第6話 刻印
それから一週間。
仕事には、だいぶ慣れてきた。
苦しいことにも、慣れてしまったらこんなにあっさりとしたものなんだな。一週
間前の自分がまるで嘘のように思える。
「リン! これ違うぞ!」
うっかりミスはなかなか治らないけど。
そして、レベル上げの方にもだいぶ慣れてきたので、早朝だけでなく、仕事が終わ
ってからも、街の近くにいる魔物を退治してレベリングを行った。
その結果、レベルの方も、すくすくと育っていき、ついにレベル10に到達し
た。
「ふぅ…」
スライムの群れを討伐してから、その場に腰を降ろす。
手首に書かれた刻印を確認する。
レベル:10
属性:時
魔法:
魔法のとこは相変わらず空白だ。面接のときは、履歴書とともに『これ』を見せ
なければならなかったので、その時はとても恥ずかしかった。
魔法が使えないので、こうしてスライムの集落を蹴散らして、ちまちまとレベルを
上げるほかなかった。
刻印の場所は、人によって異なる。僕の場合は、刻印が手首に付いているので、
昔カズキ君にもらったリストバンドをしてどうにか誤魔化している。
この間、ホムラさんに見せた時も、恥ずかしさのあまり、その場に倒れそうだっ
た。
一方の彼女はというと、今の僕には見る資格のない場所にあった。
思い出す。
刻印を聞いた僕に、急に背中を向けて四つん這いになり、太ももの付け根辺り、
もう少し真ん中、身体の真ん中の、あの場所を短パン越しに指して、『確認してみ
る?』と、妙に艶やかな声で言った彼女を。
あの時を思い出すと、身体の内部から炎魔法を浴びたように熱くなり、水魔法が暴発したように全身が発汗し、身体のある一部が、土魔法の力によって硬化したように固くなってしまった。巧みに操られた風魔法のような夜風が、くすぐるように僕の身体を撫でる。
ここが、街中ではなくて良かった。
「おい」
「ひぎゃあ!!!」
こんなところに人の声が届くはずがないと高を括っていた僕は、あまりの驚愕か
ら悲鳴を上げてしまった。
硬化した一部を何とか誤魔化しながら、背後にいる人を見る。
「リンじゃねえか。お前、何やってんだ?」
金髪の、目つきが悪い肉食系男子。
リュウマ先輩だった。背中には、何か棒状のものを袋に入れて携えている。
「お、お疲れ様です!」
身体の一部が硬化してます、なんてもちろん言えない。
「疲れてねえし。今日は休みだから」
「そ、それもそうですね。すいません…」
「これから疲れんだよ」
そう言い出すと、背中に持っていた袋から、何かを取り出す。
全体像が見えて、ようやくそれが、直剣だということが分かる。
「なんだ。スライムの集落、そろそろ来ることだと思ってたけど」
先輩と目が合う。嫌な予感がした。
「お前がやったのか?」
そう言われるだろうなと、数秒前から予測していたのに、僕は、挙動不審になって
何も言えなくなった。
「…ああそうか。いいよ。別に俺の私有地じゃねえし、ここ」
「えっ?」
意外にもあっさりとしていた先輩は、笑った。職場では一度も見たことがない笑
みだった。
「今日は軽くやりたかったけど、まあいいや」
「すいません」
「ははっ、なんでお前が謝んだよ」
再び、笑いながら、
「しゃあねえ。おい、リン、俺と勝負だ!」
急に目つきを鋭くして、怒号のように僕に決闘を申し込んだ。
「ひっ、ひぃぃぃ!! ご勘弁を!! 魔物先輩!!」
「ん、魔物…、なんだ?」
「い、いえ、こちらの話です」
うっかり口が滑ってしまった。リュウマ先輩のことを陰でみんなが魔物先輩だと
呼んでいることがばれたら、確実に殺されるだろうな。
「まあいいや。ちょっと素振りして帰ろ。お前もやるか?」
「はい、…ふぅ。うげっ」
立ち上がろうとして、腰が上がらなかった。どうやら、レベリング、仕事、レベリ
ングの日常で体にガタが来てしまったようだ。
「体は嘘つけねえみてえだな。三百本振って帰るから、ちょっと休んでろ」
彼はそういって、剣を縦に振り続けた。
長く太い直剣が、ぶおん、と風をまき散らすように近くの木の葉を揺らした。
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