第23話 ヒント

 「お前に教えてやる」


 僕の攻撃を軽々とかわしながら、嫌みなほどに整った呼吸で淡々と弟に説明し始

めた。


 「レベル39に達した時魔導士の魔法を」


 僕の縦切りを受け止めた兄。違和感を感じたのはその直後のことだった。


 「なっ!?」


 「まだ使ったことのない魔法に、反応したか。やっぱり、お前は時魔導士として

のセンスがある。俺よりも」


 兄からの突然の賛辞に頬を綻ばせてしまいそうになる。


 「時魔導士の次のステップだ。名称は…」


 黙ったまま魔法の固有名詞を聞いた僕は、魔法を掛けられたという意識はあるも

のの、彼に突撃し剣を振った記憶を完全に失っていた。


 それこそが、今感じている違和感の正体。


 「じゃあ、次は俺からだ」


 言葉を言いきってから一秒も経たずに、僕の間合いに入り込み、その二秒後には

僕は地面に背中を付けて倒れていた。


 真上に浮かぶヘリコプターを見上げる。いま再びアラートが街中に響いているから、おそらくあれは特殊警備隊のものだ。


 「うっ…」


 腹を、鞘に納められた剣で突かれた。剣先を目視できるのがやっとで、防ぐ余裕

など微塵もなかった。


 「魔法じゃ、ない…?」


 「正解だ。お前はやっぱり魔導士としての才能がある」


 兄はまた、僕をほめた。


 「でも、お前の心は、まだ子供だ」


 しかし直後に、非難した。


 「魔法の使い方と剣の振り、技能的なものは誰に教えられたか知らねえけどまあ

まあだった。でもな、お前は心が未熟だ。物事を決めつけるところがある」


 兄に否定されると、誰に卑下されるよりも悔しい気持ちになるのは昔と変わらな

い。


 「決めつけ…そんなこと」


 いつかのように息苦しく息を荒くしながら、彼に反発した。


 「じゃあなんで、俺が剣を縦に構えたからって頭部に攻撃が来るって思ったん

だ?」


 「うっ…それは…、昔がそうだったから」


 「昔がそうだからって、今が絶対そうなるわけじゃねえだろ?」


 口喧嘩にも負けた僕は、とうとう戦意も、起き上がって反撃を仕掛ける気力も失

った。


 「それに…」


 兄は言った。


 「あのおっさんを本当に殺すつもりはなかった」


 近くで横たわり、完全に意識を失ったセカイさんの父親を見やる。


 「でも! 向けてたじゃないか、頭に!」


 「ああでもしねえと気絶してくれねえだろ? あの人、俺なんかよりも長生きして

んだから油断できねえし、極度に死の恐怖を与えて、放った空砲で気絶させる寸法だ

よ」


 ほら、とピストルの弾倉を取り出し、弾薬が全く入っていないことを証明してみせ

る。


 そして、意識を失った指名手配犯の胸の傷は、よく見ると塞がれていたことに気付いた。


 「病院に着いて、回復魔法をちゃんと使ってもらうまでの応急処置で止血中だ。

…俺の仕事は『特殊警備隊』、『警備』だから、処刑じゃねえ。街の安全のために

捕まえるだけだよ」


 「その人は…!」


 似合わないセリフを吐いたことに余計苛立った。


 「お前に、ヒントを教えてやる」


 「ヒント…?」


 「力を伸ばすことだけが正義じゃない。ちゃんと見極めろ、真実を。なんでも自

分の主観で決めつけるな。常に自分の考えを持て。自分の身は、自分で守れ」


 「なんだよ、それ…」


 「ヒントは与えた。あとはそのおっさんの無実を、証明してやれ」


 兄は、強力な魔法の代償か、息を少しだけ荒くしたように、僕に言った。


 僕は、考えるのも億劫になるほど意味が分からなくて、それと疲れも相まって

か、そのまま意識を失った。


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