第5話 メイド

 運び屋の面接は、あっさりと採用になった。


 こんなレベルでひょろい体躯でも、熱意が伝わるようにと、志望動機と長所と短

所と趣味と特技を、寝る時間を削って考えたのに、一分も経たず終わった。


 犠牲にしてきた何時間もの時間と何枚もの履歴書たちを思い出すと、虚しい気も

してくるが、とりあえず採用されてよかった。


 とりあえず、週二日勤務できればよくて、日給で入る収入もかなり高かった。クリ

スタルが破壊されて運送業全体は忙しくなっているだろうに、この事務所は素晴ら

しいくらいホワイトな職場だった。


 それは福利厚生という一面だけを見れば、だが…。


 「おい、リン! 割れ物をそのまま入れんじゃねえよ、バカ!!」


 「すいません!」


 「一回で覚えろっつったじゃねえか! ボケ!」


 「はい、すみません…」


 精神衛生面は、かなりブラックだった。


 しかも、運び屋の仕事は二人ペアで行うのだが、僕は運悪く職場で一番怖い先

輩、魔物みたいに怖いから、通称『魔物先輩(本人は知らない)』と一緒になって

しまった。


 「どうすんの、これ?」


 「すいません!」


 「すいませんじゃねえ! どうするかって聞いてんだよ!」


 「すいません!」


 金髪で筋骨隆々の、いかにも肉食な先輩が怖すぎる。この人が怖すぎて本当は運び

屋じゃなくて盗賊なんじゃないかと疑いたくなる。


 「いいじゃないの、リュウマ君。リン君、まだ十四だよ? 二十六歳の大人なん

だから、優しく見守りなさいな」


 身体はぽっちゃり、頭髪はもっさりとした、見るからに優しい所長が、フォロー

を入れてくれた。


 「はぁ…。分かりましたよ。所長の厚意、ありがたく思えよ」


 「は、はい…。ありがとうございます、所長」


 「いいんだよ。若いうちはたくさん失敗しなさい」


 一番偉い人が一番優しくて良かった。


 「でも」


 などと少しでも安堵した僕が愚かだった。


 「同じミスは許さないからね?」


 「ひぃ!!」


大の大人から他人を殺すような目つきで睨まれたのは初めてだった。隣の先輩も、

すごく怯えていた。


「お、おい! 悲鳴じゃなくて返事しろ…!」


「は、ひゃい!!」


 ホムラさん。


 仕事、やめたいです。






 初日からこっぴどく怒られた僕は、ホテルの一室でがっくりと項垂れていた。


 はあ、と思わずため息が漏れる。


 コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。


 「はいっ」


 ダメだ。こんなしょぼくれた顔してたらホムラさんに嫌われる。


 「お仕事お疲れさま」


 入室してきた彼女に、僕は思わず目を剥いてしまう。


 「ホムラさん!? その恰好は…」


 「リン君が疲れてると思って、励まそうとしてみたっ!」


 白と黒を基調としたメイド服。胸元が、普段の格好よりも空いていて、谷間がし

っかりと見えてしまっていた。


 「もしかして、こういうの嫌いだった…?」


 不安そうに、問いかけるように僕を見つめる彼女。


 「い、いいえ、そんなことはないです! むしろありがとうございます。気を遣っ

てくれて」


 胸元をサービスしてくれて、とは口が裂けても言えなかった。


「良かった…。初めての仕事って、どっと疲れちゃうものだから、心配になっっちゃ

った」


 「ホムラさんは、仕事の経験も豊富だなぁ」


 「も?」


 「い、いえ、何でも…」


 僕の心配をしてくれたことが嬉しくて、つい調子に乗ってしまった。


 「そ、そういえば、ホムラさんって、昔はどんな仕事をしてたんですか?」


 何とかして話を逸らす。


 すると彼女は、一瞬だけ表情に翳りのようなものを作ったようにして、僕に言っ

た。


 「あっ、ああ。…タワーの職員で少しだけやってた」


 「タワーで!? すごい…。クリスタルは、肉眼にきっちりと収めたんです

か!?」


 「いや、そこまではなかったかな。タワーの職員って言っても、展望室のスタッフ

とか一階の受付だったりだから、普通のオフィスと何も変わらないわ」


 少し早口で語る彼女は、何かを隠しているようにも、単に照れを隠しているように

も見えた。「今は何をしているんですか?」とは、さすがに聞けなかった。


 「私のことなんかより」


 次は彼女が話題を変えた。


 「長居できるマンション、見つけたわ。明日からさっそく入居可能で、郊外だか

ら、家賃も安いの」


 彼女は、手に持っていたマンションのパンフレットを僕に見せる。


 僕も、いいと思った。住所も、職場と近い。


 「明日から…、そうですね! ホテルに泊まりっぱなしじゃあ何か変ですし」


 「うんうん」


 「じゃあ、入居申請は僕が行ってきますね」


 「うん! よろしく」


 どこかホッとしたように、メイド服を着た彼女は、息を大きく吐いた。


 「まだ、一緒にいたい?」


 「あっ、いえ、もう元気になりました。ありがとうございます!」


 「分かった。明日も仕事、頑張ってね。朝早くからのレベル上げも。…おやす

み」


 「はい! おやすみなさい!」


 彼女は、胸を強調するように少しかがんだ後、そのままドアを閉めた。


 明日は仕事前にレベル上げする予定なので、『何もせずに』、興奮が静まってから

ベッドに着いた。




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