第二章 女の子と出会ってダンジョンを攻略する

第7話 良かったな

 「へえ、お前。そいつに惚れてんのか?」


 「ええ、まあ。はい、えっへへへ」


 夜風を遮った、暖かく明るい店内。


 「へいお待ち!」


 威勢のいい店員から、出されたラーメンのおいしそうな匂い。


 僕は、先輩に飯に連れてってもらっていた。


 その代わり、つまらなくてもいいから話題を提供しろと圧を掛けられたので、地

元の友達のこと、兄貴のこと、旅のこと、そして、惚れた女のことを洗いざらい

話、こうして人生の先輩に相談しているわけだ。


 「まっ、律儀にレベル上げるのもいいけどよお、待たせすぎたら冷めちまうから、

ちょっとくらいドキッとするようなことやってみろよ」


 先輩がジョッキに入った酒を一気に飲み上げる。


 「ぷはぁ。大将! もう一杯!」


 「ぼぼぼっ、僕には無理です!」


 「無理じゃねえよ! 俺が鍛えてやる!」


 「ふひぃ!」


 そんな話を、小一時間してから、各々の帰る場所へ歩いた。


 先輩は、いい人だった。


 職場では鬼のように怖いけど、それは仕事のない自分を拾ってくれた先輩、今の所

長への恩義かららしい。


 昔は、インターネットで魔物との戦闘シーンを取って人気を集めていたらしい

が、クリスタルが破壊される前から、徐々に人気が落ち始めて、きちんとした安定

のある仕事に就いたらしい。大人も大変なんだな。


 当時付き合っていた年下の彼女の方が、戦闘のセンスが高く、レベルも先を越さ

れたショックで、先輩から別れたらしい。


 まだクリスタルがあってテレビが映っていた時代に、男性のレベル差コンプレック

スで別れる報道を見たことがあるが、まさかその当事者と一緒にラーメンを食べる

ことになるとは思いもしなかった。


 人生って複雑だ。


 夜風の寒さを感じながら、てくてくと、マンションの一室に帰った。






 「じゃあ今日は、実際に学校へ行ってみようか!」


 「はっ、はい!」


 やっと来た。


 実際に士官学校の方へ荷物を届けに行く仕事が。この時をどれだけ待ったこと

か。


 今まで、先輩の怒号に耐えながら荷物の梱包と点検をしていた自分をよしよしして

あげたい。


 「良かったな、リン」


 「はい!」


 先輩に祝福されながら、僕はトラックに乗った。


 




 先輩の、意外と繊細な運転でたどり着いたのは、大きな高層ビルのような学校だ

った。


 その裏門を通り、近くの駐車場にたどり着く。


 「俺、荷物届けたあと先に事務所戻るから、お前はゆっくり帰っていいぞ。所長

にも話してるから」


 「えっ」


 「地元離れてまで会いたかったんだろ? そこまで鬼じゃねえよ、俺は。せっか

くだからゆっくりして帰って来い」


「ありがとうございます!」


 先輩の厚意に感謝しながら、事務室に教材や参考書、模擬戦闘で使う武具の入っ

た荷物を届けた。


 仕事を終えて腕がパンパンになりながら、私服で過ごす生徒たちに紛れて、カズキ

君を探した。






 教室とを覗くと、一つの視線と僕の視線が合致する。


 僕は、再会した。


 親友、ではなく、幼いころから僕のことをイジメた奴に。


 「お前、リンか!! こんなところで何やってんだ! ぎゃはははは!」


 休み時間だったらしく、解放された扉から、僕のことを指さして笑う。昔、同じ

ようなことをされた記憶が蘇る。


 僕のことを冷かしてくるか怒るときにしか声を掛けない、嫌いな人。


 「い、いや…、僕は」


 「出たよ、コミュ障リン君! お前、もしかして入学してきたのか~?」


 周りが騒然とする。見慣れない顔と、彼の興奮が、周囲の気を引いていた。


 注目された僕は、仕事のついでに来たとはいえ、半ば不法侵入のようなことをし

た後ろめたさを覚える。しかも、よりにもよって、彼に遭遇するとは、僕はとこと

んツイてない。


 「誰? 転校生?」


 「私服の俺たちに扮して侵入してきたとか?」


 「きょどっててカワイイ~」


 ざわざわと、止む気配のない雑音を、聞きたくない声でいじめっ子の彼が断ち切っ

た。


 「こいつが入学できるわけねえじゃん! だって…」


 「あっ!」


 彼が、次の一言をいやらしく勿体付けながら溜めた。僕は、愚かにも彼に向け手

の平で制するようにして、みっともなく慌ててしまった。


 それでも彼は、止まらなかった。


 「こいつ、魔法使えねえんだぜぇ!」


 とうとう、言ってしまった。


 昔のように、彼は僕をイジメるのが大好きだった。


 「時魔法だかなんだか知らねえけど、十二歳の時もレベル1のまんまで、スライム

も倒せなかったんだぜ! 町の恥だったよ! ぎゃはははは!」


 情けなくも、抵抗できない僕は、昔のように彼が僕に興味を失うのを、下を向い

て待つしかなかった。


 彼は、この空間では強いのか、みんな、彼の味方をするように僕を見て笑う。


 手首の刻印を見る。


 レベル10。


 今は違う、なんて大きな顔をして彼に対抗できるレベルではない。これは、彼が

七歳の時に僕たちに自慢してきたレベル。


 仕事の合間に努力してレベルを上げても、幼児だった彼と同レベル。いや、魔法が

使えないから幼児以下なんだ。


 悔しかった。


 なんでこんなやつが、僕よりも強いんだろう。


 なんで努力してるのに、僕だけレベルが30からじゃないと魔法が使えないんだ

ろう。


 こんなやつ、死ねばいいのに。一番残酷な死に方をすればいいのに。


 天に罰してもらうことを、いつも祈るしかなかった。


 「おい! うるせえぞ!」


 再び、耳障りな声たちを断ち切るように、声が聞こえた。


 僕は、頭を上げて、その声の主を見る。


 「カズキ…」


 急な静寂で、驚きの声を上げたのは、僕じゃなくて、いじめっ子の彼だった。


驚きというよりは、恐怖。いじめっ子は、昔のようにカズキ君には逆らえない。と

いうことは、もちろんいじめっ子に同調した周りの人間たちも異論を出さない。


 「お前、こいつのことなめてると、いつか痛い目見るぞ。お前らも」


 変声期を終えた彼の声は、しかし幼いころの懐かしさを感じさせた。


 ついに、僕に声をかけてきた。


 「だから、お前も強くならないとな。もちろん俺も」


 「カズキ君…!」


 今度こそ、僕は彼の名前を呼んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る