第15話 一撃
「さあ、ここか…」
「…みたいね」
東の洞窟の最奥部。今まで来た道のりよりもいくらか幅広い。
というか、ここは、まるで人間が設計したような材質の壁や床が張り巡らされて
いて、自然的、というよりは人工的なダンジョンだ。
長年の経験者、クリーパさんの作戦により、魔物のボスとその取り巻きを油断さ
せるために、僕たち子ども二人だけだと油断させて、大人二人で一気に奇襲をかけ
るため、僕たち二人は先にボスの間へたどり着いた、という訳だが。
なんだか、様子がおかしい。
だって。
「あれっ、これはどういう…」
「ボスどころか、魔物一匹見当たらないじゃない」
困惑する僕たち。
「あれ、どうしたの?」
ホムラさんが、後ろからやって来た。
「ホムラさん」
「あたしは攻撃力が高いからって、クリーパから先に行くように言われたんだけ
ど、もしかして二人でやっつけちゃった?」
ホムラさんは、からかうように笑う。
「そんなわけない」
セカイさんがぴしゃりと言う。
「…だよね。早すぎる」
ふざけ調子に笑っていたホムラさんも、もちろん僕らと同じく違和感を感じてい
るようだ。
「とりあえず、クリーパさんのところに戻りませんか? 何かがおかし…、あっ」
気付いたことには遅かった。
「うわっ!」
片足を、ロープのように長い蔓に巻きつかれ、そのまま宙に持ち上げられた。
「リン君!」
正確に放たれた炎が、蔓を簡単に断ち切る。逆さ釣りにされた僕は、そのまま落
下したが、セカイさんに受け止められて、何とか助かった。
「この魔法って…」
僕は、戦慄した。まさか。
「きゃっ!」
次は、四本の蔓がさっきよりも速いスピード、ホムラさんの両手両足に巻き付い
た。
彼女は、そのまま持ち上げられ、手足を大の字に広げられる。
「ホムラさんっ!」
その時、遠くから笑い声が聞こえた。
もう聞きなれた、大人の男の声音。その笑い声には、穏やかさがまるで感じられ
なかった。
「っひゃひゃひゃー!! まんまと騙されたなぁ!!」
目の前に現れたのは、クリーパさんの声をした、全長約二メートル、全身が紫色
の化け物だった。
「なっ…」
セカイさんも、動揺していた。
「甘いっ、甘いんだよなあ~、子供ってやつは」
人間ではありえない裂け方をした口元を、真横に引き伸ばして笑っている。
「こ、これも…、作戦なんですよね? クリーパさ…」
「馬鹿かぁぁぁ! お前はぁぁぁ!? クリーパなんてのは俺様のスキルで作っ
た仮の姿。そして、このダンジョンも、こいつらもなあっ!!」
突然、化け物は、無数の種をまき散らした。
すると、先ほど何体も討伐した植物の魔物がその種一つにつき一体現れ、がら空
きだった大広間は、緑色の魔物でいっぱいになった。
「嘘だと言ってくれよ! クリーパさ…」
「俺様の名前は魔吸収のジャック!! この洞窟の主だ! っひゃひゃひゃひ
ゃ!!」
「嘘…だろ…」
「目を覚まして、リン!! あいつの言う通り、あれがクリーパの本当の姿。私
たちは、ハメられたんだよ」
セカイさんの声が、遠い。信じられなかった。目の前の現実を突きつけられて
も、奥から人間のクリーパさんが、こいつを倒してくれるはずだと、信じて疑わな
かった。
「人間のあんたに直接聞いておけばよかったわ」
しかし、セカイさんは切り替えが早かった。
「まるで人工的に作られたような材質の壁と床は、人間状態で街の建築家に依頼
して建てた。建築費用は魔物状態にでもなって人間を襲ったんでしょ? それに、手
から蔓を出したくらいで床にへたり込むほどの疲労したわけじゃない」
彼女は、周りの植物たちを一瞥した。
「この子分たちを『召喚』するのは、よっぽど疲れるのね?」
彼女の回答に、僕は頭では納得しながらも、心では納得なんかしたくなかった。
「全問正解だ! かーっ! 頭のいい嬢ちゃんだなぁ~!」
主はゲラゲラ笑う。
「そうだ。そして、お前らを人間のフリをしてここまで呼んだわけだ」
「でも、誤算だったんじゃない?」
セカイさんは化け物に怯まない。
「士官学校の首席と、戦闘の達人同然の炎使い、それにあと少しで魔法が使える
時魔導士。あんたに勝ち目があるとでも思ってるの?」
「はあ~? ごさんだと~?」
ナイフを構える彼女に、しかし主は依然として笑っていた。
