第七話「閃光は蒼く、絶望は紅く」
まあぶっちゃけ本気で死ぬかと思った。
これはもう覚悟決めるしかないな、と諦めてベッドで眠り込むことにした私が思ったより普通に眠りに落ちてから大体四時間くらいだろうか。突如轟音&轟音で起こされて外を見ると、犬のようなシンデレラが派手に吹っ飛んで行くのが窓から見えて普通に夢なんじゃないかと思った。
見れば、朝焼けの朱を美しく反射させた水晶の巨人が、破竹の勢いで次々とシンデレラを撃破していく姿があった。
その光景を見て、ダンが助けに来てくれたんだ、と理解して泣き出しそうになったし、嬉しくて仕方がなかった。でも、破壊されてふっとばされるシンデレラが、ちょいちょい町の上空で爆発しているのを見た時は流石に青ざめた。
というかやっぱりこれ夢なんじゃないかな、ともう一回ベッドに入ろうとしたら急に母さん呼ばわりである。
夢が良かった。
「よし母さん、逃げるぞ」
「だから母さん言うな! 何が悲しくて十歳以上年上の息子を持たないといけないのよ!」
「肩、凝るか? 俺は今日、何の家事を手伝えば良い? 俺は母思いの男、ダン・コーコーモノ」
「凝ってないし家事もない! 言ってる場合か!」
「……だな」
ダンがそう答えると同時に、グラスボーイが立ち上がる。メインカメラを見ると、異様な姿をしたシンデレラが正面からグラスボーイを見ていた。
「レオナ……」
そこに浮遊していたのは、緑色の凸凹した……かぼちゃのような形状の物体だった。
「レオナって……じゃあアレは!」
「コイツグラスボーイと同じアンチシンデレラユニット―――」
『パンプキン・ドレス』
ダンの言葉を継ぐように、かぼちゃ型シンデレラのスピーカーから澄んだソプラノの声が聞こえてくる。それと同時に、かぼちゃから帽子を被った貴婦人のような頭が飛び出してくる。
「ダン、変形する!」
「さッせるか死ねェッ!」
変形途中のかぼちゃに対して、グラスボーイは容赦なく右拳を突き出す。このまま変形前に潰せてしまえば良かったのかも知れないけど、そう簡単に事は運ばない。
「何……ッ!?」
『無粋だよダン。レディの着替えは待つのが紳士だと思わない?』
グラスボーイの拳は、かぼちゃから飛び出した腕によって阻まれていた。それにダンと私が驚いている隙に、グラスボーイの頭部にかぼちゃから飛び出したもう一本の腕が伸びる。
「チィッ!」
反応が間に合わず、避けきれないで頭部を殴られたグラスボーイは、よろめきながらも何とか踏みとどまる。そうしている間に、かぼちゃの変形は完了していた。
そのシンデレラは、浮遊している。下半身は大きく広がったドレスのようで、足らしきものは見受けられない。しなやかでなだらかな、女性的なボディから伸びる腕には、ドレスのパフスリーブのような装甲が付いている。
そして変形が始まってから最初に出てきた貴婦人頭のメインカメラが、こちらをジッと見据えていた。
『綺麗でしょう? ボクのパンプキン・ドレス』
パンプキン・ドレス、というのはどうやらあのシンデレラの名前らしい。パイロットは……レオナは得意げにスピーカー越しにそんなことを言う。
「ドレスが綺麗だァ? 心まで腐りやがったなレオナ!」
「いや別にそこは腐ってない! ドレスは綺麗でしょうが!」
あまりの言い草に抗議したけど、うるせえ、と適当に一蹴されてしまった。
『ダンのそれは……台無しだね。あんなに綺麗だったグラスレディ・・・をそんなにしちゃうなんて』
グラスレディ……?
「ケッ、あんなクソみたいなボディの機体、乗れるかってンだ。こいつァグラスボーイだ!」
『あくまで否定するんだね、女であることを』
「俺は男だ。過去も今も、そして未来も。俺がそう信じる限り、こいつが……カナデが認めてくれる限りッ!」
「ダン……」
そう言い放ったダンの瞳に、もう弱さはない。自分を男だと言えなかった、あの時とは違っていた。
『まあ良いけどさ。それでどうする? 出来ればやめておきたいんだけど、ボクは立場上ダンを止めなくちゃ』
「立場上だァ? テメエの意思じゃねえならやめちまえ!」
ダンはそう言いつつ、グラスボーイにファイティングポーズを取らせる。どう言おうがレオナとは戦闘になることを見越しているのか、コクピットの中は緊張感で張り詰めていた。
『どっちにしても、ここでこれ以上暴れられるのは困るんだよね』
レオナがそう言うのと同時に、パンプキン・ドレスは急速に接近するとグラスボーイの両腕を掴む。
「テメエ!」
『まあまあ、ダンだってここで無闇に被害を広げたいわけじゃないでしょ』
パンプキン・ドレスはグラスボーイの腕を掴んだまま強引に浮上し、城の向こう側の森へと移動する。勿論グラスボーイは抵抗したけど、パンプキン・ドレスにガッシリと掴まれた両腕が放されることはなかった。
そうして被害が町や城へ広がらない位置まで来ると、パンプキン・ドレスは適当にグラスボーイを放り投げる。グラスボーイはうまく受け身が取れずに尻餅をついたものの、すぐに立ち上がると、降下して来るパンプキン・ドレスに対して身構えた。
「なめやがって……ッ!」
城や町への被害を考えて移動した、という点は確かに正解だと思う。だけど、それは同時に必ず勝てるというレオナの確信でもある。城から離れれば離れる程、倒せなかった時ダンは逃げやすくなる。増援が来るのであればまた別だけど、レオナがダンと一対一で戦うつもりがあってこうしたのなら、レオナは随分とダンを下に見ているとも取れる。
『さあおいでダン。ボクが受け止めてあげる』
「あいにくもう受け止めてもらった後でな! 俺は母性に受け止められた男、ダン・ベイビィだ!」
ベイビィなんだ……。
『だったらボクが、ダンのママになってあげる』
レオナが言い終わるよりも早く、グラスボーイは真っ直ぐにパンプキン・ドレスへと向かっていく。
グラスボーイの透き通った拳がパンプキン・ドレスへ伸びる。しかしその拳は、パンプキン・ドレスへ直撃する前に何かに阻まれた。
「これはッ……!」
『ラインド』
そこにあったのは、下半身のドレスと同じ色……深緑色の装甲板だった。それはアイドルエネルギーで操作しているのか、宙に浮いた状態でグラスボーイの拳を受け止めている。
すぐさまグラスボーイは左腕で殴り掛かるが、ラインドと呼ばれた装甲板がもう一枚飛来し、グラスボーイの腕を止めてしまう。
「そんな……!」
パンプキン・ドレスの周囲には、何枚ものラインドが浮遊していた。どうやらそれらは下半身の装甲が分離したもののようで、見れば下半身はラインドが剥がれたであろう部分だけ黄色い下地が見えてしまっている。
「しゃらくせェッ!」
ラインドを振り払うように腕を振り、グラスボーイは強引にパンプキン・ドレスへ拳を叩き込まんと何度も撃ち込むが、何枚ものラインドがグラスボーイの攻撃を阻んでしまって一向に届かない。その間、パンプキン・ドレスは何もしないで見ているだけで、グラスボーイを攻撃しようともしなかった。
あのグラスボーイが、完全に弄ばれていた。
『あぁ……伝わる……感じるよ……ラインド越しに感じるダンのアイドルエネルギーがわかる、わかるよぉ……』
「おおおおおおおおッ!」
『寂しい? 辛い? 悲しい? 独りぼっちだった? もう大丈夫、ボクがいる。ボクも寂しくて辛くて悲しくて独りぼっちだったけど、これからはダンがいてくれるね。ああ、愛してる、とっても愛おしいよ』
