第12話 ゴミクズ
「前回は許したけど、これからは寄り道しちゃダメだからな、って、言わなくても分かるか」
また、士官学校へ荷物を届ける仕事。募集要項に書いていた通り、またカズキ君
の学校に行くことになった。
嬉しいけど、先輩に言われた通り、前回は特別に許してくれたものの、これからは
仕事の時間中に友達に会いに行くなんてできないだろう。
「昨日みたいに行方不明になられちゃ困るからな」
「ぎくっ!!」
「遅れすぎだっつの」
「す、すいません…」
昨日、ホムラさんに抱きつかれながら感じた違和感。その正体に気付いた時の絶
望感を思い出すと後ろめたさに殺されそうな気分だった。
「ダチとの再会で舞い上がるのは分かるけど、仕事はちゃんとやれよ。次やったら
所長に殺されるぞ?」
「ふひぃ!」
次はないよ?
夜中に、家から走って戻った事務所。初めて見る真っ暗なオフィスで、僕にがな
るリュウマ先輩の隣で石像のような真顔で、次はない、とただそれだけを言い放っ
た時の恐怖。無言の圧力が一番怖いのだと痛感した。
「も、もちろんです! がんばります!」
「おい、それ食品だから食堂だろ」
「あっ!!」
「食品を図書室に持っていくな」
「すみません!」
仕事のレベルは、なかなか上がらない。
「えー時魔法と空間魔法、今では絶滅したものと言われていますが…」
大教室で、魔法史の教師が、今回も魔法の歴史についてを生徒たちに教えている。
今回は、稀少な魔法について。昨日の今日で、またそれか、と私はクスッと笑っ
てしまいそうになる。
「もう一つ、これは完全に絶滅したと言われています。しかし、諸説あり。魔法の
属性が属性だから、それはまだ存在しているのではないか、とも言われており…」
手元のペンを回しながら、ぼんやりと昨日の彼、リンのことを思い出す。
男子の中では小さくて細い身体。レベル30に満たない、魔法が使えない時魔導
士。
それでも、私を取り囲む魔物を一蹴し、手を引いて私を遠くへ連れてった、あの
手の感触が今でも残っているようだ。
「どんな魔法か、分かるかな? …じゃあ、風間さん」
私は、教師から当てられる。もちろんだが刹那、の名前では呼ばれない。
私は、教師の話なんか興味がないから、こうしてペンを回して遊びながら他のこと
を考えるのが好きだ。
「無属性。武器や身体に無属性のオーラを纏わせたり、無属性の弾丸を放った
り。あとは自身に接触する魔法を完全に無効化するとかしないとか」
知っていることだけを、淡々と答えた。
自慢じゃないけど、私は知識がある。いつも三か月先くらいの授業内容を全て暗記
して応用問題は要領を把握するまでは必ず解く。
どうして、そんなことをするか。別に勉強は好きじゃないし、誰かに褒められたい
わけでもない。
ただ。
「ぐっ…、クソッ、正解だ」
大っ嫌いな大人という生き物が、私に屈するところを見たいだけだ。
「風間さん、すごーい」
「さっすがセカイさん!」
「座学でも敵なしじゃねえかよ」
「ケッ、また自慢かよ。気持ちわりい」
周りの人間たちは大体こんな感じだ。賞賛してくれるものもいれば妬む人間もい
る。
ただ、弱者の意見なんかどうでもいい。
私は、大人が苦しんでくれたらそれでいい。
大人なんて、所詮は自分のことしか考えてないゴミクズなんだから。
「今日もラーメンでも食うか?」
仕事を終えていつものように先輩とレベルを上げた帰り道。今日もまたラーメンに誘
われるが。
「行きたいのですが、今日は…」
そう。今日は、行きたいけど行けない事情があるのだ。
「へえ、先輩の誘いを断るってことは、…女だな!」
「あっ! あっ! ちっ、ちち違いますよ!!」
図星だった。
今日は、ホムラさんがご飯を作ってくれる。以前までは各自でご飯を食べたり弁当などで腹を満たしていたが、調理器具が整ってきたので、ホムラさんがご飯を作ってくれるそうなのだ。
だから、かなりお世話になっている先輩の誘いを断ってまでして、どうしても食べ
