第3章 新しい家族

 驚いた。まさか杏が領主様の娘として転生してたとは……。それはそうと杏の姿も転生前と変わってないなあ……。

『今日から新しい家族が来るとは聞いてたけど、それが櫂斗とは……。え? え? 櫂斗が家族? え、じゃあ櫂斗とけっこ……。でもでも、この世界なら家族とでも……』

 うん。この慌てっぷりは杏本人だわ。それにしても……

『おい杏。日本語で話すな。テンパりすぎだ。そして不穏なワードを言うな』

『はっ!』

 『はっ!』とするのが遅い、『はっ!』とするのが。

「カイ? アン? 何を話してるんだ?」

 ほらーお父様が不信がってるじゃん。

「いえ、お父様。なんでもありません(おい杏。後で俺の部屋に来い)」

「ええ、お父様。これから家族になるんですから仲良くしようと思いまして(わかった)」

 俺と杏は小声でコンタクトを取りながら誤魔化した。

「そうか。ならよいのだが……」

 何とか転生したことは隠し通せそうだ。

「カイお兄ちゃん。私は妹になったのですから丁寧な言葉を使う必要はないですよ?」

「そっか、わかり……わかった」

「はいです!」

 満面の笑み。義妹というより犬みたい。尻尾があったら千切れんばかりに振ってそうだな……。

「あ、そうそう。二人は全くの同じ日に生まれたようだから双子という扱いだ。一応カイが兄ということにしておこう」

「え? アンも双子月十六日生まれなの?」

「カイこそ」

(杏のほうが先に死んだからてっきり俺よりも先に生まれてると思ってたのに……。偶然もあるものだな……)

「これでカイとの顔合わせは終わりだ。みんな自由にしてていいぞ」

 そうお父様が言ってその場は解散となった。

『じゃあ杏あとで』

『じゃあね』

 そう杏と話して俺は自室に戻った。

 それにしてもこんな形で杏と再会するとはな……。


 約三十分後。杏が専属メイド(ラナというらしい)を連れて俺の部屋にやってきた。ラナさんを外に待たせておくと、杏は部屋に入ってきた。

「あ、メリー。そっかカイの専属メイドになったんだっけ? 元気だった?」

「お久しぶりです。アン様がよくしてくれていたので、表立って疎外されることはなくなりました」

「よかった」

 この二人は顔見知りらしい。どうせ杏のことだ。種族の問題で疎外されていたメリーを放っておけなかったんだろう。

「それはそうと……」

 杏が俺の方を向く。

『櫂斗、会いたかった!』

 杏が急に日本語を話して俺の胸に飛び込んできた。

『おっと』

 杏の動きが止まる。どうした?

『ぐすっ』

 杏氏、泣いておられる。ってなんで!?

『櫂斗会いたかったよ……。もう……もう会えないかと……』

『杏……』

『ごめんね……。先に死んじゃってごめんね……』

『いいんだ。俺も結局死んじゃったし』

『……櫂斗はなんで死んじゃったの?』

『それが……』

 俺は転生直前のことを話した。

『私のお葬式の日に死ぬとか、櫂斗って馬鹿なの?』

『うるせっ。お前が死んでショックだったんだよ……』

『そっか』

 ぎゅー。

『あのー杏サン? 少し離れてもらえると……』

『やだ』

『でも……』

『やぁ。今は櫂斗に触れてたいの!』

 せやかて杏さん。あなた胸部に二つの爆弾を持っているんですよ……。しかも相当のものを。それで俺は思いっきり杏に抱き着かれてるわけだ。そうするとどうしても双丘が押し付けられている腹部に神経がいって、もう柔らかいやら形は変わるわで思考が……。

『あ、杏。 その……当たってる……』

『え? 当たってるって……、あ』

 杏は俺から離れて

『櫂斗のエッチ……』

『そういわれても……』

 半眼で『エッチ……』と言う杏を可愛いと思ったのは秘密だ。

『とりあえず、また会えてよかった』

『うん』

 俺は杏に向けて両手を広げた。杏は最初、キョトンとしていたが俺の意図に気づいて顔を赤くした。そして俺に抱き着いてきた。俺も抱きしめ返す。

『本当によかった』

『うん!』

 杏の体温を感じられる。俺はそれだけで幸せだった。

「あの……」

 ここで今まで沈黙を貫いていたメリーが声をかけてきた。

「あ……メリー。何?」

「いや……お二人とも、さっきから何を話しているんですか?」

「え?」

「その言語は何ですか?」

「「……」」

 メリーがいることすっかり忘れてたわー。もう誤魔化せないな……。隣の杏を見る。彼女は完全にパニック状態になっている。ここは俺が何とかするしかないか……。

「メリー。これから話すことは他言無用だ。この三人の秘密。できる?」

「もちろんです。私はカイ様の専属メイドですから」

 即答!? 躊躇無し!? メリーさん俺のこと信用しすぎじゃね?

