第22話 兄

 指名手配犯の脅威がありながらも、街の人々は未だに外をのんびりと歩いていた。


 半数近くは避難したものの、街はまだ雑然としている。


 むしろ、各々の目的に奮起する者たちさえいた。指名手配犯を捕まえて手柄を立て

ようとする若者たち。単なる野次馬根性で指名手配犯を一目見たいと興味を持つ人

間たち。インターネットが使えないスマホのカメラ機能で指名手配犯の顔を撮影

し、何らかの目的に利用しようとする者たち。


 では、一方で、僕の目的はというと…。


 セカイさんに教えられた魔法のコントロールによって、短時間微加速の魔力を上

手く節約しながら発動し、一歩でも素早く足を進める。


 雑踏を、規則正しく並ぶ街路樹を、林立する建物や看板を、時魔導士らしく機敏

に駆け抜ける。


 見つけた!


 その人物は、ある人物と対峙していた。


 一方は、左肩を銃弾か何かで打ち抜かれたように抑えていたが、その傷口らしき部

分は消え去ったようにして無くなった。


 炎や水属性による治癒ではない、と直感する。


 もう一人は、片手に持ったピストルの引き金を、もう一度引いた。


 そして、その銃弾のスピードは明らかにおかしく思えた。


 そう思えたのは、この街ではきっと僕と術者本人だけだ。


 一瞬止まった銃弾は、次の瞬間、胸のあたりをあっという間に打ち抜いた。


 「うぐっ…」


 その壮年は、地面に膝をついて流れ出る血を止めるように胸を押さえた。


 「『空間修復』で傷口を修復する魔力も尽きただろうし、俺への攻撃で高威力だが発動時に激痛を伴う『空間除去』もその傷じゃ使えねえだろ? おっさん」


 ピストルを持った男は、跪く彼にじりじりと近づき、真上から彼の項垂れた後頭

部に銃口を向ける。


 「あんたを殺して、ハッピーエンドだ」


 「あぁ神様。願わくば、娘、セカイにもう一度、会いたかっ…」


 「らあっ!!」


 僕は、ピストルを持った男に急接近し、木剣を振るった。あっさり避けられた

が、壮年と彼の間に入ることに成功した。


 「お前!? へえ…」


 僕の、正真正銘、血のつながった兄、ロンドは僕の登場に驚き、時魔導士の初期

魔法『短時間微加速』を発動したことに微笑んだ。


 「何やってんだよ! 兄さん!」


 「これはまあ、泣き虫が立派になったな、リン」


 兄さんは急な僕の登場に驚いたものの、今はすっかり余裕の表情を見せていた。

黒髪の僕とは違う茶髪の地毛。痩身ながらも十の齢で30までのレベルに到達する

ほどの身体能力を持つ彼は、気弱な弟なんかに警戒心などまるで無いような落ち着

きぶりで、昔のように僕をからかう。


 「へえ…」


 これも口癖だ。斜に構えたように、いや、他人を見下すように、相手の価値を自分

の物差しで品定めするような目つきと声音。


 僕は、兄さんの、この態度が苦手だった。でも、本当は努力家の兄が大好きだっ

た。


 「お前の未来は、なんとなく想像できたけど、まさかこれほどまでだとは。その先

を考えると不安にもなって来るが…」


 「何の話だよ?」


 意味が分からなかった。


 「お前に、一つ聞きたい」


 「なに?」


 相手の質問には応えてくれない彼は、僕に問うた。


 「お前は、犯罪者を守るつもりか?」


 まるで何かを試しているような口ぶりだった。


いや、隠しているとでも言った具合か。


 「ああ。それに、この人はまだ『容疑者』だ! 証拠だってない」


 「…そいつはそうだな。でも、高レベルの空間魔導士なら強力な魔防壁も実弾銃も魔力による砲台も、軽々とかわせるはずだ。そして、石ころよりも柔らかいクリスタルが銃弾の嵐の巻き添えにならないように、何の防衛設備のない『クリスタルの間』へ侵入…、それ以外に一体何があるんだ?」


 兄さんは、試すように僕に笑いかけた。


 「うっ…!」


 反論できなかった。それが恐ろしく理にかなっていると思ったから。


 「だろ?」


 「でも、この人に何の動機があったっていうんだよ!?」


 兄さんは、次は鼻で笑った。


 「そんなもん分かるわけねえだろ? 人間の心中も過去も価値観も人間関係も、

家族ですら全てを把握できねえんだから。国や警察、国民までもがその答えに辿り

着くんだ。諦めろ」


 煽るように、僕を捲し立てる。


 「そうだよね、分かった。でも、でも…」


 僕の首は、怯んだようにいったん真下を向いて、しかしもう一度彼に向き直っ

た。


 「僕が守る!」


 木剣を握り締め、構えた。


「国だとか、国民だとか、警察だとか、関係ない! この人が罪を犯したと言うの

は認める! でも、僕が彼を守りたいから守るんだ!」


 「そうか…、リン!」


 兄は銃を腰にしまって、木剣と同じような見た目の、真剣を抜刀せずに鞘ごと取

り出した。


 「半分正解で、もう半分は不正解だ」


 兄さんもまた、構えた。


 特殊警備隊隊長を務め、戦闘・策略ともに歴代最高クラスとも言われる兄に、勝

ち目はないと分かっているけど、身体は、心は言うことを聞かなかった。


 「この人は、僕の大事な人の、大事な人なんだ!」


 「へえ…、お前もそういう意外なつながりを持つほど大人になったんだな。…お

前から来いよ。昔やってた稽古以来だし、ひさびさに弟の成長を評価してやる…リハビリにもなるし、な」


 僕は、そのまま魔法で加速し、兄に攻撃を仕掛けた。



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