第六話「止まらねえ男」
「どうだい、あたしのアイドル城の居心地は?」
白いテーブルクロスの敷かれた長机の反対側で、ここら一体の領主であるアイドル――――シャーカ・ヴァーディは得意げに私へ問う。
「……別に。実家の方が大きいわ」
「そりゃあそうだろうねぇ。なんせアンタはアイドル女王、リリン・クリハラの娘さぁ。ここより小さい城になんて住んでたらお笑い草さね」
そう言って嫌味っぽく笑って見せた後、シャーカはステーキを丁寧に切り取って口へ運ぶ。
筋張った顔立ちの、体格の良い女だ。しかし決して男顔というわけではなく、着込んでいる豪勢なドレスが似合うくらいの美貌は持っている。アイドルは見た目で年齢がわからないが、少なくとも生まれたのはアイドル大戦より前ではないだろうか。
「自分の待遇が不思議って顔だね」
「ええまあ。急に誘拐するものだから、てっきり監獄にでもぶち込まれるのかと思ったわ」
とは言ったものの、シャーカの目的くらいは私にだってわかる。私を使って、何かクリハラ家と取引をするつもりなのだ。
シャーカが、この町に私がいることを知ったのは恐らく先日ダンとレオナが騒ぎを起こした時だ。レオナが私の顔を知っていたのか、それとも駆けつけた警備隊の中に私の顔と名前の一致する人物がいたのか、はたまた街中に見張りか何かでもいたのか……。
偶然ダンと一緒に行動していないところを狙われて、ガーヤくんを逃がすことは何とか出来たけど私はこうしてシャーカに捕らえられている。
私をクリハラ家との取引材料として見ているためか、待遇はまるで客人である。軟禁こそされているものの服はドレスに着替えさせられ、こうしてシャーカと二人きりでシャーカと同じ料理を口にしている。私が平気で悪態を吐けるのも、シャーカが私に危害を加えないと確信出来るからだ。
「ふふ、私はアンタを捕まえたんじゃあない、客人として招待したのさ。ちっと誘い方は乱暴だったかも知れないがねぇ」
「そうね。とってもエレガントな誘い方でしたわ」
「口が減らないねぇ」
余裕たっぷりに笑って、シャーカはワインを口にする。
「私を捕らえて、どうするつもりなの」
恐らく私をクリハラ家に差し出すという条件で、クリハラ家に恩を売ろうという魂胆だろう。そのくらいの想像は出来ていたけど、それでもシャーカの口からはっきりと目的を聞いておきたかった。
「そうさねぇ、レオナみたいな玩具があれば寄越してもらうのも良いが……今は単純にクリハラ家とのパイプが欲しいのさ。何かと有益だろう?」
想像通りだった。だけどそのことよりも、私はシャーカの”玩具”という言葉にムッとする。
「……レオナが玩具ですって……?」
「そうさ、ありゃあ科学者共の玩具だろう。あんなまがい物、アイドルどころか女ですらない……人形と一緒じゃないかい?」
まるで小馬鹿にするようにのたまうシャーカを、私は睨みつける。
「……あなた達の都合であんなにしたのに、そんな言い方ってないわ!」
「あたしがしたんじゃない、関係ないさ」
どれだけ睨みつけても、シャーカはまるで動じない。あのアイドル細胞移植計画が、ダンをどれだけ苦しめているのか知りもしないであんな風に。
確かにシャーカは関係ないのかも知れない。だけどシャーカみたいに、自分がアイドルであることを鼻にかけてアイドル以外を下に見る態度が、私は許せない。
「おお怖い怖い、あんまり睨まないでおくれよ。あたしゃもう前線を退いてんだ、クリハラの娘になんか睨まれた日にゃ、怖くって眠れなくなっちゃうだろう?」
「少しも怖がってなんかいない癖に」
「アンタ、ちょっとは立場をわきまえな」
シャーカがそう言って机の上にあるベルを鳴らすと、すぐにメイド服を着た侍女が部屋の中に入ってくる。シャーカが侍女達に顎で指示すると、侍女達は私を無理矢理椅子から立たせて羽交い締めにする。
「もうクリハラ家には連絡を入れてある。すぐに迎えが来るさ……それまで大人しくしてな」
「っ! 放して! 放しなさいよ!」
「いいかい、怪我させないようにすんだよ。上の部屋に連れていきな。お姫様は天辺の部屋って、相場が決まってるだろう?」
シャーカがニヤリとそう笑うと同時に、私は部屋の外へと連れ出された。
私が連れ込まれたのは、ベッドとデスクがあるだけの簡素な部屋だった。シャーカのいう通り本当に天辺の部屋のようで、窓から下を見ると城下町が見下ろせた。
「……ガーヤくん、逃げ切れたかな……」
もしガーヤくんまで捕まっていたら、アイドルバスターの人達にまで迷惑がかかってしまう。何とか逃げ切ってくれていれば良いんだけど……。
