第17話 駆け抜け
「ボスを倒しちゃったし、撤退しよ!」
ホムラさんが言った。
「でも、魔物を全部倒さなきゃ、報酬が…」
仕事を始めてからお金にこだわるようになったのか、惜しい気持ちで僕は二人に
問う。
「今日は、いっぱい吸われちゃったから、ごめんね」
「お金以上に、経験値上がったんだからいいでしょ? それともあんただけ残
る?」
「そ、それは勘弁」
「じゃあ、大人しく付いてくる!」
「はいっ…」
「ごめんね、リン君」
そんな愉快なやり取りをしながらも魔物から逃げ、退路を塞ぐ魔物を駆け抜けなが
ら一掃して、ダンジョンを抜けて野生の魔物に気を配り、ようやくして街に戻ること
が出来た。
依頼を受注してからここまで帰還するのにかかった時間は丸二日。夕方に街を出て、夕方にこうして街に戻って来た。
「じゃあ、ここで解散ね」
さすがのセカイさんも、ぐったりとした様子で言った。
「そうみたいね」
ホムラさんは僕ら以上に闘い、強敵に魔力を吸われ、逃げる時も僕らを先導してい
たのにピンピンしていた。前から思ってたけど何者なんだ、この人は。
しかし、セカイさんが、何かを言いたそうにして僕たちを見る。疲れていながら
も、まだ緊張しているように見えた。
「あの…」
彼女は、下に視線を逸らして、自分の手と手に指を絡ませて、もじもじしている。
「なに?」
僕は、じれったくて彼女を促した。こんな彼女の態度も珍しかったからという興
味もあったかもしれない。
すると、彼女は言った。
「ありがと…」
「えっ」
「ありがとう…! こんな私なんかに付いてきてくれて。魔物を倒せるようにし
てくれて」
「セカイさん…」
ボロボロと、涙を流したセカイさん。掲示板で涙を流していた数日前とは別の種
類の涙に、僕も感化されて泣きそうだった。
そんな我慢の綻びを何とか正した僕だが、彼女に伝えたいことがあったのに、伝
えられないまま、解散してしまった。
「どうしたの?」
隣を歩くホムラさんが、僕の様子を尋ねる。
「いや、ちょっと疲れただけで…」
「そっか」
嘘だ。
疲れてなんかいない。
どうしても、セカイさんに伝えたいことがあった。
今日じゃないと、今じゃないと、伝えられそうにないから。
「ごめんなさい! すぐ帰ります!」
僕はさっきまで歩いてきた道のりを引き返した。
「セカイさん!」
彼女に追いついた。
「リン…、どうしたの?」
走ってきた僕に驚く彼女はもう泣いていない。
「…」
「なに?」
「…あっ、いや、その…」
いざ、本人を目の前にすると緊張してしまう。
伝えたいこと、というよりは『お願い』しに来たからだ。
沈黙で、その告白を勿体ぶらせてしまったことで、さらにそれを打ち明けにくく
なる。
もじもじすること数秒。
「早く言いなさいよ」
「あ、うん。実は、お願いしたいことがあって…」
僕は、彼女にとうとう言った。
「つ」
「つ?」
「つっ…!!」
その続きを、叫ぶように放った。
「付き合ってください!!」
「はあっ!?」
彼女は、動揺した。
「ななな、あんたと、わわわ、私が!? つつつ、付き合うって…!!」
なぜか分からないが顔を真っ赤にした彼女は、しばらく戸惑った後、答えを出し
た。
「…いいよ」
「やったぁ!!!」
僕なんて相手にならないからきっと断られるだろうと、ダメもとで言ったが、彼女
の答えはまさかのイエス。言ってみるもんだ。
僕は、嬉しくなって続ける。
「じゃあ、さっそく明日の夜から、やろう」
気持ちがすっかり軽くなって、彼女に言った。
「ちょっ! ちょっと待って!! いくら何でも早いからそれは!!」
彼女は動揺した。そんなに動揺することかなあ。
「ごめん。それはちょっと早かったね。セカイさん、学校の男子たちとたくさん
経験積んでるだろうから、そのテクニックを、一秒でも早く僕に教えてほしくて、焦
っちゃった」
「ちょっと、あんた!! 今日おかしいよ!! 疲れてんじゃない!?」
「ああ、そうかも…えへへ」
「えへへじゃない!!」
彼女は、どうしてそんなに取り乱しているのだろう。
「ていうか、私。男の子と深い仲になったことないし、キスだってまだ…」
「深い仲? キス?」
すっとぼけた僕は、重大なミスに気づくことになる。
「付き合ってほしいんでしょ? わっ、私の何に期待してるか分かんないけど」
「うん。付き合ってほしいよ。僕に戦闘を教えてほしい」
次は、彼女がすっとぼける。
「戦闘?」
「うん。戦闘…。戦闘を…。…ああああああああああ!!!!!」
僕は、とうとう気付いてしまった。
自分が、愚かにも「『戦闘に』付き合ってほしい」と言わなかったことに。
何に付き合ってほしいかを言わずに、年ごろの女の子に付き合ってほしいなんか言
ったら、たどり着く解釈はどう考えてもそっちだ。
「なんて言った!? 僕、さっきからなんて言ってた!?」
今度は僕の方が動揺し始めた。
彼女もまだ、顔を紅潮させて、小さな声でボソッと、さっきの僕の言葉の断片を
呟いた。
「明日の夜やろう。とか、男子たちと経験を積んでるからテクニックを教えてほしい
とか」
「ふひぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうかしてしまいそうだった。
僕は、狂ったように叫びながら、彼女を置いたまま自分の家に帰った。
覚えたての魔法、『短時間微加速』を何度も何度も発動しながら、身に沁みつい
た恥を振るい落とすように全力で帰路を駆け抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます