第2話
ずっと、特別として生きてきた。
初めて自分が他人と違うと気づいたのは、小学校2年生のころだったと記憶している。
運動会のかけっこの練習をしていた時だった。
その日の朝、私は母親に『本番で1番を取れたら、なんでも買ってあげる』という約束をしてもらっていた。
なんてことはない、どこの家庭でもあるようなご褒美だ。だけど、それがすべてのきっかけだった。
当時大好きだったアニメのおもちゃを買ってもらいたかった私は、その日、一生懸命に走った。
ただ、ただ、一生懸命に。
異常に気づいたのは、走り終わって自分が何番だったのか確認しようとしたときだった。
タイムを計っていた先生は、ひどく怯えた顔をしていた。
後ろを見ると、一緒に走っていたはずの子たちは、まだスタートしたばかりだった。
なんでそんなことになったのか、理由は分からない。しかし、努力や技量によるものではないことだけは分かった。だって私は、前の日まではびりっけつを走っているような子だったのだ。
そうして、なんの特別なきっかけもなく。私は『マモノ』と認められたのだ。
それからの記憶は、おぼろげだった。
良く分からない黒い服を着た大人たちがやってきて、なぜかうちはお金持ちになった。
無償の愛を注いでくれていたはずの両親は、どこかよそよそしく、腫れ物を触るように私に接するようになった。
よく笑う子だと言われていた少女は、笑えなくなってしまった。
中学校に入ったころだった。
マモノに関しての授業があった。科目は覚えていないけれど、多分公民だとか道徳だとか、そういった類いだったと思う。
そこで、『マモノの三原則』について説明をされた。
そのとき私は、両親が何故自分によそよそしくなったのかを知った。
マモノは、愛されてはいけないのだ。
悲しかった。けれど、仕方ないとも思った。それがルールなのだとしたら、守らなければならないのだから。
そう、諦めようとして。その思いは、すぐに勘違いだと気づかされた。
三原則は、守られてなどいなかった。
作られたは良いものの、取り締まりの難しさなどによってすぐに形骸化したそれは、ほとんど意味を成していないものだった。ルールだけあって、一応守っている体裁は取っているが、誰も本気で気にしてはいなかった。
マモノは、マモノ同士で勝手に集まって。
1人ぼっちだった私は、ルールを破ることに快感を覚えるような連中にいじめられ。
――そして、マモノを愛している人間が、至って普通に存在していることを知ってしまった。
ルールならば、我慢が出来た。両親は彼らの身の安全のためにしているのだと自分を慰めることが出来た。もしかしたら、私のことを想っての行動なのかもしれないと自惚れる事が出来た。
だけど、ルールに意味がないのならば。
なぜ、両親は私を愛してくれなくなったのだろう。
笑えなくなった少女は、泣くことも出来なくなってしまった。
あの人に出会ったのは、偶然だった。
たまたま、私がいじめられている現場にあの人が遭遇して、止めに入った。『こいつはマモノで、人間じゃない』と主張する人たちに対してあの人は、
「マモノなら尚更駄目だろう。『マモノは、迫害してはならない』んだから」
至極真面目な顔してそう言った。
その後、殴られそうになったあの人を助けるために私が大立ち回りをしたりなんて一幕があったりはしたのだけれど、そんなことはどうでも良かった。
あの人にとっては、それは当たり前のことだったのだろう。ただ、決まりを守っただけだったのだろう。『そういう性格の人』だっただけなのだろう。
だけど、私はそれに救われた。
私は、ずっと特別として扱われてきた。
特別な才を発揮し。
特別だと定められ。
人とは違うモノとして生きてきた。
だけど、そんな私を、あの人だけは『当たり前』の下に扱った。
それが、どうしようもなく嬉しくて、眩しくて。
だから、私はあっさりと恋に落ちたのだった。
その後、あの人の学校を調べて、そこに入学して、すぐに告白をした。
私のことをこれっぽっちも覚えていなかったのには怒りを覚えたけれど、同時に、『普通のこと』として処理されているのが少しだけ嬉しかった。
それから、あの人に付き纏うようになって、好きだというアピールをしながら、好きにならないでくださいと言い続けた。
ちなみに、あの人は勘違いしているが私は『嫌いになってください』とは1回も言っていない。愛されなければ良いだけで、わざわざ好きな人に嫌われたいと思うわけがない。
勘違いはもう一つ。あの人は、三原則を誰もが守っているルールだと思っていた。
初めて会ったときは、形骸化しているルールだとしても守る律儀な人だと思ったのだけれど、そこまででもないらしい。
そのことに気づいた後も、あの人に本当のことを言わなかったのには、理由がある。
形骸化しているとはいえ、マモノと人間が結婚することは認められていないというのがひとつ。公に愛し合っていると言えないのは、きっと辛いだろう。
だが、そんなことよりも。私はただ、怖かったのだ。
マモノは『迫害されない』。たとえどれだけ嫌っていたとしても、たとえどれだけ疎ましく思っていても、マモノと共にいることを拒否することは出来ない。
あの人以外には、そんなものは関係がなかっただろう。私をいじめていたあの人たちのように、あっさりとそれは踏みにじられただろう。
しかし、あの時、『ルール』のために私を助けたあの人にだけは。真実を伝えなければ、それは間違いなく効力を発揮する。だからこそ、私はそのルールに縋りたかった。
ルールがなくなったからといって、私を拒否するような人ではないことは、頭では理解していた。だけど、どうしても、『ルールがあるからこそ私の相手をしてくれているのではないか』という疑問を拭い去ることは出来なかった。来るわけないと思っていても車通りのない道路で信号を待ってしまうように。いるわけないと思っていても、ホラー映画を見た後はお風呂に入るのが怖くなるように。
私は、動き出すことが出来なかった。
たとえ、結ばれる可能性があるのだとしても。
思いを伝えることは、告白をすることは簡単だった。ただ、自分の気持ちをぶつければいい。
しかし、誰かの思いを確かめることは、どうしても出来なかったのだ。
――だけど、それももう終わり。
私は、あの人の優しさに報いなければならない。
たとえ、否定されたとしても。
そうして、私はメッセージを送る。
貴方が思っているほどに、世界は禁じられていないのだと。
マモノと呼ばれし彼女へと 蛸キウイ @Noga91
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