#14、大型クエスト⑦


「ああ、お前さん達が新しい餌か」



 未だハーピーの大合唱が続く中、フィール達の背中に弱々しい男の声が耳に届く。



「あ、アンタは」


「お前さん達と同じアイツ等の餌だよ」



 自嘲気味に呟いたのは、商人風の中年男。目の下に濃いクマをこさえ、白髪混じりのぼさぼさの髪をしたその人物は覚束ない足取りでふらふらと歩み寄る。



「おっ、おい。大丈夫か」


「ああ。大丈夫だ」



 とても大丈夫そうに見えない。男の目は酷く暗く、まるでこの世の地獄をみたとばかりに絶望の色を映している。

 恐らくハーピーに拐われた商人の一人なのだろう。どうやら男は服装からフィール達を冒険者だとは気付かず、同じく不運な人間だと誤解したようだ。

 力なく笑い、着いてこいと踵を返す。



「皆、新しい仲間が来たぞ」



 案内されたのは大きな葉の上に積み上げた果物と、それを囲む二十人足らずの男達。

 だが男達はフィール達を見ることもなく、全員虚ろな目で口から涎を垂らしたり、ぶつぶつと一人言を呟き続けている。



「ああもう全員いかれちまったか。悪いな、兄ちゃん達」


「い、いや」


「ははっ。じゃあ簡単にここでの短い生活を説明するぞ。そこに果物が見えるだろ。それが今日からお前さん達の飯だ。もちろん食う食わねえはお前さん達の自由だ。だが少しでも長く生きたいと思うなら食っとけ。でねえと」



 男は言葉を切り、洞窟の隅を指差す。

 そこはごみ捨て場なのだろう。遠目だが人の物と思わしき頭蓋や骨が無惨に打ち捨てられているのが分かる。


 結構な数だ。

 想定はしていたが、改めて目にするのでは違う。フィール達の内半分が奥歯を噛み締め、半分が辛そうに顔を背ける。



「ああなる」



 まるで紙に書いた文章を読むかのように淡々と話す男。彼もまた狂い始めているのだろう。



「それから逃げるのもご法度だ。食われるより悲惨な死に方になる。俺はそれで食われた奴を何人もみてきた」



 それだけ言うと、男は横になり一切の呼び掛けに応じなくなった。

 フィール達は一度顔を見合せると、果物の山の前に座る。一つ手に取ってみれば、収穫してからそれなりに時間が経過していたのだろう気色の悪い感触が指先を通して伝わってくる。こんなものを食べたら間違いなく腹を壊すだろう。先程の男の顔色が悪かったのはこれが原因かもしれない。


 フィール達は比較的状態の良い果物を選び、一つだけ口にする。



「まっず」


「我慢しろ」


「これ食ったら固まって夜をあかすぞ」









 そんなこんなで次の日。

 側頭部に鈍い痛みを走らせながら、赤く充血した目でフィールは辺りを見渡した。



「(全員いるな)」



 囚われの被害者、囮部隊ともに欠けはない。ただ囮部隊は全員徹夜だったのか、皆フィールと同じく赤の目で、欠伸を噛み殺す。


 そこへ昨日同様、騒がしい鳴き声。

 振り向けば少々数の減ったハーピー達が鶏のように天井に向いて歌っていた。


 これが美声で有名なセイレーンであったのなら皆酔いしれていたことだろう。だがしかし今フィール達の鼓膜を刺激するのは、聞くに耐えない音痴な雑音。全員耳を塞ぎ、彼等に気付かれないよう舌打ちする。


 いっそ殴れたらどんなに良かったか。

 我慢しながら、ハーピーの数が減った数について思考する。



「(ボス……はいる。消えたのは偵察か新たな餌の調達に向かったか)」



 ざっと見て五十近くは居ない。

 救助だけならこの隙は使えるかもしれないが、壊れた人間を抱えて出るには無理が過ぎる。フィール達は顔を見合せ、予め決めていたハンドサインで会話を交わす。


 人差し指、親指、それを撃つ動作、拳。

 これは夕方に仕掛けるぞという意味だ。

 全員が顔を見合せて頷く。


 そしてフィールは自分を指差したのち、親指と人差し指で丸を作る。

 先制は自分がやる、という合図だ。



 具体的な作戦は煙幕で自分達の周囲を隠し、その隙にフィールはボスへ。装備を整えた魔法組は各属性で補強した土の壁で被害者ごと包んでひたすら籠城。前衛は援軍まで暴れまわる。

