第19話 師匠

 「お前、なんか今日は機嫌良いな」


 仕事中、リュウマ先輩が僕を怪訝そうに見つめて言った。


 「いえ、いつも通りですよ」


 「いつも通りのお前なら鼻歌なんか歌わねえだろ?」


 「あっ」


 それもそうだ、と思い直したところでようやく自分がいつも以上に喜んでいるこ

とを自覚する。


 おそらく、昨日、食堂でセカイさんと数日ぶりに話すことが出来たからだ。あの

まま絶交されると思い、意を決して話しかけようと奮起した僕は、むしろ彼女の方

から声を掛け、先日についての文句を言うどころか、練習に付き合ってくれると言っ

てくれた。


 「女と進展でもあったのか?」


 「い、いえ! そっちではなく…」


 今度はニヤニヤと顔を綻ばせて僕の何かに期待する先輩。


 「じゃあどっちなんだよ? え~?」


 背の高い彼は、僕の髪をごしごしと揺すって弄ぶ。


 「どっちでもないです! あっ、すいません」


 必要以上にムキになってしまった僕は、慌てて先輩に謝った。


 「わりい、俺もからかいすぎたわ。んじゃ、今日も運びますか」


 今度は僕の肩をポンと軽く叩いた後、荷物を運び始めた。


 それにしても、僕はそんなに喜んでいたのだろうか。いつもホムラさんに胸をと

きめかせている以上に?


 いや、たぶん気のせいだ。


 それに、セカイさんとは久しぶりに話したからだし、せっかくできた仲間と縁が

切れそうにならずに済んだという安堵が、大きな喜びを呼んだだけだ。他意はな

い。


 仲間。そう、仲間なんだ。


 そして。






 「いだっ!」


 「はい、今日も余裕で私の勝ち~。あんた、まだまだ素人臭いわ!」


 数日後。


 今ではすっかり、師匠みたいな存在だ。


 街はずれの森林で、僕は彼女に投げ技をお見舞いされた。


 「そんな実力じゃあ、今度の学生大会、すぐにボロ負けするわよ?」


 僕は、ぐうの音も出なかった。


 ウィザーズセントラル学生大会。


 この国の中心都市ウィザーズセントラルの中の学生部門で最も大規模な闘技大

会。


 セカイさんの通う国立士官学校の生徒たちも積極的にエントリーする大会で、

『学生大会』と称しているものの、学校に行っていない未成年の少年少女にも参加の

権利が与えられる。


 僕は、レベル以上に戦闘技術、そして心を磨くための目標が欲しくて、一緒に参

加しようと彼女に申し出た。


 しかし、今の僕では、千人以上の学生たちによるバトルロワイアルを勝ち抜くに

は程遠いと、最近は彼女から説教を喰らっている。


 「あんた、魔法の使い方がまだ甘い。使えたばっかりだから仕方ないけど、大会に

出場する以上はみっちり鍛えてやるから」


 彼女の叱責を、消えゆく意識の中で聞き流す。


 あれ?


 自分の様子がおかしいことに気づいた。そういえば、彼女に投げられたとき、頭

に強い衝撃を覚えたような。


 「…ちょっと、早く起きなさいよ。って…、ちょっとリン! 返事しなさい!」

 その声を最後に、僕の意識は深い暗闇に飲まれていった。

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