「……じゃあメリーには本当のことを話そう。アンもそれでいいよね?」

 杏が頷く。俺も頷き返す。そして俺は、前世は櫂斗として生きていたこと。杏と幼馴染であること。杏が先に死んでしまったこと。その後俺も死んで転生したこと。メリーに全部話した。

「……これが全部だよ。嘘だと思うかもしれないかもしれないけど……」

「カイ様の言ったことです。信じないわけにはいきません。このことは秘密、でしたよね?」

 この子……むっちゃいい子じゃん。

「じゃあこのことは三人の秘密だからね!」

 杏が元気に言う。

「じゃあこれからのことについて話したいんだけど、部屋にいるのこの三人だけだからこの世界の言葉で大丈夫だよね?」

「多分」

 俺達はこれからの生活について、注意すべきことについて話し合った。俺と杏はお互いのことをアン、カイと呼ぶこと、日本語は極力使わない、などなど。

 決めたあとは流れ的に解散になったのだが……、

「アンに聞きたいことがあるんだけど」

 ここでずっとアンに言いたかったことを言うことにした。

「何?」

「この世界って一応近親婚ありだよな?」

「はあ!? ちょっ、カイ何言って……」

「そうでございますね」

 慌てるアンの代わりにメリーが答えてくれた。

「そうか……」

 じゃあ覚悟決めないとなあ……。

「近親婚って……」

 やっぱりアン可愛いなあ……。

「アン」

「ひ、ひゃい」

 ……噛んだ。アンの顔がみるみるうちに赤くなる。

「ずっと言いたかったことがある」

「な、何?」

 メリーの前だけどいいか……。

「アン、いや杏がが先に死んでしまって、言わなかったことをずっと後悔してたんだ」

 俺は初恋の、そして今も恋心を抱き続けている相手に

「アンのことが好きだ。俺の恋人になってほしい」

 積年の思いを伝えた。

 アンの目が大きく開かれる。とても驚いている様子。

「……えっ?」

 意外にも最初に反応したのはメリーだった。いや、反応といっても小さなものだ。他の人だったら些細なことかもしれない。でも俺は妙に気になった。すぐに憂え顔になったし……。それはそうとアンからの返事は……。

「……」

 あれ? 返事が無い……。もしかして片思いだった……?

「……ぐすっ」

 泣いてる!? なんで!? そんなに嫌だったの!?

「カイ……」

「な、何でしょう?」

 振られるのか……?

「私も……私も前からずっとカイのことが大好きだよ!」

 本日三回目のアンとのハグ。やーらかい。

「ずっと……ずっと言いたかった……」

 頭を撫でる。すり寄ってくる。……猫みたい。

「ごほんっ」

「「はっ」」

 メリーが咳払いする。ジト目でこちらを見てきた。

「むぅ……」

 アンが残念そうに頬を膨らませる。

 アンさんそこむくれる必要あります?

「はぁ……。まあいいや。カイは今日から私の恋人だからね。……義理とはいえ兄妹だけど……」

「お、おう。ありがとな」

 なでなで

「えへへー」

 やっぱりアンは可愛いなあ。

「じゃあそろそろ部屋に戻るね」

「うん」

 扉に向かっていくアン。

「あ、そうそう。メリー?」

「何でしょうか?」

「カイのことをわかるけど、カイは私のものだからね」

「っ!?」

「は!?」

 アンがニヤニヤしながら爆弾を投下してきた。というか俺は俺のだよ。いつからアンのものになったんだよ……。それにしてもメリーが俺のことを?

「いや、あの、えっと、その……」

 口ごもるメリー。

 ぷしゅー

 あ、メリーの頭から煙が出た(ように見えた)。

「じゃあそういうことで」

 アンが俺の部屋を出ていった。残された俺とメリーの間に微妙な空気が流れる。

「あのー、メリー?」

「ひゃいっ!?」

 噛んだ……。メリーの顔がますます赤くなる。……デジャヴ。

「アンが言ってたことって……本当?」

「っ……」

 メリーが言葉に詰まる。

「……はぁ。ばれてしまったのなら仕方ありませんね……」

 次の瞬間、俺は床に組み伏せられていた。

「!? メ、メリー?」

「手荒な真似をして申し訳ありません。いかなる処罰も受ける所存です」

「いや別に処罰とかはしないんだけどさ……。どいてくれない?」

「嫌です」

「え?」

「嫌です」

「え、でも起き上がりたいんだけど」

「嫌です。私はカイ様をお慕いしております。もちろん異性として好意も持っています」

「いや、もちろんって言われても……。というかちょっとでいいから離れて?」

「嫌です。離しません。カイ様は私の主なのですから」

「じゃあ主の言うこと聞こうよ!」

 しかもね、嫌ですと言われても、その……、メリーも女の子なんだから胸部に双丘があるわけで。しかもあのアンよりも大きいものを……。それがですね胸板に当たってるわけですよ。そうすると……何というか……男の子的事情が……。

「あのーメリーさん? 当たってるんだけど……」

「構いません。私の身は全てカイ様のものですから」

「メリーが構わなくても俺が構うの!」

 やばい……。メリーの目が本気だ。こんな美少女に俺慕われてるの? 嬉しいやらアンへの罪悪感やらで、色々と思うところはあるけど……。というかメリー力強くない? びくともしないんだけど。俺より小さいはずなのに。

「はぁ……。はぁ……。カイ様ぁ……」

 いやー! メリーさん発情しないで! いくら淫魔族とはいえ、ここで発情しないで!

「私……カイ様と一生添い遂げます……」

 近い! 顔近いから! 唇くっついちゃうから!

 もう無理。俺の手には負えない。

「アン! アーン! 来てー!」

 届かなくても叫ばずにはいられなかった。

「呼ばれると思ってカイの部屋の前で待機してたわ」

 わーい。アンちゃんだーいすき。じゃなくて、

「アン! ちょっとメリー引き離して! 俺のファーストキスが奪われそうなのっ!」

「メリーどきなさい! 早く!」

「……わかりました」

 しぶしぶといった感じで離れるメリー。

 ……案外あっさりと離れてくれたな。

「はぁ……、はぁ……」

「カイ、大丈夫?」

「……もう少しでできたのに……」

「ちょっ、メリー。私も……私もまだしてないのに!」

「でも私にも意思ってものがありますし。それと、私はアン様の後でもいいですから」

 アンさん? メリーさん? あのー、俺が倒れてる真上で喧嘩しないでね。なんというか……その……目に毒だから。揺れるのなんの。どうしてもそっちに目が……。

「さっきキスしようとしてた人が何言ってるんだか……」

「別にいいじゃありませんか。減るものでもないですし」

 ……

「カイのファーストキスは一回しかないじゃないいのよ!」

「まぁ、あそこでアン様が来なければ貰うつもりでしたけど……」

 ……

「やっぱり! 油断ならないじゃない!」

「でもばれてしまいましたし。アン様がしてから私もするってことでいいので」

 ……

「なんでメリーがキスする前提なのよっ!」

「別によくないですか?」

 ……何この問答。

「そもそもなんでメリーは俺とキスしたいわけ?」

「私はカイ様が好きですし」

「それは確かにさっき聞いたね」

「なので私を妻にしてください」

 ここにきてまさかのプロポーズ。

「いやいや、俺にはアンがいるし」

「私は妾でもいいですし」

「……は? 妾?」

「あぁ。カイは知らなかったのね……。この世界は貴族は魔力継承の重視から妾を一人まで囲うことが許されているのよ。……私は認めないけど」

「別にいいじゃないですか。アン様が正妻、私が妾で」

「いやいや、ちょっと待ってメリー。メリーはそこまでして俺と結婚したいと?」

「はい」

「即答!?」

 この子、芯が強いなぁ。いいことなんだろうけど、言い換えれば『頑固』だからなぁ。

「はぁ。話してても埒が明かないし、結局決めるのはカイだから私はいいや。疲れた」

「えー。丸投げですか……」

「あ、でも私とは結婚してよね?」

「いや、それはもちろんするけどさ」

「……」

「いちいち赤面するのやめない!? こっちまで恥ずかしくなるから」

「……」

「メリーもジト目で見ない!」

 はぁ、疲れる……。


 そんなこんなで場が落ち着き……

「結局妥協点が見つからなかった」

「こればっかりは」

「妥協できないからね!」

 もうやだ……。

「そういえばメリー、カイの専属メイドなんでしょ?」

「はい」

「じゃあ同じ部屋で寝るんでしょ?」

「!?」

「はい。そうですね」

「……カイに手を出さないでよ?」

「約束できかねます」

「そこは約束してよっ!」

 アンがツッコミにまわるとは珍しい。それより

「メリー、この部屋で寝るの?」

「はい。従事の一環なので」

「まじか」

 女の子と同じ部屋で寝たこととか無いからなあ。姉さん、フィーは別。

「とにかく。カイは私のものなんだからね!」

 アンが俺の腕をとって所有アピールをした。さっきと同じだけど、俺の体は俺のものだからね?

「……今日のところは引きます。でも今後もアピールはしていきます」

「「……」」

 この子めげないな……。

「はい。この話はもうおしまい。そろそろ夕食だから食堂に行こう。な?」

 さっきもアンが言ってたけど埒が明かないから。


 夕食は俺が家族の一員となったということでとても豪華だった。宴会のような騒ぎでみんな歓迎してくれた。新しい家族と仲良くやっていけそうで安心した。


 そして深夜。宴会の騒ぎの音も静まり静寂が屋敷を包んでいた。……これからメリーと同じ部屋で寝るのか。

「失礼します」

 別室で寝間着に着替えていたメリーがやってきた。

「どう……っ!」

 メリーは露出の多いネグリジェを着ていた。最早そういうことをする気しかないように思えてしまうのは気のせいだろうか?

「どうかなさいましたか?」

「い、いや。なんでもないよ」

 なんでこんなにドキドキするんだろう……。

「じゃ、じゃあ寝ようか……」

「はい……」

 スルスル

 ……え!?

「ちょ、メリー。なんで俺のベッドに入って来るの?」

「え、だってこの部屋他に寝る場所無いですし」

 そういえばそうだったー。必要最低限のものしか置いてないからソファとか二つ目のベッドとか無いじゃん。どうすんだよ。

「え、でも流石に男女で同衾するのは……」

「嫌、ですか?」

「別に嫌じゃ……ないけど……」

 そう上目遣いで懇願されちゃ断れないじゃないか。

「じゃあ一緒に寝ましょうよ」

 こうして俺はメリーと一緒に寝ることになった。寝るときに目の前に美人がいると緊張するなぁ。そんなことを思っているとメリーが急に俺の頭を胸元に抱きかかえてきた。

「メ、メリー?」

「すぅ。すぅ」

 寝ていた。

 メリーは胸大きいし、着ているのが露出の多いネグリジェだから柔らかさと温かさが直に……。しかもなぜかいい匂いが……。ドキドキする。でもすごい安心感。人肌に触れているからだろうか。

 そうしているうちに睡魔が襲ってきた。俺は目を閉じた。すぐに深い眠りへと落ちていった。


 ……。

 ……。

 顔が何か柔らかいもので覆われている。というか息苦しい。何だろう? その『何か』を揉んでみる。

 むにゅむにゅ

 「ひゃんっ」

 ……しゃべった? じゃあこれは……。

「はっ!」

 途端に目が覚める。視線を上げるとメリーの顔が。

「おはようございます。カイ様」

 落ち着け。いったん整理しよう。

 メリーの胸元に顔をうずめている俺。

 ってはたから見たらアウトな構図じゃん。

「うわあ!」

 ドスン!

「大丈夫ですか?」

 驚きすぎてベッドから落ちて頭を打った。メリーが心配そうに身を乗り出してくる。慌てて目をそむける。

「ちょっ、メリー。ネグリジェ姿でその体勢やめて。胸元が強調されて見えちゃいけないものが見えそうだから」

「別に見てもらっても構いませんよ?」

「目に毒だから」

「そんなに嫌でしたか……」

「あ、そういうことじゃなくて……」

 シュンとしてしまったメリーを慌てて宥める。俺は女の子に弱いのかもしれない……。それより……

「メリー一晩中俺のこと胸元に抱いて寝てたの?」

「はい。とてもよく寝られました。ありがとうございます」

「ならよかった。……ってそうじゃなくて、ずっと抱きついている意味なくない?」

「あります」

「え、でも……」

「あります」

「そ、そう……」

 よくわからないがあるらしい。

「それはそうとカイ様」

「な、何?」

 メリーは顔を赤らめながら、胸元をおさえた。

「さっき……メリーの胸を触りましたよね……?」

「え? メリーの胸を?」

 思い返してみる。確かに柔らかい『何か』を揉んだ気はするけど……。柔らかいもの? 俺の顔を覆っていたものだから……。目が覚めた時に目の前にあったもの……。って、

「ご、ごめん。わざとじゃないんだ……」

 触るどころか揉んでましたね……。

「いや、別に良いですけど……」

「けど?」

「私を傷物にした責任をとって結婚してください」

「傷物にしてないし、飛躍しすぎじゃない!?」

「カイ、おっはよー」

 俺がメリーにツッコミを入れていると、寝間着姿のアンが入ってきた。起きてすぐに俺の部屋に来たのだろう。寝癖が少し残っている。

「じゃあ、このことはアン様に報告しますね」

「え、やめて」

 まじで軽蔑されかねないから。

「じゃあ結婚してください」

「なんでこの子こんなに結婚求めてくるの……」

 もうやだ……。このまま言われ続けたら、いつか頭がバグって「はい」って答えちゃいそう……。

「カイがなにしたか知らないけど、メリー。カイと結婚するのは私だからね」

「メリーは妾でいいですから」

「カイは私のなの」

「カイお兄ちゃん。修羅場ですね……」

 マーサさん? 扉から覗きながら不穏なこと言わないでね。怖いから。

 この言い合いいつまで続くんだよ……。

「もうこの話はおしまい。終了!」

「カイがそう言うなら……」

「カイ様がそう言うのであれば……」

 君たち口争いしていた割にそこは同じ反応するのね。この二人もうちょっと仲良くならないかな(元凶)。二人の言い争いには困ったもんだ……。

 ふと視線を感じた。そちらを見るとメリーと目があった。メリーがきょとんとして首をかしげる。……あれ? よく見たらメリーって俺のタイプじゃね?  待て待て落ち着け。落ち着いてもう一度確認するんだ。メリーを改めて見る。

 淫魔族特有の整った顔立ち。

 引き締まった四肢。

 アンをも凌駕するメイド服を押し上げる豊かな胸。

 ……あれ? 俺の好みにドはまりしてない? あれ? あれ? タイプって意識すると急にメリーが可愛く……。メリーってこんなに可愛かったっけ? 美人だとは思ってたけど……。

「カイ様? どうかされましたか?」

 うわ。びっくりした。考えてるところに急に覗き込まないでよ、メリー。

「い、いや。何でもない……」

 顔をそむける。意識しちゃうから顔が見づらい……。

「カイ様? 顔が赤いですよ? 熱でもあるんですか?」

 ちょっ。顔覗きこまないで。恥ずかしいから……。

「カーイ?」

 その時底冷えするような声が聞こえてきた。

「な、何?」

 声がした方に恐る恐る向く。アンが顔に笑みを浮かべている。でも目が笑っていない。怒っていらっしゃる。怖い……。怖いよアンさん。圧が凄い……。

「今、メリーに見とれてたでしょ……」

「え、いや……」

「そうなのですか?(ポッ)」

 怖い笑顔でじりじりと近づいてくるアンと頬を赤らめさせるメリーに挟まれる俺。助けを求めるために扉の方を見たが……いない。

(マーサさん!? なんでこういう時にはいないの!?)

