第10話 四年前

 「ねえっ…、ねえってば…、ちょっと!!」


 「あっ、はい!」


 「もういいんじゃない?」


 何も考えないまま、ただ遠くに行きたくて、街のよく分からない通りまで無言で

彼女を引っ張ってしまった。


 「ごめん」


 「いや、別にいいんだけど。私の方こそ、助けられたし」


 彼女は、先ほどの戦闘を思い出してか、再び表情に翳りを見せた。


 「僕だって。君がいなかったら召喚魔法すら発動されずに殴られて負けてたよ」


 ははは、と僕は苦笑交じりに誤魔化した。


 「セカイ」


 「えっ?」


 「私の名前」


 彼女は、僕から顔を背けたまま一方的に名乗った。


 「セカイ、さん。よろしく!」


 一瞬戸惑った僕は、しかし助けてくれた恩人には笑顔で応えたかった。


 「僕は、リン。さっきは助けてくれてありがとう!」


 「えっ、あっ、別に…。さっきも言ったけど、私だって助けられたから。ところ

で、あんたはあんなところに何しに来たの? バッチがないってことは、うちの生

徒じゃないだろうし」


 「友達に会いに来たんだ」


 特に隠す必要もないので、僕はそう答えた。


 「へえ、そうなんだ」とセカイさんは笑った。


 「あんた、あんな趣味の悪い友達がいるのね」


 「えっ」


 僕は、自分の親友のことを堂々と卑下されたことに苛立ったが、それはすぐに自

分の誤解だったことに気づく。


 「あっ、いや。彼じゃないよ! もっと別の、カズキ君って人」


 「ああ、カズキの知り合いだったんだ。てっきりあいつの方かと思ってた」


 「そんなわけないだろ…」


 戦意のない者に魔力を付与した木剣で襲い掛かってくる人間を友達だとは言わな

いだろ。僕は、彼女の意外な鈍感さに困惑した。


 「で、あんた、どこの学校行ってるの?」


 「ふひぃ!」


 なんとなく来るのではないかと想定していた質問が、今になって急に現れた。


 ああ、ダメだ。こんなに大きく反応してしまってはこの後咄嗟につく嘘が嘘である

とバレてしまう。いや、でも自分と同じ年の女の子にレベルが低すぎて学校に入学で

きないとか、この刻印の魔法の欄の空白を見せつけて実は魔法が使えないなんて言

えるわけがない。恥ずかしいじゃないか。


 ここに来てまで男女のレベル差コンプレックスを痛感するとは。しかも、ホムラ

さんよりずっと年下の女の子だから余計に心苦しい。


 「まあ、誰にだって他人に言いたくない事情はあるものよね…」


 今度は、僕の考えを鋭く察してくれた、というよりは自分にもそういったものが

あると共感しているようにも見えた。


 「じゃあ、一つだけ、見せてあげる」


 そう言うと、セカイは半袖の左袖を肩までめくりあげた。


 白く透き通るような白い肌のキャンバスに、きれいな外円の描かれた刻印があっ

た。




 レベル:30


 属性:空間


 魔法:短距離転移




 「く…空間…」


 僕は、まるで怯えるように属性の欄を注視した。


 空間属性。


 それは、時魔法と対をなすほどの強力な魔法。レベルを高めれば高めるほど今の

この世界の空間に大きな影響を与えることが出来る。


 自分や他人、物体を空間の力で遠隔的に移動させたり亜空間に送り込む力を持

つ。


 空間魔導士は、時魔導士と同じく極めて稀な存在だ。時魔導士同様、古代には何

人もいたらしいが、世界を脅かす魔法だと、身分の低い空間・時魔導士は国によっ

て処刑され、今となっては一家系のみだと言われている。その少ない分母の中で彼

女に巡り合い、なおかつ僕と同じ年齢でレベル30に到達する彼女はきっと世界史

上初だ。神による世界の調和でレベルが上がりにくいのは空間魔導士も同じなのに、果たして彼女はどれだけの多くの、または強い魔物を倒してきたんだろう。


 「驚いた?」


 彼女の問いに、応えられないほどに僕は驚いていた。


 そして思い出す。


 あれは、四年前だったか。クリスタルがまだ生きていた時代。テレビで大々的に

取り上げられたニュース。空間魔導士として都市や郊外の犯罪防止や交通の発展に

務めてきた男が、急に姿を眩ませたこと。


 そして、その三年後。つまり今から一年前。


 あの事件の容疑者として今も指名手配されている。あれが破壊されてテレビもス

マホも使えなくなっても、大規模な事件であったことから、小さな町でも噂になる

ほどで、僕でも知ることが出来た。


 「ねえ、一つ聞いていいかな?」


 これを聞いたら僕は、殺されるかもしれない。


 「…いいよ」


 僕は、彼女が単に空間魔導士だから驚いているのではない。


 彼女から許可を得た僕は、そのまま、聞きたいことを包み隠さず、改変せずに聞い

た。


 「君のお父さんは、誰?」


 僕は、胸中を暴れる恐怖を制して問うた。彼女は、まるで質問される内容が分か

っていたように、堂々と答えた。



 「刹那トオル」


 クリスタル破壊事件の容疑者、刹那トオル。


 彼女は、その男の娘だった。





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