#15、大型クエスト終了
「フィー!」
クロードが叫ぶ。
次いで爆発から二つの人影が煙を上げ、それぞれ別の方向へ堕ちていく。
一つは当然フィールだ。
だんっと着地し、フィールは忌々しげに舌を打った。咄嗟に防御した両の前腕が、じくじくと痛むのだろう。眉と眉の間に皺を作り、フィールはペンダントからポーションを取り出し、中身を一気に呷る。
それを確認し、クロードはホッと胸を撫で下ろした。そして火球を放った者を鋭く睨み付ける。
方向はジークムント、いやジークムントの傍で援護しているモニカだ。
彼女はずっと敵に集中していますと言わんばかりに、想い人に襲い掛かるハーピーを蹴散らす作業に入っている。
だがしかし、ポーションを飲んで回復したフィールを一度だけ視界に入れると、仕留め損なったとばかりに険しい顔を見せた。
確実にワザとだ。
そう確信したクロードの全身に燃えるような怒りが沸き上がった。
クロードが一歩足を踏み出す。
「クロード! 悔しいのは分かるが、今は後にしろ!!」
「ギル」
「フィー! 気を付けろ。援護と見せかけてもろとも魔法ぶっぱなす醜女がいんぞ!」
どうやらギルバートも一部始終を目撃していたようだ。明言は避け、ギリギリ誰を指しているか分かるように大声でフィールへと知らせる。
瞬間、ハーピーを注視していたモニカがギルバートへ振り返り、その顔を醜く歪ませる。それを見たギルバートは心の底から嘲笑った。『自分が醜女の自覚があったんだな』と――。
「なるほど。犯人はアイツか」
癒えた両の前腕を上下に振ったのち、フィールは床に散らばっていた小石程度の尖った土の破片を一つ拾い、握りしめる。
「ぶっ殺したいが、今は少し黙らせるか」
足に力を入れ、再度跳躍する。
目的地はモニカではなく、空。一体のハーピーの上に躍り出る。
踵落としを食らわせ、次のハーピーまでの足場にした直後、握りしめていた欠片をモニカの足元へ素早く投擲する。
勿論、自分だとバレないよう大きく身振りはしない。さもハーピーがやりましたという風に偽装する。
一拍、モニカの足元スレスレに欠片が突き刺さる。
「ひっ!?」
「モニカ!」
ジークムントが慌てたように振り返り、強襲を受けたモニカは、へなへなとその場に座り込む。
(あと少しズレてたら、間違いなく足に突き刺さってた)
深々と地面に打ち込まれた欠片に、モニカの顔が面白いように青ざめる。同時に股の間から暖かな液体が滲み出た。
「っ、」
「ちが、ちがうの」
ジークムントがモニカの失禁に気付き、モニカはそこでハッと我に返った。そして青ざめた面を羞恥に染め、見ないでと繰り返す。
「ジーク、モニカ。なにぼうっとしてやがる。敵がまだいんだ。さっさと戦え!」
二人の状態にルイズが渇を入れ、二人は慌てて戦闘に入り直した。
だかしかし、思いの外、精神的ダメージが大きかったのだろう。その後のモニカの魔法にキレはなく、防ぐのがやっとという高ランクパーティーには有り得ない体たらくを見せるのだった。
「皆、よく頑張ってくれた」
夕方、無事ハーピー討伐と被害者の救助を終えた一行は、森の夜営にてささやかな宴を催していた。
ガイウスの労いに冒険者達が「おおっ!」と返す。 まだ興奮が覚めやらぬのか、それとも被害者以外誰も死者が出なかった事への喜びか、まるで酔っ払ったようなノリで騒ぎ始める。
それを横目にフィール達、黄金の剣は食事を取っていた。一日腐りかけの果物ばかり口にしていたのだ。
「あー、生き返る」
「ギル。食べ過ぎないようにね」
因みに宴の中に聖騎士の誓いの姿はない。
実は宴が始まる前、彼等にフィール達は呼びつけられた。
あの土の欠片をワザと投げたな、と。
不快の色を隠さずにフィールを見つめるモニカを除く三人は彼女の所業を知らず、詰めよってきたのだ。
『ああ。確かに投げた』
『っ。君は最低だな。ギルバート、この事はガイウスに報告させてもらう』
そういい放つジークムントにギルバートは鼻で笑った。
