#13、大型クエスト⑥



 それから大した危険に遭遇することはなく、ハーピー討伐部隊はアウデヴィア山脈近くの森まで進軍した。


 全員手慣れた手付きで魔除けの粉を撒き、テントの設営を終わらせる。本来は麓周辺で行う予定だったのだが、それが出来なくなったのだ。


 遠くの山、アウデヴィア山脈に目線をやる。遠目からでも分かるハーピーらしき羽のついた魔物が山脈周辺を旋回している。


 その数ざっと百匹。

 加えて山脈外壁の穴、捉えられている人質のいるだろうそこに潜んでいる奴等も想定して最悪二百は越えるかもしれない。


 ハーピーはその醜悪な見た目とは裏腹に素早く、成人男性を一人軽々と持ち上げられる脚力を有している。


 これが山脈に近寄れない理由だ。

 下手に刺激して人質と逃走、或いは食事に入られたら目もあてられない。クインズハーピーは肥えた男性の肉を好むが、他は食べられないという訳ではないからだ。

 

 現在、総指揮官のテントでは各パーティーの代表者を招いて今後について話し合っている。



「今回は厳しいクエストになるじゃろうな」



 王蛇四兄弟の一人、弓使いのドリトレが山脈方向に顔を向けて唸った。

 同様に他の冒険者達の表情も渋い。

 かなりの数が居ると分かってはいたが、あまりにも多すぎたのだ。

 元も含めて冒険者数は四十弱。


 救出だけならまだいい。だが討伐と同時平行となるとあたりにも難しい。

 かといって救出だけを優先すると、逃げたクインズハーピーは間違いなく近隣の村や集落を襲うだろう。そうなれば冒険者ギルドの信用問題に発展する。



「最悪、囮もありえるだろうね」



 薪を集めていたクロードが至極真面目に、ドリトレに返す。

 囮とは意図的に敵に捕まり中から掻き乱す、油断させる役割のことだ。



「んだ。寧ろそれが今んとこ有力候補じゃないべか」



 今頃、スケープゴートの押しつけあいに白熱しているかもしれん、とドリトレがぽつりと漏らす。


 それはそうだ。

 例え報酬や貢献ポイントに加算されたとしても、誰だって数百匹の群れに囲まれて戦闘したくない。立候補するとしたら命知らずか腕に自信のある者くらいだろう。



「囮か……少し面白そうだな」



 所定の位置に燃料を置き、フィールは軽く肩を鳴らす。



「あははは。でもフィー、今回は倒すだけじゃないからね。ほら、フォレストウルフの時思い出して」



 瞬間、フィールが苦い食べ物を口にしたように眉を寄せる。しかもあの時以上に逃げ場無し、見知らぬ誰かを守りながらハーピーお代わり無制限と聞いて露骨にテンションが下げる。


 (とても面倒臭い。穴の中にしびれ玉でもぶちこんで、両方無力化するか)


