、ごめん」
「もう! 三日前も死ぬほど心配したんだから!」
「それは、ホントにごめん…へへ…」
「へへ、じゃない!」
その時、ドアが開いた。
「おーい! お見舞い来たぞー」
金髪に、筋肉質の大きな体躯。
「リュウマ先輩!」
「クソ真面目のお前が連日無断欠勤してるから、病院にでもいるんじゃねえかっ
て、大きい病院から回ってみたけど、まじだったな」
「はい、まじなんです…。足引っ張ってすいません」
「足引っ張るなんて考えんな。こういう時こそ先輩の頑張りどころなんだからよ
っ!」
「リュウマ先輩…」
僕は改めてこの先輩に感謝しなければいけないな。仕事の時は厳しくて怖いけど、
だからこそ信頼できて頼りになる人だ。
「で!」
「で?」
彼の、僕に向けられた熱い視線は、次第に僕を遠ざかっていき、次は僕の隣にいる
セカイさんに向けられた。
「この子が、お前の惚れた女だなー」
「「はあっ!?」」
僕と彼女の喉元から驚きの声が飛び出した。
「ちょっと、あんた! なに勝手に吹聴してんの!? ていうか、あんたの惚れ
た女はホムラじゃないの!?」
「いや、違っ…! いや、誤解だって!」
僕は、ここから数分かけて誤解を解き、セカイさんの紹介を先輩に、先輩の紹介
をセカイさんにした。
「ああ、仕事の先輩ですか…」
「ああ、リンの練習に付き合ってるっていう怒ったら鬼みたいに怖い女」
「ちょっと!」
「ふひぃ!」
セカイさんが僕を鬼の形相で睨み、やれやれ、とため息を吐く。
「まあいいわ。…ところでリュウマさん」
彼女が先輩に頭を下げて言った。
「リンがいつもお世話になってます」
先輩も彼女に倣うようにして頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ、リンがいつもお世話になってます」
すると二人は顔を合わせてクスクスと、笑い始めた。
「えっ、ええ…、二人とも何を言って…」
「不器用なあんたに仕事を教えるなんて、この先輩はすごい!」
「ああ、まったくだ。軟弱なお前に戦闘を教えるなんて、この女の子はすご
い!」
「ふひぃ! 先輩まで!」
二人は、これから小一時間くらいは、僕がドジを踏んだ話で盛り上がった。
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