第9話 君だけじゃない

 真横から顔面を殴られた彼は、体勢を崩しそのまま地面に倒れこんだ。


 「見てて不愉快だっただけで、別にあんただから守ったわけじゃないから。勘違

いしないでね」


 僕はまだ何も言ってないのに、目の前の人物は、彼の攻撃から僕を守ってくれた経

緯について、早口で説明した。


 黒髪でおっとりとした丸顔に大きな双眸をしているが、どこか硬い印象を覚えるよ

うな、一言で言えば真面目そうな女の子は、地面を這ういじめっ子に視線を向けて

いた。


 「あんた」


 「なっ、なんだよ。…ってえ」


 唇から血を流した彼は、殴った相手を睨みながらも恐怖を隠せないでいた。


 「もうやめなよ。自分より弱そうな人間見つけてイジメるの。今回ばかりは殴ら

せてもらった。」


 ピシャリとした口調で非難する彼女。ていうか、この男は、他の生徒も馬鹿にし

ていたのか。


 一方のいじめっ子は、ふん、と鼻を鳴らして言った。


「はぁ? 模擬戦闘・対人部門トップが何かと思ったら説教かよ。支配者気取って

んじゃねえよ、偽善者」


 彼の相変わらずの憎まれ口に一切反応することなく、彼女は返答した。


 「いや、知りたかったのよ。自分より弱い人間を傷つけるって、どんな気持ちか」


 「ああっ?」


 「で、感想はというと、すごく惨めだったわ、傷つけてる私自身が」


 「なんだと?」


 いじめっ子は、彼女の言いたいことを察して、徐々に怒り始めた。


 「そんな惨めなことばっかりしてるから学年で三十番くらいにしかなれないの

よ。弱いクラスの弱い人間の小さな輪で、自分よりもっと弱い人間を見つけたら安

心する、雑魚の典型ね」


 「てめえ…、言わせておけば…」


 「雑魚」


 「んだと!!」


 彼は、立ち上がった。


 しかし、僕の時みたいに彼女へはすぐに攻撃しなかった。


 殴られた痛みからか、それとも単なる恐怖からか。どちらでもないことに、この

後気付いた。


 「へえ。意外と冷静じゃない」


 少女は、余裕の態度を取っていた。


 「ああ、俺は雑魚だからな。雑魚同士で群がって闘うしかねえんだよ、…出てこいっ!!」


 彼は、自分の右腕を高らかに上げて、どうやら自分の仲間を招集しようと試みた。


 いや、単なる招集、というよりも…。


 「いいよ、何人でも掛かってき…」


 「違えんだよなあ!」


 彼は、彼女への有効打を見つけたかのように、意地の悪いいじめっ子の調子を取

り戻した。


 「っ!!」


 心なしか、彼女の身体が微かに震えているように見えた。


 でも、どうして。


 模擬戦闘・対人部門トップ、そう彼が言っていたし、実際にそうだという佇まいな

のに、どうしてこうも彼女の顔は強張っているんだ。


 「っへへ!! 正しい聞き方は『何人』じゃねえ、『何体』だ!」


 彼は、自慢の水魔法で、いつも見かけるのと全く同じ姿形をした、『スライム』

を『召喚』した。


 「はぁはぁ…、こんだけ出したらもう安全だ…!」


 いじめっ子は持っている魔力をほとんど使い果たして、二十体は優に越えるスライ

ムを彼女の周りに召喚した。


 「どうだよ! こんな雑魚でも召喚魔法は使えるんだぜ! 『対人部門』はトッ

プの雑魚が! かっははははは!!」


 彼女は、お椀の形をしたスライムの集合体にそのまま覆い隠された。


 「全部知ってんだよ! お前が人間には強くても魔物には弱いってなあ! ほらほ

ら! 雑魚が作ったスライムに負けるなんて情けなくないか~? 優等生さんよ

ぉ!」


 僕は、動揺していた。


 いじめっ子の彼が、召喚魔法を使えるほど成長していたことに。


 強そうな彼女が、たかだか数十体のスライムの出現に、顔を強張らせていたこと

に。


 動揺を隠せなかった。


 それでも。


 自然と身体は動いた。気付けば木剣を、右手にしっかりと握っていた。


 椀のようなスライムに打撃を加える。召喚されたスライムは野生よりも脆く、た

かが僕の一振りで一気に三体を消滅できた。


 動揺しながらも、無心で、目の前のスライムを攻撃し続けた。


 仕事前と仕事後、合計して一日に何十体も同じ生物を絶命し続けたから、もう慣

れてしまったのかもしれない。怒りも恐怖も、いま握っている木の武器にはいっさ

い載らない。僕は、そこに倒すべきスライムがいるから、ただ無心に、無気質に、無感動に敵を撃退する。


 縦に、横に、斜めに、一振り、一振り、そしてもう一振り…。


 少し息が上がったころには、周りのスライムを蹴散らしていた。


 「お前…」


 勝ちを確信したように、魔力を出し切り疲れ果てたいじめっ子は、僕の動きに面

食らったようだ。


 「成長してるのは、君だけじゃない」


 僕は、はっきりと彼に物申した。


 「行こう」


 そして、固まったように立ち尽くす優等生の手を引き、そのまま士官学校を後に

した。



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