第13話

行き倒れを見付けた私はティファナとルナに誰か大人の男性を連れてくるように頼んだ。さすがに子供三人で大人の男性一人を運ぶ事はできない。

幸いお腹がすいて倒れているだけのようでぱっと見て怪我をしている様子はない。


(どこかで見たことがある気がするのよね……誰だったかしら?)


着ている服や身に付けているマントはあまり上等なものでは無いがマントのフードから覗く顔は少しげっそりしているものの美形と言える。髪も銀色で日の光を浴びてキラキラしていた。こうして目を閉じていると良くできた等身大の人形のようだ。

歳は十代後半から二十代前半といったところだろうか。こんな美形一度見たらなかなか忘れられないだろう、少なくとも村に来てからあった人ではない。多分公爵家にいた時に出会った人でもないと思う。

思い出せそうでなかなか思い出せない記憶と戦っているとティファナとルナがお父さんを連れて戻ってきた。


「スザンナ!何があったんだ?」

「お父さん!この人、お腹すいてるみたいなの」

「行き倒れか?」


お父さんの言葉を肯定するようにぐぎゅるるると凄まじいお腹の音がした。もちろん青年からだ。


「仕方ない……うちまで運ぶか」


お父さんはそういうと軽々青年を担ぎ上げた。さすがお父さん、村一番の力持ちである。行き倒れを見つけてしまった私はさっきまで摘んだベリーを持って家に帰ることにした。青年が何者なのか気になったのだ。ティファナとルナに断りをいれてお父さんの後ろをついていった。


家に着くとお父さんは自分の部屋のベッドに青年を寝かせまた家を出ていった。念のために村のお医者さんを呼びにいったのだ。

お医者さんの到着と診療を待つ間、私はソニアさんの手も借りて消化にいいお粥を用意することにした。あんなにお腹がなっていたのだ、長い間何も食べてなかったのだろう。

前世の乙女ゲームの記憶を思い出して以降、あまり戻らなかった記憶だが断片的に思い出すことがあった。私はその中でお粥の存在を知ったのだ。

幸いお米はリンダさんのお店に品物を卸しに来る農家さんから分けてもらうことが出来たし、村で家畜を飼育してるおじさんから卵も分けてもらえたので卵粥が作れる。

私の作ったお粥を見てソニアさんは「不思議な料理ね」と驚いていたが味見してもらったところ食べやすかったらしく気に入ってくれたようだ。

卵粥が完成する頃にはお医者さんによる青年の診察が終わっていた。


「空腹と疲労で倒れたらしい。食事を取ってゆっくり休めば回復するそうだ」


お医者さんを見送ったお父さんはそう言っていた。青年を見ているように言われ私はベッドの傍に椅子を持ってきて座った。

お父さんとソニアさんは青年を見て何か知っているらしく小さな声で話ながら部屋を出ていってしまった。私に聞かせられない話のようだ。

二人が出ていって数分もたたないうちに青年はもぞもぞと動いたかと思うとゆっくり目を開けた。その目は空を切り取ったような青だ。

やはりどこかで見た気がする。しかしどこで見たのか思い出せない。


「ここは……」


思い出せない記憶に首かしげていると青年が口を開いた。


「目が覚めてよかったです、起きられますか?」


声を駆けると青年は頷いてゆっくり上体を起こす。用意していた水差しの水をコップに入れて差し出すと彼は一気に飲み干した。


「……君が助けてくれたのか?」

「見付けたのは私と友人達ですが、あなたを連れて帰ってきたのは父です」

「そうか……助かった、ありがとう」


青年の問いに答えれば頭を下げられた。その時また青年のお腹が大きめの音を立てた。


「……ふふっ、ご飯用意してるんで持ってきますね」


思わず笑ってしまった私に青年は「申し訳ない」とさらに深く頭を下げた。

キッチンで卵粥を暖め直して器にもりスプーンと一緒にトレーに乗せて青年の元に運ぶ。


「どうぞ」

「これは……料理、か?」


トレーごと青年の膝に奥と不思議な顔をされた。確かに見た目はどろどろしてるし見慣れない人からすれば料理だと思われないのかもしれない。でも味はソニアさんから保証されている。


「味は保証しますよ」


自信を持ってそう告げると青年はスプーンを手に取りお粥を掬いぱくりと口にいれた。


「……美味い」


ポツリと呟かれた言葉に安堵する。

ソニアさんのお墨付きとはいえ、味覚は個人で異なる。口に合わなかったらどうしようかと思った。

その言葉がお世辞で無いことを証明するように青年は黙々とお粥を口に運びあっという間に器を空にした。


「美味かった、ありがとう。君……えっと、名前は?俺はジークだ」

「スザンナです。どういたしましてジークさん」


名前に聞き覚えはない。そのうち思い出すだろうと深く考えるのをやめて空になった器をトレーごと下げる。


「スザンナ、君のお父上にも礼を言いたいのだが」

「わかりました。今、呼んできますね」


トレーをキッチンに運ぶついでにリビングで話し込んでいたお父さんとソニアさんに声をかけた。

いつになく真剣な顔で話し込んでいたが私が近付き声を駆けると二人はすぐに来てくれた。


「飢え死にするところを助けていただき本当にありがとうございます」


お父さんとソニアさんを連れてくるなりジークと名乗った青年は私にしたように頭を下げた。

話を聞いてみるとジークさんは何でも屋のような仕事をして旅をしながら生計を立てていたが、最近めっきり仕事がなくなってしまい手持ちのお金も底をついてしまって食べるものもなく倒れていたそうだ。本当に助かったと何度もお礼を言われた。

またすぐ旅に出るというジークさんを父が引き留めた。


「旅費もないのにまた倒れたらどうするんだ、この村で仕事をしてお金を貯めればいい。今は人手不足だからな、力仕事が出来るやつがいると助かる」


ジークさんを気遣っての言葉なのだろう。

彼は目を見開き床に膝をつくと頭をぶつけそうな勢いで頭を下げた。


「なんでもします!是非お願いします!」


こうしてしばらくの間、ジークさんがこの村に住むことになった。

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