 それだけだ。






 一方その頃、強襲組は――。



「では先陣は“聖騎士の誓い”に任せるが、異論はないな」


「異議なし」


「うちも」


「オレんとこもだ」



 入念な打ち合わせの真っ最中だった。

 ガリウスは一つ頷き、“聖騎士の誓い”に向き直る。



「大変な役目だが四人とも頼んだぞ」


「ああ、任せてくれ」


「りょーかい」


「が、頑張ります」


「ええ」



 簡素ながらもしっかりと首肯する聖騎士の誓いの面々に、他の冒険者が流石だとざわめく。



「(ふふっ、当たり前じゃない。私達は聖騎士の誓いなのよ)」



 すました顔の下、モニカはにやけそうになる口角を気合いで支えていた。方々から向けられる羨望の眼差しが心底気持ちいい。



「(私達は四人で完成した最強のパーティー。あんな女なんか居なくてもこの先、ずっとやっていける。それに今頃あの女、ハーピーの餌になってるかもしれない。そうでなくとも百を越える魔物を前に無事でいられるわけがない)」



 モニカの脳内に、無様に倒れ伏したフィールをよそに華麗に敵を蹴散らす自分の姿と、それを見て「なんでこんな雑魚に焦れ込んでいたんだろう。モニカ、目を覚まさせてくれてありがとう」とはにかむジークが連想される。

 これこそが正しい未来なのだと微塵も疑っていないモニカの心の中に歪んだ愉悦の芽が生えていく。


 だがそれも直ぐに刈り取られた。



「必ず被害者とフィ……ごほん。危険な役目を請け負ってくれた彼等を救出しよう」



 あの女の名を言いかけた。

 いい気分から一転、腸が煮えくり返るような怒りがモニカ腹の中で渦を巻く。



「どうしたんだいモニカ」


「っ、何でもないわ。頑張りましょうね」


「? そうだね」


「(……何処まで。何処まで私を苛つかせればすむの。フィール!)」





 ◆ ◆ ◆ 






 時は進み、夕方。



「行くぜ!」



 フィール達は作戦を決行した。

 ギルバートがアイテムボックスから煙幕を取り出し、床に投げつける。

 ばふんと音を立て、周囲に黒い煙が広がっていく。煙はあっという間にフィール達を覆い隠した。



「ギャキャ!?」



 動揺するハーピー達。

 そこへ間髪入れずフィールが勢いよく跳躍し、ボスとの距離をつめる。

 今のフィールは帽子にマフラーの男装ではなく、いつものローブ姿だ。

 突然のキャストオフに、ボスがたじろぐ。



「おらぁ!」


「ピギャッ」



 フィールの拳はしっかりとボスを捉え、めきょっと嫌な音がした直後、色の濃いハーピーは凄まじい速度で地面に叩き落とされる。



「ぎ、ギャっ!!」



 だがフィールの攻撃はここで終わらない。

 重力の力を借りて凄まじい踵落としが繰り出される。当然の事ながら、ハーピーボスはここで絶命した。


 大多数を相手に大立ち回りは、まず司令塔を潰すのが基本だ。案の定、煙幕とリーダーを失ったショックでハーピー達が行動が一歩遅れた。



「はぁっ!!」


「食らいやがれ、サンドニードル」



 そこへギルバートとクロードが打って出る。広範囲に出現した土の槍が混乱するハーピーへ降り注ぎ、断末魔と悲鳴が洞窟内を反響する。



「ギャアギャア!」



 どうやら獲物の反逆に大層お怒りのようだ。何匹かが上に飛び、大きく翼をはためかせる。もちろん只の浮遊ではない。生み出された風の刃が地上、フィール達に向かっていく。またある者は体を砕かんと、その爪を振りかざした。



「遅い」


「ギャキャ!?」



 けれどやはり統制はとれていない。ハーピー達は各々攻撃を仕掛け、何度か同士討ちをかまし、仕舞いには何匹かがフィール達そっちのけで喧嘩を始めた。

 その時だった。



「セイントスラッシュ!」



 入口から光の刃が一匹のハーピーを切り裂く。強襲組が到着したようだ。



「助けに来たよ!!」



 聖騎士の誓い、ジークムントだった。

 その後ろには彼の仲間と残りの冒険者達が雄叫びをあげて雪崩れ込んできた。

 だかしかし、フィールを含め黄金の剣に答える余裕はない。爆発音と沢山の魔法、剣撃が戦場をいきかう。



「ああもう、鬱陶しい!」



 鉤爪と風の刃を避け、お返しを叩き込もうと跳躍した刹那、



「ファイアブラスト!」


「!?」



 フィールとクインズハーピーの間に大きな爆発が巻き起こった。


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