第3話 正義の味方
「あ、兄貴ぃぃぃ!?」
痩身の男が、蹴り飛ばされた男の元へ駆け寄る。
筋肉質の男の方は、先ほどの僕と同じように、息苦しく呼吸している。
「あんたたち、ちょっとやりすぎなんじゃない?」
突然の蹴りに、僕も盗賊たちも驚かざるを得なかった。
「ぐっ、なんなんだお前はぁ!?」
筋肉質は、怒号に乗せて尋ねた。
「え、あたし? そうね…」
僕の前に立つ『女』は、少したじろぎながら、自己紹介をした。
「正義の味方よ!」
そういい放ち、
「弱きを傷つける強きを、罰するものよ!」
まるで何かの芝居に出てきそうな決め台詞を堂々と吐いて、腕を組んで仁王立ち
した。
背中の上半分まで伸びた薄桃色の髪。袖のないシャツと太ももを大きくさらけ出
した短パン。腰に金属の何かを左右に携えている。
「正義の味方ぁ!? お前みたいな女が? がはははは!」
「冗談だろぉ~。シッシッシ」
盗賊たちは、彼女を煽りながらも殺気立っていた。
手に込めた魔力。
「本気だから、まとめてかかってきなさいよ」
「後悔しても知らねえからなぁ、女。よく見たら可愛いし、…イイ体してんじゃね
えか。たっぷり遊んでから奴隷として買ってやるよ」
「シッシッシ。兄貴だけ独り占めはよくないぞ! シッシッシ」
筋肉質の男は、両手足に茶色いオーラを纏っている。身体を強化する魔法、もし
くは魔弾を射出するタイプの魔法だ。
痩身の男は、投擲用のナイフに緑色のオーラを纏っている、上着の裾や地面の草
が靡いていることから、風属性の魔法を剣に付与したのだろう。
「そんじゃあ行くぞ! おらあ!」
筋肉質が彼女に襲い掛かる。女相手にも容赦のない右ストレート。大きな体から
動く拳は、速くて、僕だったら絶対に避けられないほどだった。
「よっ」
それを、目の前の彼女は、軽々と避ける。
さらに、男の突き出た腕を両手で掴んで、関節とは違う方向に曲げる。すると、
筋肉質の大男は、スリムな彼女にあっさりと地面に倒された。
「兄貴ぃ! この女ぁ~!」
痩身の男は、距離を開けたまま、風を付与した投げナイフを両手の指に三本ほど
装備し、そのまま右腕から放とうとする。
「避けたら後ろに当たるか…。しょうがない」
女は、落ち着いた様子で、僕の身を案じながら、腰に携えた右の方の金属の物体
を取り出した。
「あんまり使いたくなかったけど」
ナイフが放たれる。痩身の男の投擲術に、風魔法の加速と威力上昇により放たれ
たナイフは、頭蓋を貫通する勢いだった。
右手の三本放って、左手のもう三本、合計六本のそれが、彼女とその背後の僕に
襲い掛かる。
しかし。
それの六本すべてに反応して、その全てを弾き飛ばした。
彼のナイフよりも高速で放たれたもの。大きな音を伴い、飛び出した物体の
数々。
サブマシンガン。
多数の弾丸を連射する銃器。主に近接から中距離の敵に有効な武器。
軽量で銃身が小さいため威力は低く反動も大きいが、機動性、携帯性に優れ、扱
いやすい。
しかし、剣や弓矢ではなく、銃器。それも拳銃ではなく軍隊が持っているような
武器を、持っているとなると、彼女は国の中でも相当地位の高い人物となるが…。
しかも、彼女のそれは、放たれる弾丸全てに深紅のオーラを纏っていた。
「ぐああ!?」
痩身の男の足の隅を掠めるように数発当てる。掠めた足と、着弾した地面から、
煙が出てきた。
「熱い!!」
痩身の男は、その場に倒れた。
その倒れ様を見逃すことなく、懐から手錠のようなものを取り出し、彼の両手を拘
束した。
「このアマぁ!!」
