第14話 女

 リンが連れてきた女は、異常な強さだった。


 戦い慣れしているような身のこなし。軽々とした足技。十メートルはあるだろう

段差を、魔法を纏うことなく無傷で降下する綺麗な受け身。


 「セカイちゃん!」


 「あっ」


 正面から人間のように胴体と四肢と頭のついた緑色の魔物が腕を伸ばしてきた。


 伸ばした腕は、射出されたワイヤーのように伸びあがる。


 確か、この手の魔物は、捕食か魔力の吸収のためにこうして体の一部を伸ばしてま

ずは対象の動きを奪う。


 私は、何とかそれを避けて、すかさずナイフを投げた。


 神経毒の魔法が仕込まれたナイフ。


 模擬戦闘・対魔物においては、このナイフで魔物の命を奪わず、自由だけを奪い、

制圧した。


 掠めただけの傷口からささやかに流れる血を見るだけでも、あの日のことを思い

出しそうになる。


 植物も、他の魔物と同様に痺れてくれた。


 「ナイス! あとは私に任せて!」


 再び段差の上にいた女は、次は降下中に銃弾を放った。


 無数に放たれる炎の雨。


 炎魔導士は士官学校の模擬戦闘で何人も相手してきたが、こんなに激しい炎は見

たことがなかった。


強力な、まるで兵器のような炎は、私が麻痺させた植物系の魔物をあっさりと消し

炭にして見せた。


「ホムラさん、こっちもお願いします!」


 私から見てもまだまだ甘い闘い方のリンを、炎を纏った弾丸で援護する彼女。近

接戦闘中の彼だけを全く当てず、敵だけに命中するサブマシンガンの弾丸たち。射撃

の腕も、プロ同然だ。


 「私たちだけじゃなくて良かった…」


 思わず、本心が声になって出てきた。


 「おっと、俺も忘れんなよ!」


 私たちの他にももう一人、依頼を受けた男がいた。


 ダンジョンの入り口の前で、仲間にしてほしそうにこちらを見ていた男。


 「おらっ!」


 男は、手の平から植物魔法を繰り出す。魔物のように伸びた蔓をしならせて、二体

の魔物を同時に消滅させた。


 「はぁ~。つっかれるな、まじ」


 彼の攻撃でとりあえず視認できる魔物は一層できた。クリーパという男は、ダンジ

ョン内の石畳に座り込む。


 「仕方ないですよ。クリーパさんは、一回逃げてきましたから」


 リンが、彼に水の入ったボトルを渡す。


 「逃げるゆーなっ!」


 大人の男は、子供のように頬を膨らませて水を受け取る。一回逃げたにしても、異

常な疲れ方だが、彼の、蔓を出す魔法は、そんなに魔力を消耗するほどに強力なの

だろうか。


 「やっぱ、大人は強いや」


 リンが、呑気そうに天井を仰いだ。


 大人は強い。


 だからムカつくし、蹴落としてやりたいし。


 怖い。


「リン君も、いつかは強くなれるわよ? 付き合ったら、私のこと、守ってね

っ!」


「はい! もちろん!! うおお燃えてきた!!」


 ホムラという女は、リンを持ち上げる。そして、上手く持ち上げられるバカ。さっ

きから感じるこの胸の痛みは、一体なんなのだろう。


 「クリーパさん! ボス部屋ってもうすぐなんですよね!」


 大人たちにとどめを譲ってもらい、すっかり強くなった気でいるリンは問う。


 「ああ、そうだぜ! さっさと終わらせようぜ」


 「はい!」


 そんなやり取りを、遠くからぼんやり眺めていると、顔と体型の綺麗な女が、私

に声をかけてきた。


 「セカイちゃん。私のこと、嫌い?」


 単刀直入に核心を突いてくる大人の女。滲み出る彼女の凄みのようなものに私は

圧倒されながらも、大人への敵意を向けた。


 「嫌いです」


 「どうして?」


 彼女は、すかさず理由を問う。嫌らしく開いた胸元までもが目障りだ。


 「それは…」


 応えあぐねていた私を、美人な彼女はたったの一言で激怒させた。


 「リン君にヤキモチ焼いてるの?」


 気付けば、身体が勝手に反応していて、空間魔法『短距離転移』で彼女の裏を取

っていた。このまま彼女の頭に向かって蹴りを入れようとする。


 しかし、頭に向けて振るった右足は、彼女の右手に掴まれてしまった。


 背中からでも伝わる威圧感、いや殺気のようなものに気押されて次の攻撃が出来

なかった。


 「傷ついたなら、謝る。ごめんね」


 笑っているのか怒っているのか分からないような声音でそう言った彼女は、掴んで

いた私の足を手放し、こちらを気にしている男たちの元へ小走りで駆け寄った。


 「セカイちゃんと組み手やって来ただけだよん! にしてもセカイちゃん、強かっ

たぁ~。負けそうになっちゃった」


 嘘が上手な女だ。


 怒りに震えた身体は、いつしか恐怖に震えていた。

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