必死に拳を届けようとグラスボーイを操作するダンに対して、パンプキン・ドレスはガード以外何もしないまま語り続ける。レオナの余裕っぷりが更にダンを焦らせているのか、隣にいるダンの表情には全く余裕がない。
『無理だよダン、グラスレディを使いこなさなきゃ』
「グラスボーイだッ!」
『しょうがないなぁ。今度はボクを感じてよ』
レオナがそう言った瞬間、一筋の赤い閃光がラインドの隙間を縫ってグラスボーイへ飛来する。即座に反応してグラスボーイはそれを回避しながら後退したけど、かすったせいで肩の装甲にダメージが入る。
「今のはッ!?」
再び、赤い閃光がグラスボーイを襲う。今度は完璧に避けながら、グラスボーイはメインカメラでパンプキン・ドレスの動きの一部始終を捕らえていた。
「アイドルビームか……ッ!」
「アイドルビームって……!」
ヤナナのドゥー=キーがアイドルエネルギーを放出してクリムゾンサーベルを形成したのと、やっていることはそれほど変わらない。パンプキン・ドレスは、アイドルエネルギーを用いてその指先からビーム攻撃を放ったのだ。
『出力は低めだからさ』
パンプキン・ドレスの五本の指先が、グラスボーイへ向けられる。
『ボクの愛で壊れないでね』
次の瞬間、同時に十本の細いビームがグラスボーイを襲う。グラスボーイはそれを右に転がる形で回避して、再びパンプキン・ドレスとの距離を詰める。
『避けないで感じてよぉ!』
再び放たれる十本のビーム。しかし先程同じように撃たれたビームなら、避けるのは難しい話ではない。グラスボーイは再びそれを回避して、パンプキン・ドレスのラインドへ殴り掛かる。
「その邪魔な板、どかねえならぶっ壊して――――」
ダンが言葉を紡ぎ終わらない内に、どういうわけかグラスボーイの背中に衝撃が走る。
「きゃあっ!」
想定外の揺れに思わず悲鳴を上げながら、私はコクピットの座席にしがみつく。
「何だ!?」
グラスボーイが振り返ると、そこにあったのはパンプキン・ドレスの元を離れたラインドだった。それが意味することをダンが理解出来ない内に、次のビームがグラスボーイを襲う。
背後から撃たれてよろけるグラスボーイへ、パンプキン・ドレスは何度も容赦なくビームを放つ。パンプキン・ドレスは一方向からしか撃っていないハズなのに、ビームは様々な方向からグラスボーイへ襲い掛かる。
『舞踏会の時間だよ。ガラスの靴が脱げないように気をつけてね』
抵抗出来ないまま何度も様々な方向から撃たれている内に、私達は理解する。いつの間にかラインドがグラスボーイを取り囲んでいること。そして――――ビームは、ラインドにあたって反射することで、全方位からグラスボーイへ飛来していること。
「クッ……ソがァッ!」
これでは全く方向が予測出来ない。近づけばラインドに阻まれ、遠距離ではラインドを利用したビーム反射による全方位からのランダム射撃。
「こ、こんなの……どうすればいいのよ!」
グラスボーイは抵抗が出来ないまま、パンプキン・ドレスのビーム攻撃でひたすら消耗し続ける。このままでは、ラインドに囲まれたままなぶり殺されるのも時間の問題だった。
「どうせそれも全部魔法アイドルエネルギーだろうが! 解いちまえば関係ねェ!」
パンプキン・ドレスからのビーム攻撃を受けながら、グラスボーイはその両腕を広げる。
『あはぁっ!』
それを見た瞬間、パンプキン・ドレスも同じように両腕を広げる。ダンの言う通り、パンプキン・ドレスもグラスボーイと同じアンチシンデレラユニットなら……
「タイム……」
「『オーバーッ!』」
二人の声が同時に響くと同時に、グラスボーイとパンプキン・ドレスから高密度のアイドルエネルギーが放たれる。グラスボーイから青色のアイドルネルギー、パンプキン・ドレスからは真っ白なアイドルエネルギーが発せられ、それらは混ざり合うことなく拮抗する。
『ボクとダンの愛比べだぁ! ボクが勝ったら嬉しいし、ダンが勝ったらダンはボクがダンを愛する気持ちよりもずっとボクを愛してくれている!』