『なら此方もするぜ。先にフィールにワザと手ェ出したのはお前のとこの魔法使いだ。ポーションで回復したが、怪我まで負わせられた。だからフィールは警告も兼ねて石を投げた、とな』
『そんな馬鹿な!?』
『あんのバカっ』
『信じられねぇなら今ここに魔法使い、モニカとガイウスから嘘を見抜くアイテム借りてくるか持ってるギルド員連れてこい。まあペナルティを受けるのは間違いなくお前等だろうがな』
そう、フィールはあくまで攻撃で黙らせるためにやっただけでモニカ自身に当てたわけではない。対するモニカは悪意を持ってフィールに怪我を負わせた。作戦会議の際に取り決めたルールを自らの意思で破棄してまでだ。
あまりの堂々した態度に劣勢だと感じとったのだろう。
『くっ、失礼する』
『ジークムント』
逃げようとした彼の背中をクロードががしりと掴む。
『君が“聖騎士の誓い”のリーダーであるのなら言うべき事があるんじゃないのか』
『きっさま』
屈辱を孕んだジークムントの目がクロードを睨み付ける。だがそれはお門違いだ。
クロードの指摘は当たり前の物なのだ。そこへギルバートも追撃をぶつけていく。
『お前等もお前等だ。今回の事はお前等が面倒事を笑って流した結果、招いたツケだ。今回は無事で済んだが、いつかアイツは同業殺しをやるぞ』
『っ、』
ルイズもセダも何も言わない。
否定出来なかったのだ。それどころかモニカなら何時かやりかねないと思ってしまった。
『今回の事はオレからガイウスに話す』
結果、ガイウスに尋問されたモニカは見事黒判定が出て宴への参加を禁止、テントでの謹慎が言い渡された。
勿論フィールは正当性が認められて、お咎めはなし。後日、聖騎士の誓いから正式な謝罪と彼等にペナルティを課す事を約束させたのだった。
一方その頃。
「このっ大バカ野郎!」
聖騎士の誓いテント内に、バシンという叩きつける音が響く。
音の主はルイズ。
彼女は力一杯、モニカの頬を平手打ちした。
「な、なにすんのよ!」
「それはコッチの台詞だ! 自分が何をしたか本当に分かってンのか!!」
叩かれた頬を押さえ、モニカはぐっと押し黙る。だがそこに自分のしでかした事に対する罪悪感はない。
「(ガイウスに言い付けやがって、あの女。クソッ、あの時もっと強い魔法で殺しておけばペナルティ食らう事もなかったのに)」
有るのはフィールへの逆恨みと愛しのジークに迷惑をかけてしまったという想いのみ。
「だっ、だって仕方ないじゃない。あの女はジークに色目を使ったのよ! 忘れたの、以前勘違いした女がいきなり斬りかかってきたでしょう。だから私は」
「モニカ……」
正しい事をした。何で分かってくれない。反省のはの字もない、モニカの言動にルイズとセダの眉がこれ以上なく吊り上がる。
「ふざけんな!!」
またモニカの頬にビンタが飛んだ。
そろそろ誰かが気付いても良さそうだが、セダが防音魔法を使ってくれているため、このやり取りは中にいる四人以外届く事はない。
「(どうしてどうしてどうして)」
訳が分からないモニカは、ずっと黙っていたジークムントへ助けを請う。
「ジーク! ジークなら分かってくれるでしょう。私は何も悪くないって!」
「……ああ。全て私の所為だったのか」
「ジーク?」
無言を貫いていたジークムントが、モニカへと近付いて膝を折る。
慈愛に満ちた優しい瞳。
やはり彼は自分の味方なのだとモニカが喜んだのも束の間、
「ごめん。君にこんな事をさせてしまって」
「ジー、ク」
「本当にすまない」
「……え」
ジークムントはそれだけ言うと、モニカをきつく抱き締めた。
これはなんだ。
何でジークが泣きそうな顔でアタシを抱き締めるの?
やめて。
やめてよ。
これじゃあまるで。
「ああ。君は何も悪くない。悪いのは……全て、私だ」
「あああああああああああああああああ!!」
防音魔法の張られたテントに、モニカの叫び声だけが鳴り響いた。
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