第三章 お姉さんと喧嘩して兄と再会する

第18話 変化

 「リン、そっち頼む」


 「はい」


 ダンジョンでの出来事から数日間、平坦な日常だった。


 仕事をこなし、仕事の前と後にお決まりの場所でスライムを倒したり、ホムラさ

んの手料理を食べたり、リュウマ先輩にラーメン連れてってもらったり。


 しかし、そんな緩やかな日常の中には、胸を圧迫するような後悔が確かに存在し

ていた。


 それは、彼女に会うことで浮き彫りになる。


 「あっ…」


 トラックから荷物を取り出し、士官学校の校舎へ入ると、遠くから視線を感じ

た。


 目を合わせると、彼女はどこか気まずそうに目を逸らし、どこかへ歩いていく。


 『付き合ってほしい事件』から数日間、彼女とは一切口を利いておらず、偶然ばっ

たり会っても、今みたいに目を合わせては逃げられる状況が続いている。


 僕の注意が散漫なのは仕事だけだと思っていたのに。


 謝ったら許してくれるだろうか。


 でも、ダンジョンを駆け抜けた日の勢いは、もうすっかり失っている。面と向かっ

て彼女と話す勇気が湧いてこない。


 『クリスタル』が破壊されて、スマホで連絡できなくなった不便さが、今になっ

て悔やまれる。こういう気まずい時にこそ、インターネット越しで仲直りできるだ

ろうに。


 僕は、モヤモヤしながらも、慣れた業務を淡々とこなした。






 「じゃーん!!」


 「おわぁっ!!!??」


 家に帰ると、薄桃色の髪をした年上の美女が、真っ黒のスクール水着で僕の帰り

を迎えた。


 「どうかな~?」


 「ふひっ! すすすっ、すごく素敵です! でも、どうして今日はそんな恰好

を…?」


 「リン君の、魔法が使える記念ですっ! ほらっ!」


 そう言って、普段よりも強調された胸部を持ち上げて、何度か揺らす。


 「赤くなってきた~! かわいい~!」


 「あ、あんまりからかわないで下さいよ!」


 見ている僕の方が恥ずかしくなってきた。


 「でも悪くないでしょ? 魔法を覚えるごとにご褒美をあげるシステム。レベルア

ップのモチベーションにも繋がるし。30からは上がりにくいって言われてるか

ら、あたしも張り切っちゃおうかな~って」


 「そ、それは…ちょっと嬉しいですね、へへ…」


ありがたき幸せ!!


「じゃあ、ご飯食べよっか」


 「え? そのまま食べるんですか?」


 「着替えてきた方がいい?」


 「い、いや、別に、そんなことは…」


 結局、食欲までもが別の欲に支配されて夕食に集中できなかったので、着替えても

らうことにした。


 彼女のためにレベルを上げる僕の努力を、どんな形であれ支えてくれる彼女。本当

に僕のことを好きでいてくれているようで、僕は嬉しかった。


 そして、いつものように勇気をもらった。彼女はいつだって、僕のために尽くして

くれた。


 それなら僕は、セカイさんと今度はちゃんと話さなければ。






 「すごい!」


 「やっぱりすごいじゃん、あいつ!」


 この分野で、気を遣われた声援ではなく、こんなにも純粋な喝采を浴びるのは初

めてだった。


 訓練用に育てられた魔物たちが、消滅する。


 私は、過去のトラウマを乗り越えて、魔物にも、まともに攻撃することが出来るよ

うになった。


 「満点だ」


 担当の教師が口頭で評価した。


 逃してきた満点を、今回の模擬戦闘では獲得できた。


 生徒のレベルアップの目的も兼ねたこの訓練では、麻痺で魔物を行動不能にする

だけでは、減点にされる。


 叔父に、何もかもを狂わされた十歳の日。


 レベル30になった身体で、私の自由を奪う大人の強固な風魔法の呪縛から強引

に抜け出し、裸のままの身体を寝室の毛布で包み隠し、そのまま外へ逃亡したあの

夜。


 肩の刻印を確認すると、もうあの日から変わることはないだろうと思ってきた刻

印の数字が、あの日の呪縛を打ち破るように変化した。






 レベル:31


 昼休みになり、食堂のテーブルに腰かけている今も、たった1の上昇の喜びに浸

る。


 この喜びを、誰かに伝えたかった。


 いや、誰か、という言い方は適切ではない。本当は誰に伝えたいのか自覚している

のに、心が素直になれない。


 「付き合ってほしい」という彼の頼み。


戦闘の練習ではなく違う方だと勘違いしてしまった私を、未だに許せないでいる。

こんなクソ真面目で頭の固い女を好きになるわけがないのに。そもそも、彼にはホ

ムラという年上の女に恋をしていることを私は知ってたではないか。


 私は、私服を着た学生たちの混雑に紛れながら、おそらく食材を配達しに調理場

へ入った彼を見逃さなかった。


 心は嘘をつけなかった。


 私は、席を立つ。


 そして、配達を終えて厨房を出た彼を、待ち伏せて、


 「付き合ってあげる」


 と言った。


 「練習に!」と、嫌みとも受け止められるようなニュアンスで強調した。


 「いいの!?」


 リンは、魔法が使えるようになっても、まだまだ隙のありそうな間抜けな顔で喜

んだ。



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