「カイ……」

「カイ様……」

 ……嫌な予感。

「「えいっ」」

 ちょっ、二人同時に抱きついてこないで。

「なんでメリーまで抱きついているのよ!」

「別にいいじゃないですか」

 ふ、二人とも胸に俺の顔を引き寄せないで……。柔らかいやら、甘い匂いがするやら、息ができないやら……。やばい、意識が…。

 俺の貴族生活二日目はアンとメリーの胸元で意識を失うところから始まった。


「はっ!」

 意識が戻った。アンとメリーが心配そうに俺を覗き込んでいる。

「ごめん。カイ……」

「申し訳ありません……」

 二人とも謝ってくる。反省している様子。

「いや、もう大丈夫だよ。でももうちょっと二人は仲良くしてくれると嬉しいんだけど……」

「別に仲良くないわけじゃないんだけど……」

「カイ様のこととなると譲れなくて……」

 ……俺のせいでした。

「メリー。これが毎日続くと流石に日常生活に支障をきたしかねないから、控えてくれると嬉しい。一緒に寝るので我慢して……」

「……カイ様がそう仰るなら、結婚を迫るのは控えます」

 不服そうだけど理解してくれたようだ。よかった。

「でも……」

「?」

「寝るときには……甘えさせてくださいね?」

 ……。

 …………。

 ………………。

「……カイ?」

 ……何故バレた? メリーの発言が可愛いと思ったとかドキッとしたとか顔に出ないように、無の境地に至っていたというのに……。

「な、何でしょう?」

 アンさんどんな反応してる? 怒ってる? アンの方を見る。顔を赤くして俯いている。

 ……これは怒っていらっしゃる。

 ギュッ

「え、どうしたの?」

 アンが抱きついてくる。額を俺の胸に擦り付けてくる。顔には嫉妬の感情が。

「私を、一番に、甘やかして」

「お、おう」

 小声で、しかししっかりとした声で言ってきたアンに俺は肯定するほかなかった。え? 将来アンの尻に敷かれそうだって? やめて、言わないで、俺もそう感じたから。

 その時ラナがやってきた。

「アン様。朝食でございます。カイ様も」

 朝食ができたらしい。

「ほら、アン離れて。朝ごはんだよ」

「うん」

 いや離れようよ。腕に抱きついてんじゃん。

「……動きづらいんだけど」

「いいの」

 俺がよくないです。

 ギリッ……

 どこからか変な音が……。メリーさん? 鬼の形相になってるよ? 可愛いお顔が台無し。

「はあ。じゃあこのまま行こうか……」

 歩きづらいなあ。


 食堂に入ると既にお父様、お母様、マーサがいた。

「おはようございます」

「おはようございます、お父様、お母様」

「おはよう、アン、カイ」

「おはよう。カイ、よく眠れたかしら?」

「はい。とてもよく眠れました。まあメリーに抱きつかれていましたけど……」

「あらあら。メリーに抱きつかれるのが嫌なの?」

「いや。そういうわけではなく……」

 この人もからかうのが好きな人か……。

「マリア、カイをからかい過ぎるのはやめなさい」

「楽しいですのに……」

 確信犯!? しかもお父様『からかい過ぎるのは』って、からかうこと自体はいいんかい。

「それはそうと、カイ」

「? 何でしょう?」

「……何故アンがカイの腕に抱きついているんだい?」

 何だろう……。無言の圧力を感じる……。

「えっと、それは……」

「それは私とカイが恋人同士になったからです」

 アンさぁん!? 隠す気なしですかそうですか!

「何……だと……」

「あらあら」

 お父様そりゃ驚きますよね! でも圧力がだんだんと強くなってきているような……。お母様も面白そうだからって傍観に徹しないで! 場が収集しないから!

「私の可愛いアンに手を出すなんて……」

 いやー親バカ発動してるなー。

「いや、恋人になっただけじゃないですか……」

「アンを誑かす奴は……」

「誑かしてないです。ないですから!」

 お父様アンのこと溺愛しすぎじゃね? こんな風になるか普通?

「お言葉ですがアラン様」

 この混沌カオスと化した場の収集を図ったのは、

「好意を先に伝えたのはカイ様ですが、密着したのはアン様からですよ」

 まさかのメリーだった。

 メリー……。ここで助けてくれるなんて……。拗らせてるだけじゃなかったのね……。

「そうなのかアン?」

「まあ一応?」

「……カイのどこが魅力的なんだ?」

 何でだろう……。彼女の父親に「娘さんを私にください!」って言ったときってこんな感じなのかな?

「えっと、まずは優しいところですね。困っていると何も言わずに手を差し伸べてくれたり、なんだかんだ気使ってくれる。気配りもできるし、人の立場になって考えてくれます。次にかっこいいじゃないですか! 顔はもちろんのこと仕草もかっこいいことが多々あります! さらに……」

 アンさん……。俺のことを好きでいてくれるのはわかったから……。嬉しいんだけど……恥ずかしい……。

「そ、そうか……」

 お父様も若干引き気味だけど大丈夫?

「カイのことが好きなのか?」

「はい! 大好きです!」

 ……これ公開処刑か? 恥ずかしすぎる……。

「……わ、私よりもか……?」

「ええ、もちろん!」

「ぐっ……」

 何でだろう。今お父様に膨大なダメージが入ったように見えた。それはそうとアンさん、そこは「お父様も好きだよ」くらい言ってあげようよ……。

「ま、まあよい。それはお前たちの好きにしなさい。それより……」

「「?」」

「アンのさっきの言い方だと、アンは色々なカイの姿を知っているかのような口調だが……会ったのは昨日が初めてだろう?」

 ……やば。転生したことはできるだけ知られないほうがいいよな。

(おいアン。誤魔化せるか?)

(なんとかやってみる)

「別におかしなところはないと思いますよ」

「そうですよお父様。昨日今日でカイの人となりは大体分かりますもの。そうじゃなきゃ好きになりませんし」

 どうだ? 誤魔化せたか?

「うむ……。まあ、アンがそう言うなら別によいが……」

 ……お父様、アンに甘すぎじゃね?

「だから、私は将来カイと結婚するの!」

 アンさん……。結婚宣言する必要ある……? もうやだ……疲れた……。

 こうしてお父様に俺とアンの交際報告をしたのだが(する予定は無かった)、代わりに俺のライフも減った気がする……。

(私とも結婚してくださいね?)