ダンは、どうしているだろう。
あの後少しでも元気になっていてくれれば良いけど、私を助けに来るような無茶はして欲しくない。
本音を言えば助けてもらいたいけれど、この城には恐らくアイドル達の部隊がある。ヤナナやアルールさんのように一対一で戦うのならまだしも、複数のシンデレラが相手ならグラスボーイだって厳しいだろうし、何よりここにはレオナがいる。
アイドルにはなりたくなかったけど、ダンの無事を祈るなら私はこのままクリハラ家に引き渡された方が良いのかも知れない。
「……お父さん……」
寂しい時、辛い時、どうしても思い出すのはもういないお父さんのことだった。
シャーカ直属のアイドル部隊のリーダー、コーア・ツェーダは、他のメンバー達と共にアイドル城付近を警備していた。先日、アラグでダン・リベリオンを名乗る男がシンデレラを駆り、レッドライン・ベル・ドゥー=キーを撃破してヤナナ・ヤーヤヤを殺害した事件以来、このオリョークではシャーカの指示でシンデレラによる警備が毎晩行われていた。
しかし何か特別、シンデレラで対応しなければならないような事件が起きることは少なく、コーア達は実に退屈な夜勤を連日強いられていた。
早い所警戒態勢が解かれ、通常通りの業務に戻りたかったが、その半面問題が起これば手柄を立てるきっかけにもなる。
眠気をコーヒーで誤魔化しつつ、コーアはシンデレラのカメラとレーダーに視線を向け直す。
「む……?」
不意に、シンデレラ城へ高速で接近する高熱源反応をレーダーが察知する。当然その機体は味方の識別番号を持っておらず、コーアは目を見開くとすぐに周囲で待機している部下へ通信を送る。
『こちらコーア! 城へ接近するシンデレラらしき高熱原反応を確認! 各自迎撃態勢に入れ! 件のダン・リベリオンかも知れん、城に一歩も入れるな!』
どこから来る……? とコーアはレーダーを確認して、顔をしかめる。このシンデレラ、何とアイドル城の正門へと向かっているではないか。
「馬鹿な奴め、袋叩きにしてくれるわ!」
ニヤリと笑みを浮かべてそう言った後、コーアは再び部下へ通信を繋ぐ。
コーア達の乗るシンデレラ、アサルト・キラー・ビーストは世界初の動物型シンデレラだ。犬を模したこのシンデレラは、単体での戦力こそガルズ・E等に劣るものの、集団での戦闘に長けている。生産コストも低く、他のシンデレラよりも大量生産出来たため、アイドル大戦末期に大量投入された量産機である。
『
コーアの指示と同時に、城へ近づく”球体”を、全てのA・K・Bがメインカメラに捕らえた。
球体モードのグラスボーイには、低速で移動する隠密状態と高速で移動する強襲状態が存在する。隠密状態のグラスボーイはレーダーで探知しにくいため、ダンが普段グラスボーイを上空で待機させていられたり、ドルォータのドックへ無事に移動出来たのはそのためである。ダンが乗っている以上あまり取られない作戦ではあるが、グラスボーイはどうやら奇襲攻撃をコンセプトとした機体のようだった。
ドルォータを出てグラスボーイに乗ったダンは、ドルォータの近くを少し離れるとすぐさまグラスボーイを強襲状態へ切り替えた。まどろっこしいのはダンの性に合わない。目的地に辿り着くのなら、なるべく早い方が好ましかった。
「あァ?」
日の出をバックに城へ向かっていると、レーダーにシンデレラの反応が複数出現する。どうやら警備しているシンデレラがいるのだろう。
しかし、それで退くようなダンではない。むしろ己の存在をアピールするかのように、ダンはグラスボーイの速度を上げた。
すると、犬型のシンデレラ、アサルト・キラー・ビーストが正門の方向からグラスボーイへサブマシンガンを放ち始める。だがグラスボーイの装甲からすれば、その程度の実弾は豆鉄砲と大差がない。ダンはニヤリと笑みを作ると、正門へ辿り着く前にグラスボーイの変形を始めた。
「グラスボーイ!」
人型へ変形したグラスボーイは、上半身を前のめりにして背中のブースターで一気に加速する。
『そこのシンデレラ、止まれ! 止まれェ!』
『俺は止まらねえ男、ダン・アンストッパブル! 止まる時ャァ死ぬ時だァ!』
グラスボーイが正門へ辿り着く寸前、一体のAKBがグラスボーイへ飛びかかる。
『ここを通れるとお思いですかぁっ!』
スピーカーから聞こえた声を聞いた瞬間、ダンはニヤリと笑みを浮かべる。そして飛びかかり噛み付こうとするAKBの頭部を右腕で掴むと、そのままメインカメラをギリギリと握りしめる。
『く……ぅっ……! 放しなさい! 無礼者!』
『テメエその声! カフェで会った女だなァ!』