 そこへフィールの思考を読んでいたのだろうクロードが、笑顔で強襲する時は勝手な行動したらダメだよと釘をさす。



「なら外で暴れる方がマシだな」


「んだ」



 クインズハーピーは鳥科の魔物だ。

 夜目の聞かない外でなら幾らかは狩りやすいだろう。薪の収集をしながら、フィールはその辺に生えていた果物を収穫していく。


 そうこうしていると、会議を終えたらしいギルバートとドリトラが戻ってくる。

 但し両者の顔色は、重く優れない。



「(まさか)」



 フィールの脳裏に嫌な予感が掠める。

 そしてそれは当たっていた。

 フィール達“黄金の剣”と他一つのパーティーが厳正なる抽選(押しつけあい)の結果、今回の囮役という這えある役を頂いたのだ。


 周囲から同情と自分達ではなかった安堵の視線が寄せられる。 



「すまんのぅ」



 ドリトラが申し訳なさそうに頭を下げる。察するに彼は反対してくれたのだろう。ただ力及ばすこの結果になった。



「いや、ドリトラさんが悪いわけではないですから。それにどの道誰かがやらないといけない事ですし」


「しかしのぅ」



 尚もいい募ろうとするドリトラをギルバートが手で制する。此処で文句を垂れるよりこれからの事を考えた方が建設的と考えてだ。


 クロードとフィールをテントに招き、三人は臨時の作戦会議を開く。



「で、どうするんだ」


「どうすっかね。情報では穴ん中に捕らわれてる商人が三十人程度、全員生死は不明。風の魔法により内部はこうなっているそうだ」



 ギルバートが懐から茶色の紙を取り出す。

 紙面には大雑把ながら絵が書かれている。複数の穴から奥にいくと大きな空間に繋がっており、恐らくそこに被害者達がいるとのことだ。



「メンバーはオレ等と“紫煙の風”の二組」


「紫煙の風?」


「魔法戦士と魔法使いで構成したチームだよ」


「そうなると俺達が中で暴れて、彼等が守護にあたるのかな」



 その通りだとギルバートが頷く。



「オレ等が全員前衛型だからな。あとで紫煙の風とも打ち合わせはするが、その心づもりでいてくれ」


「了解」


「それからフィー」


「何だ」


「理解してっと思うが、穴ん中で作ったアイテムはぶっぱなすなよ」


「……分かった」








「お前達も運がないな」


「違ぇねえ」



 夕暮れの光を受けつつ、旅人を装った紫煙の風と黄金の剣はアウデヴィア山脈を登る。

 ギルバートの同意に紫煙の風が乾いた笑みを出す。紫煙の風は五人の男性で編成された非常に男くさいパーティーだ。


 全員何かしらの属性魔法を有しており、ギルバートの予想通り、被害者の保護を担っていた。



「しっかしなぁ」



 紫煙の風のリーダーらしい一際大柄な男がフィールに視線を投げる。

 そこには深い帽子とマフラー、クロードのジャケットを着たフィールの姿があった。女性に見えないようにと、変装した結果である。



「何だ」


「いや、度胸あるなと思ってな」



 クインズハーピーは、その嗜好から絶対に女の肉は食べない。だがそれはイコール襲わないの図式にはならず、変装が見破られでもしたらまず命はないだろう。

 

 そうこうしていると、上空を旋回していたクインズハーピーがフィール達目指して降りてくる。



「ギャアギャア」



 赤い目をした、老婆いや老婆を模したキメラがあっという間に一団は取り囲む。



「ひっ、なんでクインズハーピーがいやがんだよ」


「知るかよ! に、逃げねえと」



 事前に打ち合わせした通り、全員で何も知らない旅人を演じる。

 それとは知らず、羽の生えた魔物は追加の餌に、お宝を前にした盗賊にも似た歪んだ笑顔と雄叫びをあげる。

 鼓膜を劈く鳥の声に、全員が耳を塞ぐ。

 その時だった。



「うわぁ!!」



 クインズハーピーがギルバートを鷲掴み、一気に空へ飛ぶ。それに倣えと他のハーピー達が無力な旅人を演じたフィール達を捕らえ、自分達の棲み家へと羽ばたいた。










「ぐあっ!」



 細い穴を引き摺られ、転がされた先は開けた洞窟の中。地図と同じ構造の終着点だ。

 多くのハーピーが食料にギャアギャアと喜びの叫びをあげ、洞窟内に反響する。

 その数、ざっと二百弱。


 フィールを除く全員が、ごくりと息を飲んだ。これを相手にして、且つ被害者を守れるだろうか。そんな表情だ。


 そんな彼等の心情を露知らず、ハーピー達は誰がどれを食べるのか争っているのか、諍いを始め出す。



「(あれが、ボスか)」



 大柄な男の背中に隠れて周囲を見渡していたフィールの目がある一点で止まった。

 大勢のクインズハーピーの上。

 まるで玉座だとでもいうかのように、突き出した岩壁に立った色違いのハーピーが退屈そうに毛繕いをしている。


 羽根はグラデーションがかり、他のクインズハーピーより一回り大きい。

 間違いなく、あれが群れのトップだろう。



「(あの羽は糸の材料になりそうだな)」



 柄に使えそうだ。

 深く被った帽子の下、フィールは酷く凶悪な顔で舌舐りをした。

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