 それも悩みの一つだから小声で囁かないでね、メリー……。


 そんなこんなで生活をしているのだが、貴族の生活は本当に暇だ。朝起きて朝食。その後自由時間で昼食を食べ、また自由時間。夕食を食べて自由時間、という非常に自由時間が多い生活をしている。過ごし方も人それぞれだ。俺は書庫に籠って魔法に関すること、この世界の歴史を頭に叩き込んだ。俺は元々この世界の、この世界の人以上に詳しくならないとボロが出るかもしれない。アンは幼少の頃に覚えたそうだ。もちろん日課だったランニングも欠かさない。貴族家に入ったということは魔族と戦うことになるだろう。体を鍛えておくに越したことはない。

 こうして俺は変わり映えのしない生活を送っていた。起きるとメリーが抱きついていて、、家族と他愛のない話をして、アンとメリーが俺のことで喧嘩して、結局俺が仲裁して仲直りさせて、メリーと一緒に寝て…。

 そんな中、俺は前の家族のことが心配だった。離れてから約一ヶ月。ホームシックではないがやはり心配になってくる。みんなの体調。グレンについて。その他色々あるが、挙げていったらきりがないのでやめにしよう。

 その心配が最高潮に達したある日。俺はお父様に相談していた。

「元の家族が心配だから様子を見に行きたい、と?」

「はい。もう一ヶ月ですし……」

「ううむ。しかし、街に出ると危険もあるからな……」

「お願いします。そんな長くいるつもりはないので」

「……よしわかった。行くことを許可しよう。ただし、行く直前に私に言うこと、行くときはメリーもつれていくこと、この二つを守ってくれ」

「! ありがとうございます」

 こうして俺は元の家族と会えることになった。


 突然だがここでこの世界における日付感覚を説明しよう。これまで日付に関するワードは出てきていても説明してなかったからね。日本と同じで一年は十二ヶ月に分かれており、一ヶ月は三十日に統一されている。そして月の呼び方だが、日本の一月にあたるのが、水瓶月、そこから順番にうお、牡羊、牡牛、双子、蟹、獅子、乙女、天秤、蠍、射手、そして十二月にあたるのが山羊、となっている。ちなみに曜日に該当するものは無い。多少不便なところもあったがまあもう十六年なので慣れたし、日本と大きく違っているわけではないのですぐに受け入れられた。


 お父様に相談した数日後、俺は元の家族に会いに、街を歩いていた。

 隣を歩いているメリーが物珍しそうにキョロキョロと辺りを見ている。

「メリーって街に来る機会少なかったの?」

「はい。基本屋敷にいますので」

「へー」

「それに魔族とバレたら大変ですから」

「あ、そっか……」

 今彼女は魔族であることを隠すために体全体を覆える、所謂シスター服を着ている。耳まで隠れるやつ。尻尾も端から見ると目立たない。注視しても少し膨らんでる程度にしか見えないだろう。でも神聖なイメージがあるシスター服が豊かな胸を持っているメリーが着ると謎の背徳感が生まれて、最早そういうプレイにしか見えないのは俺の気のせいだろうか……?

 ……でもその下はいつものメイド服なんだよな……。なんか変な感じ……。

「今日結構気温高いけど暑くないの?」

「……大丈夫ですよ」

 本当に? 額から玉のような汗が出てるのに?

 ジー

「……本当はとっても暑いです……」

 メリーを訝しげな目で見ると、あっさり本音をこぼした。

「強がらなくてもいいのに。もうすぐだから我慢してね」

「……はい。承知しました」

 それにしてもメリーは目を引くなあ。美人だし、こんな暑い中シスター服だし……。こんな美人の隣に俺がいて大丈夫なのかな……?

 そうやって歩くこと数十分。ようやく前の家に着いた。

「ここだよ、メリー」

「そうなんですか。なんというか……」

 家の外観を見るメリー。

「普通ですね」

「そりゃ、平民だからね! むしろ何を期待してたの!?」

「いや特に」

 えぇ……。期待してなかったの……。まあ期待されても困るんだけどね。

 気を取り直して家の扉をノックする。平民の家の扉は魔法具になっていて、ノックされると音が家全体に反響するようになっている。

「はいはーい」

 あの声は姉さんかな?

 扉が開き、姉さんが顔を覗かせる。

「え……!?」

「久しぶり」

 およそ一ヶ月ぶりの再会だ。


 家の中に入った後はもう大騒ぎ。姉さんが抱きついてくるやら、フィイーが抱きついてくるやら、大変だった。落ち着いたのは約十分後。久しぶりに居間でみんなと対面した。

「カイ、そちらの方は……」

「ああ。彼女はメリージュ。俺の専属メイドだよ」

「メリージュと申します。気軽にメリーとお呼びください」

「いつもカイがお世話になっている。ありがとう」

「いえいえそんな。私の方こそ色々してもらって……」

 父さんが礼を言うと、メリーが謙遜する。

「そういえばなんでメリージュさんはそんな格好してるの?」

 あ、忘れてた。メリー暑いよね。

「そういえばそうだった。メリー、そろそろ脱いでいいよ。暑いでしょ?」

「いや……でも……」

「大丈夫。ここには俺の家族しかいないから」

「……わかりました。じゃあお言葉に甘えて」

 メリーがシスター服を脱いで、普段のメイド服になる。

「っ!?」

「ま、まぞ」

「姉さん! フィー!」

 俺が大声を上げると二人はビクッと体を跳ねさせて黙った。しかし姉さんには驚きの、フィーには若干の怯えの表情が浮かんでいる。父さんと母さんはいつも通りだ、流石元王族とそのメイド。

「いいのです、カイ様……。慣れていますし……」

「でもメリーは何も悪くないじゃないか」

 メリーを悪く言うのは許しません!