「うるせえ黙れ! 止まれ! ぶっ殺してやるッ!」
噛み合わない二人の会話と同じで、二つのアイドルエネルギーは混じり合わない。
『ボクの愛で包んであげる』
しかし次第に、ダンのアイドルエネルギーが力負けし始める。
『ねえダン、アイドルエネルギーをうまく使いたいならさぁ』
ゆっくりと。飲み込まれていく。ダンのアイドルエネルギーが、真っ白なレオナのアイドルエネルギーに塗りつぶされていく。
「嘘っ……!」
『ちゃんとアイドルを、女を受け入れないと駄目だよ。アイドルエネルギーは愛と心の力、心と身体は一つだから、噛み合わない半端なダンじゃ』
そしてグラスボーイは、広げていた両腕を垂らす。力なく項垂れたその姿が、コクピットの中からでも想像出来た。
『ボクには勝てない』
「クソがァァァァッ!」
ダンがどれだけ必死に操作しても、出力が低下し切ってしまったグラスボーイはまともに動こうとはしない。レオナのアイドルエネルギーが、グラスボーイのアイドルエンジンに干渉して邪魔をしているのだ。
「嘘……?」
『ねえ、今のって頼みの綱だった?』
コクピットで必死に操作するダンをあざ笑うように、レオナはスピーカーで語りかけてくる。
完敗だった。ビーム攻撃とラインドに翻弄され、頼みの綱の”タイムオーバー”では押し負けてしまう。ダンとレオナの間には、想像以上に差がついてしまっていた。
『ダンもボクと一緒に女の子になって、アイドルになろうよ。そうすればグラスレディをうまく扱えると思うしさ』
「断る。女もアイドルもクソ喰らえだ。ついでにお前もな」
『え……?』
不意に、今まで悠然としていたレオナの声に動揺の色が宿る。
「この際だからはっきり言っておいてやる。俺はお前と別れる。今決めた」
『えっ』
今かよ。
「俺は新しい恋を探す男、ダン・ドリーマー。過去の男……ましてや女になったお前には、もう興味がねえ!」
『え……あ、えぇ……えぇ……? えぇ…………?』
パンプキン・ドレスが、数歩後退る。正直その気持ちはわからないでもないので、レオナが敵でなければもっと同情していたかも知れないくらいだ。
『う、嘘でしょ? だってボクはダンのこと愛してるから、愛してるボクのことをダンは愛してくれるでしょ……?』
「いいや違うな、お前のは現在一方通行だ。お前はレオナ・カタオモイになった」
『な、なってない!』
とうとう人の名前にまで手を出し始めた男、ダン・ジコチュー。
『違う! 違うよ! ダンはあの夜あんなにボクを求めてくれたのに!』
「あの夜はあの夜! それはそれこれはこれだ! 引きずりやがって女々しいんだよ!」
さっきまでシンデレラ同士で戦っていたハズなのに、今はただの痴話喧嘩だ。緊張感があるんだかないんだかわからない状況に頭を抱えたけど、もしかしたらこれはチャンスかも知れない。
相手のアイドルエンジンに干渉するタイムオーバー、アレがどの程度の時間影響を与えるのかわからないけど、こうして時間を稼いでいればグラスボーイの出力が戻るかも知れない。
ダンはレオナと話しながらも必死にグラスボーイを操作しており、さっきまでほとんど動かなかったグラスボーイが、今は手首くらいは動かせるようになっている。チラリとダンの表情を見ると、話しながらもどこか不敵に笑みを作っていた。
間違いない、これはダンの作戦で、時間稼ぎだ。
「いいかレオナ! 俺は男で、男として男が好きだ! 愛も恋も心かも知らんが、俺は純正の男にしか興味がねえ! 失せろ!」
『そ、そんなぁ……』
いやでもちょっと言い過ぎかなぁ。
私がそう思った矢先、パンプキン・ドレスがゆっくりと動き出す。
『愛が……愛が足りないんだ……愛が……ボクの愛が……ちっぽけだから……』
そして次の瞬間、急接近してきたパンプキン・ドレスはグラスボーイを思い切り殴りつけていた。
アイドルエンジンの出力低下のせいで、勿論受け身も取れないグラスボーイはそのまま大木にもたれかかるようにして倒れ込む。当然大木もグラスボーイの体重に耐えきれるわけがなく、メキメキと音を立てて折れ始める。
