第2話 僕ばっかり
背の低い建物を背に、町を離れる。
町から外に出たのは初めてだ。草原には、弱小で少数ではあるが、魔物が点在して
いる。
クリスタルが破壊されてインターネットも電話も使えなくなった今の人類だが、
こうして直接旅に出なくても手紙を書けばいいじゃないか、と思われるが、そうい
うことではない。
声が聞きたい。
電話があることで簡単に聞けるようになった相手の声が、手軽に聞けなくなったこ
とで、以前よりも聞きたくなってしまう。手紙の返信なんかをだらだらと待っていら
れない。
それに、スマホが使えなくなって、これまで手紙を三通ほど送ってもカズキ君からは
返事が一向に返ってこないことも、駆けださざるを得ない理由の一つだった。
最近では盗賊や山賊による郵便物狩り、というものが流行っているらしいので、運
び屋が襲撃されているというのも、町役場の外交担当の人が発表していた。
クリスタルの破壊も、外交の人たちが情報を持ってきてくれたので田舎に閉じ込め
られた僕でも知ることが出来た。
しかし、郵便物だけでなく、そういう人間たちを襲撃し、金銭や金品を強盗される
という噂もある。
車両も襲撃に遭うことがあるため、僕はこうして人目のつかない徒歩で行くことに
なった。徒歩だとウィザーズセントラルまでは三日ほどかかる。
物騒な世の中になった。カズキ君のことが、ますます心配になってきた。
そんなことをぼんやりと考えていると、草原の青い景色に、別の青が映った。
魔物が飛び出してきた。
子犬くらいの大きさの、ゲル状の青い物体。スライムと呼ばれる弱小の魔物。
町から街へ徒歩で移動するためにはほとんどの確率で遭遇する魔物。
「よし…」
レベル1かつ魔法が使えない僕でも、こちらから危害を加えなければ戦闘にならな
いこの魔物なら…。
僕は走り出した。
スライムとは別の方向に。
「ふう…」
この魔物なら、簡単に逃げられる。
「ああっ、怖かった…」
僕は、ビビりだった。
幼いころから魔法が使えなくて、闘うという行為を全くしてこないまま、この年齢
になってしまった。
「こいつ、魔法使えないんだってさ~」
「ぎゃはは、だっせ~」
魔法が使えないことで毎日イジメられてきた。なんであいつらが町を出て僕が取り
残されなければいけないんだ。
「親友の俺に勝ってから言いやがれ!」
「あっ、カズキだ。やべえ、逃げろ」
彼だけが、僕の友達だった。そんな彼も、僕を残して先の舞台へ行ってしまった。
でも、彼は優しい。落ちこぼれの僕にも、メールのやり取りを付き合ってくれたん
だから。クリスタルが破壊されて、僕なんかを相手しなくくてもいいようになって
嬉しかっただろう。
過去の記憶を思い出していると、またしても、草原に何かが現れた。
それはまず、声からだった。
「よお兄ちゃん」
「ちょっとだけいいか?」
聞いたことのない声で我に返ると、男が二人、僕の前に立っていた。
角刈りの頭髪に、筋肉質の腕を肩まで露出するタンクトップの男と、その隣にいる
痩身の男。
「なっ、なんですか…?」
僕は、怯えてしまった。
他人を見た目で判断するのはいけないことだが、二人とも目つきが悪い。危険をに
じませたような雰囲気。
どうやら僕の思い込みは当たっているようだった。
「分かってんだろ~、シッシッシ」
痩身の男が、俺の巾着袋を物欲しそうに見つめる。
「ああ、あの、こっ、これは…僕の…」
「はっきり喋らんかい! がはははは!」
今度は、筋肉質の男が、大声で僕の声を遮り、快活に笑う。
すると、突然、僕に急接近し、
「ぐっ…」
腹を殴られた。
「かっ…はぁ…」
僕は、息が苦しくなって、その場にうずくまる。垂れる唾液を吸い取れなくて、そ
のまま息とともに漏れる。
項垂れる僕の頭を、そうさせないように、髪を掴んで持ち上げる。
「大人しくそれ、よこしてくれたら殺しはしねえよ、なあ?」
筋肉質の男は、隣の痩身に目配せしながら嘲る。
「全くその通りだぜ、兄貴ぃ~、シッシッシ」
痩身の男は、同調して答える。
「兄貴に逆らったやつは、みんな死んでるからなぁ~、シッシッシ」
「ああ、逆らったやつは絶対、殺すぜ。がはははは!」
殺す。
その言葉は、子供のころに聞いたのとは全く別の種類の言葉のようだった。
僕をイジメたやつらのそれなんかよりもずっと、実現する確率の高い言葉。言葉だ
けじゃなく、行動に移すために宣言する『殺す』。
この人たちは、そういう人達だ、と直感し、思い至る。
盗賊だ。
腹をズキズキと痛めながら立ち上がる。
怖かった。
早くこんな状況から逃れたかった。
だから、僕は、どちらかを選んだ。
おばちゃんにもらったナイフで町に強制転移されるか、金も何もかもをこの暴漢た
ちに渡して、そのままウィザーズセントラルを目指して歩くか。
この二択しかないことが、悔しかった。
頭の中に、闘うという選択肢を持てない自分が憎くてたまらなかった。
魔法も使えない、体力もない。特に目立つような芸もない。友達が多いわけでもな
い。
神様は、意地悪だ。そんな僕から、出涸らしのように今の所持品まで、もしかす
ると命までも失わせようとする。
助けてよ。
誰か助けてくれよ!
なんで僕ばっかり。なんで…。
「で、どうすんだよ? 黙ったばっかじゃ分かんねえんだよ、ぐひゃらぁぁぁ
ぁ!!!」
その時だった。
後ろから地面を駆け抜ける音が急接近して、人のような物体が、筋肉質の男を蹴
り飛ばしたのは。
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