第20話 甘ったるい
「ん…、んあ…。どこだ、ここ? もしかして、天ご…」
「んなわけないでしょ! バカ!」
目覚めた僕は、室内にいた。
まずは、飾り気のない真っ白な何かに包まれていることに気づき、自分は今ベッ
ドに入っていることに気付いた。
ベッドの外に、椅子に腰かけているセカイさんが見える。
「あれ、僕、どうなったっけ?」
「さっき倒れて、ここに運んできた」
「ここ?」
「そう、ここ。私の学校の、女子寮の医務室」
「そっか、僕は君の学校の、女子寮の医務室に運ばれたのか。そうかそうか…、女
子寮!?」
がばっと勢いよく起き上がると、後頭部が少し傷んだ。
「落ち着きなさいって! 近くで見てもらえる場所がここぐらいしかなかったん
だから」
「でも、だからって、女子寮って。ここには、歴代の女子生徒たちがベッドに入っ
た痕跡が…! ふひぃ! すいません!!」
「誰に謝ってんのよ、この変態」
「変態って、君がここ連れてきたんだろ?」
「せんせー!」
彼女は僕の反論を無視しながら、せんせー、先生と思われる人物を呼んだ。
「あらあ、やっと目が覚めたのね?」
カーテンで仕切られた場所から現れたのは、私服に白衣を羽織った、金髪の美人
だった。
すると、急に僕の顔に自分の顔を近づけたと思いきや、僕の顎を右手で掴み、品定
めするようにじっとりと眺めた。
「カワイイ坊ちゃんねぇ~。優等生の風間さんの友達だから、特別に男の子も寝
かせてあげたけど、しかし、顔のつくりは悪くない、カワイイ坊ちゃんねぇ~」
「か、カワイイ!?」
舐めるように僕を見る金髪の美人。
僕は、緊張に震えながら、興奮した。
「せんせーの悪い趣味出てるから」
「あらあら。ごめんなさいねえ~。男の子を見るとイジメたくなっちゃうの」
美人は、謝りながら名残惜しそうに僕の顎から手を離した。
「セカイさん…、この人、キャラが被ってる」
「言うと思った。第一印象はそうかもだけど、ホムラとは違うよ」
「一緒だろ!」
何の話をしているんだろう、とわざとらしく首を横に傾けているところも、セクシ
ーで、やっぱり被ってる、と思った。
「僕、もう元気になったから帰ろっかな…」
「ええん、もう帰っちゃうの~? お姉さんと遊ぼうよ~」
頬を突かれた。
「ふひぃ!」
「なに興奮してんだよ、バカ」
「これ以上いたらセカイさんに殴られちゃいそうだから、お姉さん帰りまーす。バ
イバーイ」
セカイさんの叱咤を合図に、先生はその場を飄々と去っていった。
「リン君! どこ行ってたの!?」
玄関を開けると、いつものように僕の元へ駆けつけてくれるホムラさん。しか
し、今回は様子が変だ。
苛立ちというか焦りというか、声を荒げる彼女。
無理もない。僕は、昨日はセカイさんが住む寮の医務室で寝たきりで、そのまま
朝から夕方の今まで仕事をしていたから、彼女は僕のことを心配してくれたのだろ
う。
「ごめんなさい。心配かけて、実は…」
僕は、セカイさんと戦闘の練習をしている最中に意識を失い、そこからのいきさ
つを話した。
「そうなんだ…」
彼女の顔は、未だに曇ったままだった。今日は、やはり様子がおかしい。
何かを抱えているというか、何かを言いたげな表情をしているというか、そんな具
合だ。
「そんなに大事?」
「えっ」
僕の予想は的中していたみたいだ。彼女は、思い切ったように、僕に問うた。
「闘い方を対人で学ぼうとして、強くなるのは、そんなに大事なの?」
「ホムラさん、それはどういう意…」
「だって、レベル上がらないじゃん! あたしが頑張ってリン君のことを応援して
るけど、最近は魔物を倒す時間を人間相手に訓練して、挙句の果てには対人戦がメイ
ンの大会に出るなんて言って…、ホントに上げる気あるの?」
「なっ…」
「どうなの?」
美人で、優しい彼女は、僕にこうして怒ったのは初めてだ。僕に対して主張をした
ことだって、今までほとんどないのに。
「それは…」
僕は、怖かった。強くて、きれいで、大人で、そして大好きな人にこうして責めら
れると、裏切られたくなくて、本心を隠してしまいそうになる。
昔、カズキ君と些細な言い合いになった時も、言いたいことがたくさんあったの
に、声として出てこなかった時の感覚と似ている。
「僕は、大事だと思ってるから」
それでも僕は、今回だけは譲らない、譲れない。
「この前のダンジョンで、僕はほとんど役立たずで、それは魔法が使えないと
か、戦闘技術がない以前に、心の問題だと、思ったんだ。だから、僕は淡々と魔物
を狩るだけじゃなくて、同年代の強い人たちと闘って得られるものがあるし、それ
がレベルアップのモチベーショ…」
「甘いよ!!」
彼女は、僕の言葉を遮った。
「リン君は、甘い。甘ったるい! そんな悠長なこと言ってられるほど、この世の
中甘くないんだよ! いい加減分かってよ! あんただって、昔は魔法が使えなくて
散々言われてきたでしょ!? 心が強くたって、レベルが低いままだと誰にも認め
られないよ! 何が心の問題よ? くだらない…」
「くだらない…」
僕の中で、抑えていた何かが決壊した。
「ふざけんな!」
言ってしまってからは、歯止めが利かなくなって、むしろ何かを発するたびに頭の
中が冴えたように言葉が激流のように溢れ出した。
「僕だって早くレベルを上げるためにちゃんと考えて、毎日欠かさず頑張ってるの
に、それをくだらないだと!? 僕がいつ、レベル上げを怠ったんだよ!? ふざ
けんな! 僕だって考えはあるのに! くだらないのはどっちだよ!? レベルを上
げることばっかりにこだわって、何なんだよ! そんなにレベルが大事かよ!」
人生で、こんなにも言葉を出し尽くしたのは初めてだった。彼女に言われた「く
だらない」という言葉で、僕はまるで一緒に練習に付き合ってくれるセカイさんの
ことも蔑ろにされているようで、それも腹立たしかった。
息が上がる中で、彼女の言葉を待つ。
「もういい…」
それだけだった。
もっと、何かを言われるのかと身構えていたのに、肩透かしを食らわせるように、
ただそれだけを口ずさんで、彼女は、玄関側にいる僕を通り過ぎてドアを乱暴に開
けて、そのままどこかへ早歩きした。
追いかける気にはならなかった。
なれなかった。
いつも、僕の帰りを出迎えてくれた彼女。ご飯を作ってくれたり、仕事着や私服を
洗濯してくれた彼女。僕の心を魅了し、鼓舞して、僕を魔法が使えるまでに強くして
くれた彼女。
感謝すべきことが、たくさんあったのに。
散々迷惑をかけてきたのに。足手まといになって来たのに。わがままを聞いてく
れたのに。
僕はどうして、あんな大きな態度が取れたんだ。
「うわああああああああああああ!!!!」
後悔と、申し訳なさと、自分に対する怒りが、一気に僕へ降り注ぎ、玄関が開きっ
ぱなしになっていることなんてお構いなしに。
僕は、その場に跪き号泣した。
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