第2章 貴族家入り そして再会

 俺が入院して三日経った。未だに体調がすぐれない俺は病院のベッドの上で家族と話していた。すると突然病室のドアをノックする音が聞こえてきた。

「……? どうぞ」

「失礼する」

 入ってきたのは二十代後半と思われる男性二人だ。二人はドアに施錠をすると俺の方へ歩いてきた。

「お前がカイ、だな」

「ええ。そうですけど、何か?」

「ところであなた達は一体? 名乗りもしないのは失礼かと」

 父さんが口をはさむ。

「ああ、すまない。私たちは領主様の言葉をカイに伝えに来ただけだ」

 家族全員の動きが止まった。

(領主様にあのことがバレた? でもなんで?)

「……なるほど。それは……一体何の用でしょうか?」

 父さんがかろうじて返答する。

「『今日から三日後の乙女月二十日の正午、領主の屋敷に来い。話したいことがある』と、仰せだ。時間を守って来るように」

「……わかりました」

 俺達は絶句していた。父さんだけが何とかして話すことができた。父さんが返事をすると二人は「では」と言って病室を出ていった。病室に沈黙が流れる。

「どこから」

 母さんが突如として話し出した。

「どこから……カイのことが……」

 その問いは家族全員が共通して不思議に思ったことだろう。

「で、でもあのことじゃないかもよ?」

 フィーがみんなを元気づけようとしたのかそんなことを言った。

「それはないだろう。それ以外にカイが領主様に呼ばれる理由が思い当たらないからな」

 父さんに一蹴されてしょんぼりするフィー。それはそうと俺、領主様のところに行かないといけないのか……。緊張するというか何言われるんだろう……。理不尽なことが起きないといいけど……。

「とにかく領主様のところに行くのは俺も着いていく。それでいいな?」

 父さんの問いかけに俺達は無言で首肯した。


 そして迎えた乙女月二十日。体調が回復した俺は父さんと一緒に領主の屋敷に来ていた。時間は正午より少し前。家を出るとき母さんたちに「必ず帰ってきてね……」と言われた。今生の別れでもあるまいし……。門番さんに事情を説明すると、応接間まで案内してもらった。そして正午になると同時に応接間の扉が開けられ、領主、アラン・フィアリー様が入ってきた。俺たちの正面に座る。傍らには付き人が立っている。領主様が俺を見る。

「お前がカイか」

「はい。そうでございます」

 検分するような視線。少し居心地が悪い。そして領主様は父さんを見て固まった。ひどく驚いている。

「まさか……」

「カイの父のモルトでございます」

 父さんが領主様に挨拶をする。

「……なるほどな」

 ……何がなるほどなんだよ。領主さま、勝手に納得するなよ……。

「さて、今日呼び出したのには理由があってな」

 俺と父さんの間に緊張が走る。

「乙女月十五日、今日から五日前だな。馬車に轢かれたそうじゃないか。大丈夫なのか?」

「はい。もう体はずいぶん元気になりました」

「その時に治癒魔法らしきものを使ったそうじゃないか」

 ……来た。半信半疑っぽく言ってるけどこれは確信している様子。誤魔化しは効かないだろう。どうするべきか……。

「もしそうなのであれば、どういう対処をするおつもりでしょうか……?」

 父さんが俺の代わりに答えてくれた。

「うむ。カイが良いと言うのなら、フィアリー家に入る、というのはどうだろうか?」

 この言葉に俺と父さん以上に家臣達の方が驚いた様子。

「アラン様! この子を貴族家に入れるとはどういうことですか!?」

 ……おい。

「そうですよ! 子爵家ならまだしも領主家になんて……」

 …………おい。

「失礼を承知で申し上げますが……正気ですか?」

 ………………お……い? ……家臣さん? 無礼過ぎない? 大丈夫? 領主様怒らない?