「で、ですが……」

「そうだな」

 ここで沈黙していた父さんが口を開いた。

「メリージュさんはカイを慕ってくれているし、カイも信頼しているようだ。そんな人を魔族だからといって酷い扱いをするのはおかしいと思うぞ」

「そうだね……。ごめんなさい、メリージュさん」

「ごめんなさい……」

「いえ、お気になさらず」

 父さんの言葉で姉さんとフィーが謝る。

「それはそうと、カイ。突然訪ねてくるとはどうしたんだ?」

「姉さんに時々会いに来てって言われたのと、みんなが心配だったから」

「え? そうなのか?」

「逆になんだと思ったの……」

「いや、貴族家に慣れられずに抜け出してきたのかと……」

 ……俺はそんなに順応性低くないです。

「いや、領主様達は俺のこと本当の家族扱ってくれるし、恋人もできたし」

「「え!?」」

「いや、姉さんとフィーなんでそんなに驚くの……」

「だって……ねえ」

「お兄ちゃんに恋人ができるなんて考えられないし」

「失礼な」

 俺にはアンというとっても可愛い恋人(婚約者?)がいるんだから。本人には照れくさくて絶対言えないけど。

「ま、まさかその恋人って……メリージュさん?」

「……(ポッ)」

「違うから! 別の人だから! メリーも顔を赤らめない!」

 何無言の肯定みたいなことしてんの? 怖いよ?

「いや、ちょっと待ってよメリージュさん」

「? 何でしょう?」

「メリーさんってお兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」

 フィーさぁん!? 爆弾投下しないで!?

「フィーお前俺の恋愛事情になるとむっちゃ聞いてくるな」

「え? だって気になるじゃん」

「私も気になる」

「姉さんまで……」

 この二人色恋沙汰に縁が無いせいかこういう話好きだよなあ。

「カイ様、これは本当のことを言っても?」

「メリーの好きなようにしていいよ。俺は疲れた……」

「わかりました。じゃあ秘密……ということで」

「へぇーそうなんだー」

 ニヤニヤ

「秘密かー。カイも隅に置けないなあ」

 ニヤニヤ

 うわー。あれ絶対メリーの気持ちに気付いてるやつじゃん。それでからかわれるやつじゃん。

「それはどうでもいいだろ! それより姉さんに聞きたいことがあるんだけど」

「何? 恋人ならいないよ」

「いやそんなことは聞いてないし……。最近グレンと何かあったりした?」

「んー、何もないね。カイが注意してくれたからじゃない?」

「ならいいんだけど」

 何も無いようでよかった。

「「カイに……恋人!?」」

 父さんと母さんまだそこで時間が止まってたのね……。


 帰り道。夕日に照らされる大通りを俺とメリーは並んで歩いていた。

「とても優しそうなご家族でしたね」

「メリーが馴染めたようでよかったよ」

「でも、アラン様とマリア様とアン様以外の人がカイ様を呼び捨てにしているのは慣れませんね」

「まあ家族だからね。こればっかりは慣れてもらうしかないんだけど。」

「家族……ですか……」

 そういやメリーの家族について聞いたことなかったな。知りたい気もするけど、この様子だとあんまり聞かないほうがいいかな。

「会う頻度も高くないし気にする必要は無いんじゃないかな」

「そうですね」

「それにしても夕方だっていうのにまだ暑いね。その服暑くない?」

「……とても、暑いです」

 俺達はそんな他愛のない話をしながら屋敷へと戻った。


 後日。

「お父様。この前はありがとうございました」

「いや構わんよ。いろいろ話はできたかい?」

「はい。とても楽しい時間を過ごせました」

「モルトは元気そうだったかい?」

「はい。とても元気でした」

「……メリーは大丈夫だったか?」

「はい。姉と妹が最初驚いていましたけど、父が諌めてくれたので」

「ああ。あいつは種族差別を嫌うからな。問題が無いならいいんだ」

「それでは失礼します」

 執務室から出ていく。家族と会えてよかった。みんな元気そうだったし、メリーも打ち解けられたようだし。

「カイ様。なにかいいことでもあったんですか?」

「いや別に。何でもないよ」

 貴族生活も悪くない。そう思う今日この頃なのだった。

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