「この強そうな女を行動不能にした今、ろくに魔物を殺しもできないお前と、足
手纏いのお荷物で、この数やれんのか~? ああっ!!?」
「くっ…」
「分かんだよ! おめーが俺の手下にビビってることくらい! 何年魔物やってる
と思ってんだよ? なのに、人間から見た俺の難度がDだと。ぬかしやがって…」
後半からは、よく分からないことを言った主は、手下の大群をついに動かした。
「どうしようセカイさん! 僕、僕…!」
「うろたえんなっ!! …召喚で疲れてるなら、直接こいつを…!!」
セカイさんは、ナイフを持って主に急接近した。そして、お得意の麻痺ナイフを掠
める。
「えっ…」
「俺様にも通用すると思ったか!? もっと深く刺さねえと効かねえっつ
の!!」
「きゃあっ」
蔓で彼女は、弾き飛ばされた。
「俺様は疲れたら機嫌わりいんだよ!! これ以上疲れさせんな、バカガキが
ぁ!!」
怒号を飛ばす化け物に、僕は完全に怯んでしまった。
そして、次は僕を絶望させた。
「…まあいいや。すぐに回復すりゃあいいんだからなぁ~」
「なっ!?」
「うぐっ…」
すると、ホムラさんの手足を縛っていた蔓は、次第に真ん中により、胸元、太も
もの根元の近くを締め付ける。
「俺様のスキルは魔吸収! その名の通り、縛り付けた相手の魔力を根こそぎ吸い
取る力だぁ!」
「なっ、やめ…!」
「はあっ…はあっ…、脂ののってそうな姉ちゃんだぁ。魔力エネルギーをじわじわ吸い尽くしてやるよ~、っへへへへへへぇぇ!!!」
「ぐっ…、あぁ…。リン君…にげ、うっ…」
「ホムラさぁぁぁん!!」
「この姉ちゃんも可哀そうだなあ~。俺なんかよりも強いだろうに、ガキに気を
遣って油断した結果が、これだもんなあ~。ぎゃはははは!」
「そうだよ…僕なんか、どうせ…」
「リンっ! そんなやつの言葉、まともに聞かないで!」
ホムラさんの胸元に蔓が近づく。
「へえ…この姉ちゃん…」
「きゃっ…。やめて! それ以上は…!」
化け物はニヤリとした顔で蔓を胸元へ忍ばせようとする。
「ホムラさん…ホムラさん…、うう…」
僕は、何もできなかった。
ただ、ぎゃあぎゃあと喚き、オロオロと迷い、めそめそと泣き。
レベルが上がっても、木剣の振りが鋭くなっても、心は弱いままだった。
「いだっ!」
「この数ならカズキなんかへっちゃらだっての!」
こんな時にもまた、昔の記憶が蘇る。
僕を助けたカズキ君が僕を庇いながら、いじめっ子たちに囲まれて魔法を撃たれた
り木剣で叩かれる。
「リンが雑魚で何もできないから、カズキが可哀そうだなあ」
「ははっ、言えてる」
悔しいのに、怖くて何もできなかった。
「うっせえ! お前らなんか! 俺とリンが強くなったら何も言えなくしてや
る!」
ただ、カズキ君だけは、不利な状況でも常に闘った。
僕のために。
でも、僕のせいで負けた。
このままでいいのか…。
いいわけないだろ!!
木剣を握る握力が返ってきた。
「身体の奥深くまで楽しませてもらうぜぇ~!! …おお?」
「やめろぉぉ!!」
僕は、走り出した。
「やんのか? お前が強気になったところで、俺様に勝てるわけないだろ! 魔
法の使えない魔法使いが! っひゃひゃひゃひゃ!」
「魔法は、使える!」
「んなわけねえだろ、バーカ!!」
僕は、主の近くにいた手下の頭部を、思いっきり殴った。
会心の一撃とは、まさにこのこと。素人が振るう刃のない木剣。命中したタイミ
ングと場所は最高だった。
一撃で葬り去った魔物は、僕の血肉、そして魔力となる。
そして、そのまま主の方向へ走り出す。
手首の刻印を確認してから。
「そんなまぐれが、俺様にも通じると思ってるのかぁ!!」
身体から繰り出された蔓は一本だけ。しかし、手下のそれなんかよりも圧倒的に
速く鋭く、滑らかなそれを、僕は…。
「僕を、なめんな!!」
避けた。
魔法で。
「なにっ!?」
想定外に驚く主。
でも僕は、見逃さない。
「らあっ!!」
「うぎやぁっ!!!」
そのまま、化け物のアホ面に、渾身の一撃をぶつけた。
いつか、兄は言った。
時魔導士は、時を支配する魔導士。
ゆえに術者は、目の前の去り行かんとする刹那を見逃すな。
と。
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