「あーあー。うるさい。私がいいと言ったらいいだろう?」

 領主様あの口調でもいいんだ……。

「それは何故でしょうか?」

 父さんが尋ねる。

「まあな。色々と理由はあるが……、一つは魔力持ちならば保護するべきだろう?」

 領主様はこちらを向いて微笑んだ。優しい人なのかもしれない。

「あとはまあ……、気まぐれかの……」

 と、父さんをチラリと見ながら続けた。

「それに貴族家入りすれば魔力持ちであることを誰も不自然には思わんだろう。平民で魔力持ちだと知られると、他の領地の輩がうるさいからな……」

 ……俺はどうすれば良いのだろう? 貴族家入りするべきなのか、否か……。

「なに、今すぐに決めよ、とは言わん。二日後、二日後にここに再び来なさい。その時に返事を聞こう」

 俺が悩んでいると、領主様はそう言いその場はお開きになった。俺達が出ていくとき領主様が父さんを見つめていた。父さんに何か知らの興味があるのだろうか。


 家に帰り、父さんと一緒に事の顛末を話した。三人とも驚いていたけど、特に印象的なのがフィーの反応だ。

「え!? お兄ちゃん貴族になっちゃうの!? ねえ、そんなことないよね? 家に残るよね?」

 ……お前反抗期じゃなかったっけ? 何その反応。

「まあ、落ち着け」

 父さんがフィーを宥める。

「……はい」

 しょんぼりとしたフィー。場が静まる。

「俺はカイが貴族家に入るべきだと思う」

 父さんの言葉にみんなが驚く。

「どうして!? カイがいなくなるなんて……。父さんだってカイと離れたいわけじゃないでしょ!?」

「それはそうだが、ちゃんと理由がある。まず一つ目、領主様の提案を断るとどうなるかわからない。俺はお前たちが危険な目にあってほしくない。二つ目、適当な貴族家ならまだしも、領主家に入れてくれると言っている。そこまで酷い待遇は受けないだろう、三つ目。外の領地にバレた時にカイの危険が大きすぎる。それなら領主家という大きな後ろ盾があったほうが安心だ。これらを総合して俺は行くべきだと思うんだが、みんなはどう思う?」

 父さんの言葉にみんな黙る。

「お兄ちゃんと離れるのは嫌だけど……」

「カイにとってそれが一番っていうなら……」

「そうするのが筋ってものじゃない?」

 フィー、姉さん、母さん……。なんでそこリレー方式で話した?俺もうツッコみ切れないよ?

「カイはどうしたいんだ?」

 父さんが尋ねてくる。

「……俺はみんなと離れたくない。でもそれによってみんなが不利益をこうむる可能性があるなら、貴族家に入ることを選ぶよ。世界は広いしね。色々と見聞を広げたいんだ」

 俺はみんなを安心させるために笑ってそう言った。

「そうか。それならお前の意思を尊重する」

 父さんがそう言って各自解散になった。

「カイ」

 部屋に戻ろうとすると父さんが声をかけてきた。

「何?」

「あとで話があるから部屋に来なさい」

「? わかった」

 数分後、俺は父さんの部屋を訪れた。扉をノックする。

「入りなさい」

 部屋の中に入る。部屋の中には母さんもいた。

「母さんもいるんだ」

「まあね……」

 歯切れが悪い。何かあるのかな?

「カイ。お前が貴族家入りするなら話しておくことがある」

「何?」

「何故、お前が魔力を持っているか、だ」

 ……何だって?

「……なんで俺は魔力持ってるの?」

「まあ焦るな」

 そうやって父さんは俺を落ち着かせようとしてくる。自分の体に起こった理解不能なことなんだから落ち着けるわけないのに……。

「俺はな、王族なんだ」

 ……は?