『愛が足りない愛が足りな愛愛が愛で愛だから愛を足りて愛ない愛が愛をあげて愛を愛し愛すれば愛こそ愛を愛が愛て相手愛を愛に愛して愛を愛すれば愛を……』
パンプキン・ドレスはスピーカーから支離滅裂な言葉を吐き出しながら、何度も何度もグラスボーイを殴りつける。
『これでどうだこれはどうだこれならこうだこれをこうしてこれなら愛をこうして』
私が見てきた感じ、グラスボーイの装甲はかなり硬い。アルールさんと戦った時は何度も攻撃を受けながら立っていたし、さっきだってビーム攻撃を何度も受けながらも装甲はまだ残っていた。
しかし、動けない状態でこうして何度も殴られ続ければ、いくら硬いグラスボーイの装甲でも耐えきれない。徐々に剥がれ始めた装甲のせいで、パンプキン・ドレスの攻撃による衝撃がコクピットにもかなり響いている。
パンプキン・ドレスは、ラインドとビームを使っていたせいで遠距離戦をするタイプのシンデレラのようだったけど、そもそもパンプキン・ドレスは”グラスボーイを持ち上げて運ぶ”くらいのパワーは持っているのだ。そのパワーから繰り出される拳が、強烈でないハズがない。
「ちょっとダン! 時間稼ぎどころか逆効果だったんじゃ……」
「ああクソ! レオナの奴プッツンしやがった!」
焦って乱暴に操作するダンだったけど、グラスボーイは受けているダメージのせいもあってロクに動きそうもない。そうこうしている間にもパンプキン・ドレスの攻撃は勢いを増すばかりで、このままでは本当に抵抗出来ないままグラスボーイごと殺されてしまいかねない。
「……おい、カナデ、いや母さん」
「言い直すな!」
「一か八か賭けてみる、この後どうなるかわからん……多分俺は倒れる。お前に任せて良いか?」
母さん、だなんてまだのたまうものだからどんなふざけたことを言うのかと思ったけど、ダンの表情は真剣そのものだ。まるで何かを覚悟したようなその表情に、私は言いようのない危うさを感じてしまう。
「グラスボーイにアイドルエネルギーが貯蓄されているのは知っているな。俺は今から、そいつを全部ぶちまける」
「ぶ、ぶちまけるって……!」
今グラスボーイが動けないのは、ダンのアイドルエネルギーがレオナのアイドルエネルギーによって抑えつけられているからだろう。今グラスボーイを動かしているアイドルエネルギーとは別に、貯蓄されているアイドルエネルギーがあって、それを全てこの戦闘に注ぐということなら、確かに一か八か現状を突破出来るかも知れない。
だけどそれは、グラスボーイの貯蓄されたアイドルエネルギーを一度空っぽにするということだ。そんなことをすれば、グラスボーイはこの後自律行動が出来なくなってしまう。
「お前は俺が倒れた後、グラスボーイをお前のアイドルエネルギーで動かして逃げてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私シンデレラの操縦なんてマニュアルしか――」
「他にねえ! やるぞッ!」
私の承諾を待たないまま、ダンは凄まじい勢いで手元の画面を操作し始める。すると、コクピット内に二種類の警告音が流れ始めた。
恐らく片方は機体の損傷が激しいことを通知するアラーム、そしてもう片方は多分……貯蓄されているアイドルエネルギーを解放したことに関するアラームだ。
「きゃっ!」
今まで停止していたグラスボーイが、突然動き出す。突然立ち上がったグラスボーイを見て、警戒したのかパンプキン・ドレスも攻撃の手を止めて数歩退いた。
「散々調子こきやがってカマ野郎が! 俺は最早ブチギレた男、ダン・アングリーだァッ!」
サブカメラやメインカメラ越しでもわかる。グラスボーイの透き通った身体は、充満したアイドルエネルギーによって青く発色し始めている。それどころか、漏れ出した青いエネルギーを纏っているかのようだった。
『綺麗だよぅ……ダァン……』