『馬鹿な! 何故男性のあなたが……っ!』
『丁度良いぜ、ムカついてたからぶっ殺したかったンだよ! 死ねェッ!』
そのままメインカメラを握り潰すと、グラスボーイはコクピットの場所を確認しようともせず左拳をAKBの胴体へ叩き込む。派手に爆音を上げるAKBを適当に投げ捨てる(勿論この時点で町に被害が及んだ)と、グラスボーイは警戒して様子を見るAKB達の眼前……つまり正門前へと降り立った。
『オラァ! どけクソ共ッ! 俺はこの城に用があンだ! クソッタレのアイドル共はすっこんでいやがれェ!』
『すっこむのは貴様だダン・リベリオン! 男の癖にシンデレラを駆り戦の真似事しようなど、許されることではない! かかれ!』
リーダー格らしき女の声が響くと同時に、AKB達がグラスボーイへ飛びかかる。グラスボーイはそんなAKB達へ、鬱陶しそうに両腕を振り回す。
低コストで量産された量産機と、かつて莫大な資金をかけて作り上げられた一騎当千のグラスボーイ、スペックだけで見れば結果は火を見るよりも明らかだった。
AKBはそもそも集団での戦闘に特化した機体だ。だというのに一体だけ飛び出すわ統率の取れていない攻撃を始めるわで酷い有様である。訓練が行き届いていない、平和ボケしたアイドルに、本気のダンとグラスボーイが負ける理由はない。
『おいおい、知らねえのか!?
一体、また一体と破壊されるAKB。
『貴様ァァァァッ!』
絶叫と共に突っ込んできたAKBに、正面から右拳を叩き込むと、グラスボーイの右腕はAKBのメインカメラを貫通する。
『元々”男の花道”だ! 覚えとけ!』
爆散する寸前のAKBを放り投げ、グラスボーイは城を見据えると、すぐにその正門を派手に破壊する。
『カナデーーー! 俺だァ! 来たぞォォォォ!』
そのまま何をし始めるかと思えば、ダンは派手に門を破壊しながら城の敷地内へと入り込んだのだ。
先程のAKB達が破壊されたせいで他のアイドルが来たのか、それとも元々待機していたのか、再びAKB達がグラスボーイへと襲い掛かる。
『カナデェ! 俺はなァ! スッゲー嬉しかったぞォ!』
AKBを強引にふっ飛ばしながら、ダンはグラスボーイのスピーカーから、どこへいるともわからないカナデへ精一杯叫ぶ。
『情けねえ弱音吐いちまった俺をォ! お前は受け入れてくれたなァ!』
最早ダンには、AKB達に乗っているアイドルの声など聞こえていない。完全に彼女達を無視したまま、ダンはひたすらグラスボーイからカナデへ語りかける。
『そうだ! お前は俺を包み込んだ! まるでお袋みてェにだッ!』
その言葉と同時に、また一体AKBがふっとばされる。恐らく町は大パニックになっていることだろう。
『頼む! お前は! お前は俺のォォォォッ!』
捕らえたAKBを両手で掴み、グラスボーイはそのまま一気に引き裂いた。
『”母さん”になってくれェーーーーーーーーーーッ!』
引き裂いたAKBの破片を放り投げ、ダンはそう叫ぶ。
あの時カナデから感じた母性が、ダンは忘れられない。あの温もりが、穏やかだった過去を思い出させてくれる。似ても似つかないハズなのに、どうしてか母の面影を重ねてしまう。
だからだろうか、カナデの受容があんなにも心に染み込んだのは。
冷えた全身を包み込むような、まるで何もかもを許してくれるような母性。羊水のような温かさを、きっとダンは求めていた。
「ダーーーーン!」
AKB達がほとんど殲滅された頃、不意にグラスボーイが一人の少女の声を拾う。見れば、城の頂上らしき部分の窓から人間が顔を出しているのがわかる。
メインカメラで拡大して見ると、そこにいたのはカナデだった。
『カナデェェェェッ!』
グラスボーイが右手を伸ばすと、カナデは少しだけ躊躇した後、すぐに窓からグラスボーイの右手へと飛び込んでいく。グラスボーイはそれを優しく受け止めると、すぐにその場へうずくまってコクピットのハッチを開ける。
そして降ろされた梯子をのぼってコクピットへ乗り込んだカナデを見て、ダンは思いっきり表情を明るくさせた。
「無事か! 母さん!」
「母さん言うな! ていうか死ぬかと思ったわ!」
そんなやり取りをして、ダンとカナデは数秒顔を見合わせる。そしてカナデが耐えきれずにクスリと笑みをこぼすと、それに釣られるようにしてダンも豪快に笑い始めた。
「ありがとう、ダン」
「感謝はいらねえ。俺は勝手にやる男、ダン・ジコチュー」
強引で好き勝手でやりたい放題、ダン・ジコチューは不敵に笑うのだった。
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