「は?」

「いや、王族というと語弊があるな。『元』王族なんだ」

「……は?」

 ちょっと理解が追い付かないんだけど……。

「昔、マクラル王国という小さな国があってな、俺はそこの皇太子なんてやってたんだ」

「……マクラル王国ってどこ?」

「今はもうない。地理的に言うと、今のライトア領だな」

「! でも今はガルモンド王国でしょ?」

「そうだ。この地域がガルモンド王国になる前はマクラル王国だったんだ。マクラル王国は豊かで良い国だったんだがな、不作により国が荒れ始めて中央政治も狂ってしまったんだ。結果民を苦しめることになっていたんだ」

 そこで父さんは言葉を切る。懐かしんでいるような、そんな感じの表情だ。

「その状態が俺は許せなくてな、俺の父さん、元マクラル国王だな、に進言しようとしたんだがな。当時皇太子でしかなかった俺の政治的発言力は低く聞き入れられなかったんだ。もう手が付けられないと悟った俺は仕方なく今のガルモンド王国の国王に密書を送ってな。うまくマクラル王国がガルモンド王国に取り込まれるようにしたんだ」

「へえ……。つまり、父さんはマクラル王国皇太子だったのに実質ガルモンド王国のスパイをしていたってこと?」

「まあ、有り体に言えばそうなるな」

 ……へぇ、父さんは王族だったんのか。

「でも、それじゃあなんで父さんには魔力がないの?」

「あぁ。マクラル王国の王族は代々魔力が元々無い一族だったからな」

「? じゃあなんで俺には魔力が?」

「父さんの三代前にな他国から姫に嫁いできてもらった人がいたらしくてな。その姫というのが魔力持ちだったらしい。だからカイは先祖返りしたんだろうな」

 なるほど……。

「じゃあ母さんは父さんとどういう関係だったの?」

「母さんはな、俺の専属メイドだったんだ。唯一真実を話せる相手でな。皇太子の頃から好きだったんだが如何せん身分差がな……。マクラル王国が無くなって、身分に囚われなくなってから結婚を申し込んだんだ」

 母さんってメイドだったのか……。だからあんなに家事が上手なのね。というか母さん、顔赤らめすぎじゃない?

「わかった。全部理解したよ」

「そうか。出来ればこの話はヴェラとフィーにはしないでくれ。平穏な日々を過ごして欲しい」

「うん。言わないよ」

 俺はそう返事した。父さんと母さんは笑った。俺もつられて笑った。その後父さんの部屋を出て自分の部屋に戻り、眠りについた。


 そして迎えた約束の乙女月二二日。領主様に返事を伝える日がやってきた。

 前回と同様に屋敷に通してもらい、父さんと一緒に応接間で待っていた。すると、

「すまん、すまん。私も忙しくてな」

 本当に忙しいようで顔に疲労の色を浮かべて領主様がやってきた。

「大丈夫ですか? 疲れているようですが」

「ああ。問題ない。早速返事を聞かせてもらえるか?」

「はい。今回のお誘い、謹んで受けさせていただきます」

「そうかそうか。それは良かった」

 領主様は笑ってそう言った。父さんは深々と頭を下げる。

「息子のことをよろしくお願いします」

「勿論ではないか」

 ……この二人面識あるのかな? やけにやり取りが自然だけど。父さんがまだ王族だった頃に会ったことがあるのかもしれない。

「では、私物など運ぶ必要があるだろうからな。乙女月二九日までにまとめておいてくれ。その日の昼に迎えを遣わせる」

「わかりました」

 よかった今日からじゃなくて。俺にはまだやり残したことがあるんだ。


 翌日、俺は姉さんを連れてグレンの家へと向かった。そう、昨日言っていたやり残したことの一つがこれだ。最近鎮静化しているとはいえ、まだまだ姉さんが心配だ。俺がいなくなった後に姉さんに手出ししないように言っておかないと。