意味のわかる言葉を発したので正気に戻ったのかとも思ったが、何だか恍惚とした声音なのでそういうわけでもなさそうにも思える。少なくとも、まだグラスボーイをそれ程警戒しているようには感じられない。
「ダン! アンタどのくらいエネルギー貯めてたのよ!」
「一々覚えてられっか! コイツが勝手に貯めンだよ! 行くぜグラスボーイ――」
瞬間、カメラの景色が一瞬で移り変わる。
『なっ……!?』
そしてこの時ついに、今まで悠然と戦っていたレオナが驚愕の声を上げた。
「ブルーライトニングッ!」
即座にグラスボーイは背後からパンプキン・ドレスに殴りかかったが、間一髪のところで飛来したラインドがグラスボーイの拳を阻む。
「かぼちゃを食う時ゃなァ! 皮からぶっ壊すンだよォッ!」
そのままラインドに一撃。今までは何度殴っても中々壊れなかったラインドだったけど、今度は違う。グラスボーイの一撃を受けたラインドは、そのままメキメキと音を立ててひび割れ始めたのだ。
スピードだけじゃない、パワーも格段に上がっている。よく考えれば、特殊な武装を持つパンプキン・ドレスに比べると、グラスボーイはアンチシンデレラユニットというわりには少し地味にも思える。だけど違った、きっと、きっと今のこの状態こそがグラスボーイの真骨頂。貯めに貯めたアイドルエネルギーを全放出し、一瞬で全てのケリをつける。ある意味ダンの性にあっていそうな……超攻撃型シンデレラ。
『そんなっ……!』
ラインドが砕け散ると同時に、パンプキン・ドレスは慌てて後退する。それを追いかけるように前進するグラスボーイに、パンプキン・ドレスは両指からビームを発した。
『来ないでっ! 来ないでよ!』
「来いっつったり恋っつったり来るなっつったり忙しいなテメエはよォ! 俺はダン・ジコチューだっつってんだろうが! 人の指図は受けねェェェッ!」
ダンが叫ぶと同時に、グラスボーイの纏っているアイドルエネルギーが膨れ上がる。パンプキン・ドレスの放ったビームは、その膨れ上がったバリア状のアイドルエネルギーに触れた瞬間その場で雲散霧消してしまう。
す、すごい……無茶苦茶だこれ……わけわかんない……。
ああやって消してしまえばもう反射も何もない。後はラインドを叩き割ってパンプキン・ドレスに直接叩き込むだけだった。
「オラオラオラオラオラァ!」
『怖い! 怖いよぉ……オラつかないでよぉっ……ボクこわいぃ……っ!』
「忘れたのか! 夜の俺はオラオラ系だったろうがッ!」
いらない知識がまた一つ。
「オォォォォラァァァッ!」
ダンの雄叫びと共に、パンプキン・ドレスを守るラインドは次々粉砕されていく。もうほとんどのラインドを使ってしまったのか、皮の剥げたパンプキン・ドレスのスカートはもうほとんどが黄色い下地のみになってしまっていた。
「ハァッ……ハァッ……クソ!」
「ダン……!?」
貯蓄されているアイドルエネルギーを解放したとは言え、AKBとの戦闘、ここまでのパンプキン・ドレスとの戦闘、何よりタイムオーバーの使用がもうダンを限界に近い状態にまで追い込んでいる。そして多分、この状態のグラスボーイを操作するのにもかなり体力を使っているんだと思う。
ダンのこともそうだし、このままここでのんびり一対一が出来るとも思えない。追手が来る前に、もう決着はつけてしまわなければならなかった。
「オオオオォォォォォォッッ!」
両手を広げたグラスボーイの腕の装甲が、両腕とも拳へ集中していく。そうして肥大化した二つの拳を、グラスボーイは一つに合わせて力強く右側に引いた。
「レオナ、愛していた」
『えっ……?』
小さく呟かれた二つの声が、バチバチと迸るアイドルエネルギーの音にかき消される。パンプキン・ドレスは、もう抵抗しようとはしなかった。
「ダブルサンブレイクゥゥゥゥゥゥ……ッ!」
『……ありがとう、ダン』
レオナがそう呟いたのが聞こえると、ダンの頬を一筋の涙が流れ落ちる。ダンはそれを拭おうともしないまま、振り払うように絶叫した。
「フィストォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!」
蒼き稲妻の迸る剛の拳が、パンプキン・ドレスのメインカメラの直線上を駆ける。美しき貴婦人の頭は、蒼き閃光と共に派手に爆ぜた。
そしてそれと同時に爆発はパンプキン・ドレスの上腕部、胴体にまで及ぶ。ドゥー=キーの時よりも派手に大破したパンプキン・ドレスは、完全に機能を停止するとそのまま地面へ倒れ込む。
グラスボーイとパンプキン・ドレス、その決着が、着けられた瞬間だった。
しばらく、ダンは何も言わなかった。流れてくる涙を拭おうともしないまま、ダンはその場でただ沈黙する。
私は何も声をかけることが出来なかった。いくらレオナが敵だったとは言え、ずっと捜していたダンの元恋人であることに違いはない。最後にレオナに告げた言葉が嘘じゃないなら、ダンだって辛いハズだ。
何かうまく言葉をかけてあげられたら良かったけど、何も思いつかない。そうして重い沈黙がコクピットへ充満すると……ダンはそのままその場で糸が切れたようにうつ伏せになった。
「えっうそ、ちょっとダン!」
それと同時に、グラスボーイが完全に停止したのかコクピット内の電気もカメラも切れ、そのままグラスボーイは倒れ込む。酷い轟音と衝撃を伴い、案の定私は頭を打ってしまう。
「ま、任せるって言われたけど……!」
多分ダンは、私にアイドルとしての素質があることを見越して頼んだのだろう。そもそもあの時、アレ以外に手段はなかったわけだし、だからこそ「一か八か」だったのだと思う。
だけど私はまだ子供で、アイドル細胞も成熟し切っていない。アイドルエネルギーなんか使ったこともないし、そもそもシンデレラの操縦を実際にしたことはない。
とにかく急いでダンを座席からどけて、何とかそこに座り込む。そのまますぐにグラスボーイを色々いじっては見たものの、グラスボーイはうんともすんとも言わなかった。
これは多分、操作がどうこうの問題じゃなくて単純に私からアイドルエネルギーがちゃんと出ていないだけだ。
「ああもう……どうしよう……!」
折角レオナを倒したって、このままではダンも私もオーキャッツに捕まってしまう。AKB隊との戦闘からパンプキン・ドレスを倒すまで、それなりに時間は経っているだろうから既にシャーカもオーキャッツも動き始めているハズだ。
早くここを立ち去らないと、動けないダンとグラスボーイじゃシンデレラ達を退けることは出来ない。
「もう! 動いて! 動いてよ!」
ガンガンと叩いたところで動くわけがない。耳をすますと、もう近くまで来ているであろうシンデレラのアイドルエンジンの駆動音が聞こえてくる。
最悪、このままグラスボーイを捨ててダンと一緒に逃げようかとも思ったけど、私の腕力じゃダンを運び切れない。だけどダンを置いて逃げるつもりもない。
そうこう考えている内に、こちらにシンデレラの小隊が近づいてくるのが見えてくる。九機のAKBと、それを率いる真っ赤な機体。アレは、オーキャッツなんかじゃない。
「嘘……?」
私はその機体を覚えている。分厚い装甲でありながら、鋭利なフォルムを持つその機体は、背中から可視化出来る程濃密なアイドルエネルギーによるマントを羽織っている。
そいつが、こちらへ右手をかざした。手のひらの発射口から放たれるのは紅蓮の炎。
「きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げてしまったけど、意図的にその炎はグラスボーイから外されている。周囲の木々を燃え上がらせ、“シンデレラの王”が降り立つに相応しい舞台を作り上げる。
『待たせたな、あまりにも駄々をこねるようなので出向いてやったぞ……カナデ』
「……お母さん……!」
その名はレッド・スイート・
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