興奮した筋肉質の男は、次は身体中に土のオーラを纏い、襲い掛かる。
「また厄介なことを…」
彼女は、妙にイラついた感じで、立ち尽くす。
しかし、そんな態度とは裏腹に、状況はなお、彼女が優勢のままだった。彼女
は、またひらりと躱し、サブマシンガンを真上に放り投げる。すると拳を固めて男よ
りも速い拳を、腹部に打った。
後ろ姿で彼女の攻撃はよく分からなかったが、随分高い魔力だったのだろう。腹
部への攻撃で全身の土属性の鎧は、まるで爆発するように砕け散った。
「ごはぁっ…」
そのまま筋肉質の男は、気絶した。
「おっさんの筋肉って、意外と柔らかいのね。硬いのは土の鎧だけか…」
女はそう言って一笑に付し、落ちてきたサブマシンガンを綺麗に受け取り、そのま
ま腰に差した。
「ひっ…ひぃ…」
そして、まだ意識のある痩身の男を見やる。彼にはもう、戦意なんてものは微塵
も残っていなかった。
「戦意喪失って感じね」
女は、また笑った。
「あんたたち、盗賊か山賊でしょ? このまま警察に届けたりはしないから、安
心して」
「はっ…はぁっ…?」
痩身は、恐れのあまり、何も喋れなくなっていた。人は本当の恐怖を感じた時は
こんなに声が出ないものなのか。今の彼は、まるでさっきの僕を真似しているよう
だった。
「その代わり、もう人様に危害は加えないこと! そこの筋肉にも伝えとい
て! いいね!?」
彼女は、次は怒ったように声を張り、男を威嚇した。
「はっ、はい…。すみません…」
ようやく返事ができるようになった矢先、男は足を洗うことを承諾して、そのま
ま意識を失った。
僕は、混乱していた。まだ少しだけ残る腹の痛みを感じながら、『正義の味方』
とやらの背中を見ながら困惑していた。
すると、彼女が、僕の方を振り向いた。
ようやく、彼女の顔を、見た。
「何も譲らないで、よく耐えたね。偉い」
胸が、張り裂けそうだった。
腹の次は、胸のあたりが苦しくなった。
「あの…、あなたは…」
見るからに年上の彼女に敬語を使い、問うた。
全体的に整った顔立ちに、キリっとした目と、高い鼻。袖なしのシャツの、少し
だけ空いた胸元と、短パンからはみ出た太ももに目が行ってしまいそうになる。
そんな美人が、優美に笑った。
陶器のような白い肌と、薄桃色の髪が、西日に照らされて、まばゆい輝きを放
つ。
「いろいろ話したいから、とりあえず泊まるとこ探しましょ? 夜はもっと、危険
だから」
炎使いの女は、それはもう柔らかく、色っぽく、微笑んだ。
そして、ウィザーズセントラル近郊の、宿の一室に入ると、僕を壁に押し付け
て…。
そのまま、キスをした。
彼女は言った。
「あたし、レベルが高い人と付き合いたいの。だから、最低でも50は欲しいか
な」
柔らかい身体を、僕に密着しながら、耳元で、そう囁いた。
「付き合ったら、いっぱいこういうこと出来るね。こういうこと以上のことも」
僕の左頬を撫でるように右手を滑らせた。
「最近物騒だから、旅のお供、してあげる。お姉さんが見守ってあげるから、頑張
って」
身体の奥から、何かが湧いてくるようだった。
闘いたい。
魔物を倒して、レベルを上げたい。
低レベルはカッコ悪いし、魔法が使えないなんてもっての他だ。
この人が、他の強い男に取られてしまう前に、何としても強くならなければ。
唇と唇が絡み合う感触を思い出しながら、翌朝から、さっそく自らを鍛えること
にした。
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