 今までグレンが姉さんにしてきたことを思い返して怒りを再燃させているとグレンの家に着いた。グレンを呼び出す。

「何だよ」

「俺は近々旅に出るんだ。長い間いなくなるし、いつ帰って来るかもわからない」

 貴族家入りのことは言うと面倒なことになりそうなので、旅に出るということにした。信憑性低い嘘じゃだめだしね。

「……そうかい。それだけなら帰ってくれ」

 グレンは気怠そうに、でも何か企んでいるような顔をした……ように見えた。こいつ……懲りてないか? それならこっちにも考えがある。

「俺がいない間、姉さんに手を出すなよ?」

「っ! あ、ああ。もちろんじゃないか」

 明らかに動揺してる感じだな。これは強く言わないとだめそうだ。

「お前のことが信用できないからもう一度言うぞ? 絶対に姉さんに手を出すなよ。もし、出したら……」

「出したら……?」

 グレンの腰が引けてきた。あと一押しかな?

「お前、俺が返ってきた後に五体満足でいられると思うなよ」

「ひ、ひぃ」

 俺が殺気を纏って言うとグレンは腰を抜かした。

「わ、わかった。手は出さない。接触もしないから……。約束するから……」

 グレンは完全に怯えていた。そんなに怖かったか? まあ、これでもう大丈夫だろう。

 その帰り道。

「ありがとうね、カイ」

「いや、当然のことをしただけだよ。姉さんが心配だからね」

「でも……、カイがいなくなるのは嫌だな……」

「俺もみんなと離れるのは嫌だよ」

「じゃあさ……」

 そう言って姉さんは俺の前に来ると、

「時々会いに来てね?」

 上目遣いでそう言ってきた。

「わ、わかった……」

 姉さんは身内贔屓抜きにしても美人なんだから、そういう人の上目遣いは……。もうちょっと自覚してほしい……。

「そっかー。よかったー」

 俺の苦悩を余所に、姉さんは機嫌よさそうに俺の前を歩いて行った。その姿を見て、貴族家に入ったら家族が少しでも色々なことが楽になるように陰ながら支えよう、そう決意したのだった。


 そして迎えた乙女月二九日。俺は領主の屋敷からの使者が来るのを自室で待っていた。荷造りはとっくに終わっている。すると扉をノックする音が聞こえた。

「入るね」

 姉さんだった。

「どうしたの?」

「うん……ちょっとね」

 顔が赤い。緊張してるのかな? でもなんで?

「カイ、今日で出て行っちゃうじゃない?」

「うん。そうだね」

「だから少しでも長く一緒にいたくて……」

「わかった。じゃあ迎えの人が来るまで一緒にいようか」

 ……何このカップルみたいな雰囲気。口から砂糖出そう。実姉だけど。

「あのさ……」

 静寂を破り、姉さんが口を開く

「カイともう会えないなんてことは無い……よね?」

 不安げな瞳。寂しさ、愛おしさも混ざっている。

「大丈夫。来れるときに訪ねるから」

 できる限り安心させるために、俺はつとめて明るく返した。

「そう……。必ず会いに来てね」

「もちろん」

 その時、家の外から馬のいななきが聞こえた。使者が来た様子。……別れの時だ。

 出発の時。俺は家族と別れを惜しんでいた。姉さんとは無言で抱擁を交わした。フィーは相変わらず冷たかったがその目にはありありと寂しさが浮かんでいる。父さんと母さんは「元気でやれよ(いるのよ)」と言って頭をくしゃっと撫でてくれた。