たかった。早く帰りたかった。
「お前、分かりやすいな」
先輩が、笑いを通り越して呆れた表情で僕をじっと見た。
「じゃあな。女と幸せになー」
先輩が、「女」の部分を強く発して、わざとらしく頬を膨らませる。
「まじですいません…」
「いいって! 上手くやれよ!」
「はい! お疲れ様です!」
そうして、先輩の背中が小さくなっていくのを見届けてから、僕も踵を返して、街
を急いで駆ける。
通りを明るく照らすビルの照明たちが、今日を祝福するように眩しく輝く。
まだ、郵便物を届けている人や、肉屋の前で買い物を済ませている人、さらにはダ
ンジョン攻略の募集掲示板を見ている人を横目に、僕は通りを走る。
しばらく走ったところで、僕は止まった。
ただ、疲れたわけではない。まだ、走ろうと思えば走れるのに、どうして僕はこん
なところで止まってしまったのだろう。
そして、どうして僕はもう一度踵を返して今走ってきた道を再び踏んでいるのだろ
う。
先ほど、横目にしてきた人たち。その中の、壁沿いの何かを見ている人は、まだそ
こに立っていた。
「セカイさん!」
後ろ姿しか見えないから、人違いだったらどうしようと思っていながらも、声を掛
けたくて仕方がなかった。
僕の声を受けた少女は、驚いたように振り返り、僕を見た。
『東の洞窟に繁殖した魔物の討伐。推定難度D』
またしても、新着の依頼が書かれた掲示板を眺める。眺めるだけで、何もできな
いのに。
その張り出しの上部に描かれた魔物のイラスト、植物系の魔物が妙にリアルだ。
私は、身体が震えた。
「今度こそ…」
必要要件は満たしている。
依頼の難度D、高レベルの士官学校生なら受付の人と面接をして合格すれば容易
に参加できる。
私の空間魔法と、あらかじめ仕込まれた麻痺属性のナイフで攻撃すれば、この程
度の魔物は楽に倒せるはず。
なのに…。
「待って!! お願い!! 止めてよ!! いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「っへへへへ。お前を、父親以上の空間魔導士にして、それを育てた人間として有
名になってやる!」
十歳の小さな身体を包み込む風魔法。
それは、手足の自由を奪い、次第に思考の自由、生きる自由へと、略奪を進め
る。
地下室で、下着姿にされて、椅子に座らされてから何日が経過しただろう。飲食
物だけを無理やり喉に流し込まれ、排泄をそのままさせられ、術者が眠る間は鎖で
縛られる数日。
私の手足も、思いも、生命も、一人の男に操られ、何滴もの返り血を浴びることになった。
「うっ、うぅぅぅぅ…」
「ほーらぁ、もう一体でレベルアップだ~」
「いやっ…、あっ…」
出涸らしのような呻き声を上げてもなお、彼は私を自由にしてくれない。
操られた手に持った拳銃。その引き金を、意思に逆らうようにして引く。
目の前の草食獣は、頭部から大量の血を流し、目を開いたまま倒れた。
条件反射で動く四本の脚と胴と、首。しかしそれらは、数秒後には全く動かなく
なり、魔物らしく、全身を青い粒子にし、やがて消滅した。
「あっ、ああっ…」
刻印に、感じるレベルアップ。
世界中の誰よりも、望まなかったレベルアップ。
「っひゃひゃひゃひゃひゃ!! レベル30おめでとう。僕の空間魔導士。僕の
セカイちゃん」
自分の姪の、顔と身体に浴びた赤い血を、その男は「商品」を大切に扱うように
拭った。
「…さん!」
ギクッ、と身体を反応させて、掛けられた声の方法を振り返ると、彼がいた。
「ああ、リン、か。き、今日は、仕事なの?」
「うん、そうだけど…」
リンは、どこか不安そうな顔で、私を見ていた。
「セカイさん」
彼は、再び私の名前を呼んだ。
「どうして、泣いてるの?」
ボロボロと零れ落ちる涙と、喉をつっかえる嗚咽が、しばらく止まらなかった。
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