 一通り別れの挨拶が終われば出発。新しい生活へと向かっていった。

 ……あ、杏探すの忘れてた…。


「行っちゃったね」

 私が呟く。他のみんなも頷く。

「お兄ちゃん……」

 フィーも寂しそうだ。カイに反抗的な態度をとっていたものの、それは照れ隠しだと私は知っていた。

 ……カイは気づいてないかもしれないけれど……。

「いつ来てくれるんだろう……」

「そんな早くは来ないよ」

 カイも忙しいんだろうから。

「そうだろうな」

 父さんも同意した。

「いつか……必ず……」

 私は遠ざかる馬車を見つめながら再び呟いた。


 領主の屋敷に着いた俺は応接間に通された。三回目だね。そこには既に領主様とその奥さんと思われる人がいた。

「お待たせしました」

「いや、構わんよ」

 改めて自己紹介をする。

「改めまして。今日からフィアリー家に入らせていただきますカイです。これからお世話になります」

「うむ。では改めて。ライトア領主アラン・フィアリーだ。こっちは妻のマリア」

「マリア・フィアリーです。アランからカイ君のことは聞いていたわ。こちらこそよろしくね」

 随分と好意的だ。ありがたい。

「さてカイは我がフィアリー家の一員となったわけだが、いくつか話すことがある」

「? 何でしょう?」

「うむ。まず一つ目。お前は表向き、私が世間から隠していた子とする。なので私のことは"お父様"、マリアのことは"お母様"と呼んでくれ。そして私たちはお前のことをカイと呼ばせてもらう」

「わかりました」

「二つ目。貴族社会は魔力を継承することが優先でな。相手が見つかればいいのだが、見つからないもしくは好きな人がいないなら家族間結婚も許されている。まあ子供の恋愛に口出しをするつもりはないから自由にしてくれて構わん」

「はあ」

 それにしても随分と優遇されてるな。逆に裏がないか怖くなってきたぞ。

「あのー質問してもいいですか?」

「何かわからないところでもあったか?」

「いや…俺がこんなにも歓迎されているのは、俺が王族の血を引いてるからですか?」

「……それを誰に聞いたんだ?」

「父からです」

「む? 私か? わたしは言った覚えが……」

「お父様じゃなくて!」

「わかっておる、わかっておる。モルトのことだろう? あやつが子供に話すとはな…」

 やっぱり父さんとお父様って知り合いだったんだね。……"父さん"と"お父様"がごっちゃになりそう…。

「まあそれが無いと言ったら嘘になるが、大きな要因はカイの人間性、だな」

「俺の……人間性?」

「ああ。カイの魔力持ちが発覚してからカイの情報を集めていたんだ。それでわかったことはカイが誠実で優しい子である、ということだ。そのような子は大歓迎だ。これからは遠慮することは無い。本当の家族のように接していこうじゃないか」

 この言葉を聞いて俺は無意識のうちに目から涙を流していた。どこかしら不安な部分があったからだろう。お母様が隣に座って背中を撫でてくれた。優しく、そして慈愛に満ち溢れた手だ。俺は気が済むまで泣いていた。

「すみません……」

「いいのよ。家族と急に離れて心細いでしょう?仕方が無いわ」

 お母様が絶えずに撫でていてくれたお陰でだんだん落ち着いてきた。

「度々になりますが、これからよろしくお願いします」

「うむ。ようこそフィアリー家へ」

「今日からあなたは私達の息子よ」

 こうして俺はフィアリー家の一員となった。

「それではまずカイの部屋にに案内しようか。メリージュ案内しなさい」

 お父様がそう言うと、一人のメイドが応接間に入ってきた。

「――!」

「わかりました。カイ様こちらへ」

 メリージュと呼ばれた少女はそう言うと歩き出した。俺もその後ろについていく。

(魔族……だよな?)

 そう。メリージュは魔族だった。尖った耳、臀部から生えている尻尾。それらの特徴が彼女が人ではないことを示していた。

(父さんの言っていた、人との共存を望む魔族……か)

 この屋敷で働いているのだから、少なくとも敵意は無いのだろう。

(最初は驚いたけど、悪い人ではなさそうだ)

 そんなことを考えていると、俺の部屋だと思しき部屋についた。

「ここでございます」

 メリージュが扉を開けてくれる。中はとても一人では勿体無いくらいに広かった。前住んでいた家と同じくらいかな?

「それでは改めまして。メリージュと申します。見ての通り淫魔族でございます。本日からカイ様の専属メイドになりました。歳は五六です。不束者ですがよろしくお願いします」

(年上なのか……? 見えない……)

 彼女の姿を見たとき、他の何よりも目を引くのが、俺よりも低い体に似合わぬ豊かな胸部だ。杏も相当のものを持っていたので見慣れていると思っていたが、彼女のはそれを凌駕している。身長は低いのだが、顔は大人びており出るところは出ているため俺と同い年くらいに見える。年上には見えない。魔族であるし長寿なのだろうから、人間の年齢に換算するとまだ若い少女なのだろう。

「これからよろしくね、メリージュ」

「メリー」

「え?」

「メリージュでは呼びにくいでしょうから"メリー"で大丈夫でございます」

「わかったよ、メリー」

「っ……」

 メリーは顔を赤くした。どうしたのだろう? 熱でもあるのかな?

「……カイ様は私を見ても怖くないのですか?」

「? なんで?」

「私はその……魔族ですし、その中でも上位と呼ばれる淫魔族ですから。怖がるか排他する人が多いんです」

「魔族ってことはわかるけど、淫魔族が上位ってことは知らなかったよ。でもメリーは別に害を及ぼすわけじゃないでしょ? なら怖がる必要はないし、仲良くしたいな。俺も元平民だしね」

 俺がそう言うとメリーは瞳に涙を浮かべて頭を深々と下げた。

「ありがとうございます……。カイ様の助けになるように精進します……」

 その時、お父様がやってきた。

「カイ、娘達に会わせるから下に…、ってなぜメリージュが泣いている? まさかカイ、お前……」

「いやいや俺は何も……」

「……カイ様は何もしていません。カイ様に受け入れてもらえたのが嬉しくて……」

「そうか……。それならいいのだ。さあ行くぞ」

 お父様が俺達を促した。自分の部屋から出てお父様とすれ違う時、

「メリージュは魔族であることから、他人に排他されたり自分を卑下するところがある。彼女を受け入れて面倒を見てやってくれ」

 そう小声で言ってきた。俺は一瞬驚いたがすぐに頷いた。メリーは俺が守ろう。


 メリージュはアランと会話するカイを見ながら今後について考えていた。

(カイ様の専属メイド……。同じ部屋……。同棲!? カイ様かっこいいし緊張するなあ……)

 顔は最早、恋する乙女のそれである。

(それにしてもカイ様……。優しいし純粋だし平民生まれ……。貴族にもてあそばれないように私が守らなければ……)

 そんなことを考えながらカイの後ろを歩いて行った。


 リビングに行くとそこには既にお母様と二人の少女が座っていた。片方は俺より年下、もう片方は俺と同い年くらいかな? 顔が見えないからよくわからないや。

「今日から我が一家の家族になるカイだ。アン、マーサ、挨拶しなさい」

 お父様が俺の紹介をしてくれる。年下の子が駆け寄ってきた。活発そうな女の子だ。

「初めましてです。マーサ・フィアリーです。十三歳です。カイお兄ちゃんって呼んでもいいですか?」

「もちろん。今日からお世話になるカイです。マーサって呼んでもいいかな?」

「はいです! カイお兄ちゃん」

 マーサは随分と人懐っこい子のようだ。というかフィーと同い年なんだな。性格も似てるしなんか初めて会った気がしない。

「もうマーサったら。ごめんなさいねこの子やんちゃだから……。私はアン・フィアリー。十六歳だよ。よろしくね」

「はい。こちらこそよろしくね。同い年だね」

 俺はアンに声をかけられてそちらの方を向いた。

『!? まさか……』

『嘘でしょ!?』

 思わず日本語が出てしまった。だってそこにいたのは……

『杏!?』

『櫂斗!?』

 俺がずっと会いたいと願っていた少女の顔が。

 異世界生活十六年目。ようやく杏が見つかりました。

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