第12話
捻った足は大したことがなかったけれど念のため数日間お店を休ませてもらうことになった。
その間、お店で知り合った村の人たちが次々にお見舞いに来てくれた。
小さな村なだけあって何があったのかはすぐ伝わったらしく、アルトくんはいろんな人からこっぴどく叱られたらしい。
今は心を入れ換えてリンダさんのお店を手伝っているそうだ。
お見舞いに来てくれた中には村の子供達もいた。早く元気になるようにと男の子達は森で取った果物とか川で釣った魚を、女の子達は摘んだ花で作った押し花や小さな花束を持ってきてくれた。皆の名前はまだ覚えきれてないけれど治ったら一緒に遊ぼうねと約束をした。いい子達ばかりで胸の奥が暖かくなる。
その中でも一番私を心配してくれたのはウォルトさんだった。
「足の調子はどうだ?」
「何か必要なものはないか?」
「腹減ってないか?」
頻繁に私の様子を見に来てはその度にソニアさんに追い払われている。
挙げ句に「スザンナさんが休めないでしょう!」と怒られて大きな体を小さく丸めていた。大きな熊がしょんぼりしているみたいで可愛いかった。
怪我もすっかり良くなって私はお店での仕事に復帰したが、気が付けばすっかりウォルトさんが過保護になっていた。
お店はお隣だと言うのに着いてこようとするし、終わる時間に迎えに来ると言い出した。これにはソニアさんだけでなくリンダさんも呆れていた。
母もここまで私に過保護だったことはなかったが、大切に思われていると言うことが私は嬉しかった。
公爵家で公爵令嬢をやっていたのが嘘のように私はこの村での暮らしに馴染んでいった。
月日が移り変わるのはとても早く、村で暮らしはじめてあっという間に一年が過ぎた。
その間に私は料理も覚えたし家事も覚えた。公爵家を出たときに切り落とした髪も伸びて女の子らしくなったと思う。
友達も出来た。
ティファナというまっすぐ伸ばしたハニーブロンドの髪が綺麗な女の子と、ルナという黒髪を顎のラインで切り揃えた女の子だ。ティファナはオシャレするのが大好きでお店に新しいリボンや布が入荷するとすぐにやって来る。私のひとつ年上で服を自分で作ってしまえるほどに手先が器用だ。
ルナは私と同い年の大人しい女の子。本を読んだり黙々と作業をするのが得意でよくティファナの服作りを手伝っている。私はこの二人と遊ぶことが多かった。
この日もお店がお休みだったので私は二人と森に遊びにいく約束をしていた。
「スザンナ、忘れ物はないか?あまり森の奥には行くんじゃないぞ?日が沈む前に帰ってこい」
「うん、大丈夫。ありがとうお父さん」
「ウォルトったら本当に過保護なんだから……スザンナはしっかりしてるんだから大丈夫よ」
「うん、危なくなるようなことはしないよ。じゃあ行ってきます。お父さん、ソニアさん」
一年間一緒に暮らしたことで私はすっかりウォルトさんとソニアさんになついていた。
今ではウォルトさんをお父さんと呼び敬語も抜けた。
ソニアさんは私を呼び捨てで呼んでくれるようになったが、私はなんとなくお祖母さんやお祖母ちゃんと呼ぶのは躊躇いがあってソニアさんと呼び続けている。彼女は年齢の割に見た目が若くて綺麗なのだ。
私もソニアさんの様に歳を重ねていきたいという尊敬を込めて名前で呼んでいきたい。その思いをソニアさんに伝えたところ照れたように微笑みながら名前で呼ぶことを了承してくれた。
見送る二人に手をふって私は待ち合わせ場所に指定した村の入り口に向かった。
ティファナとルナはもう到着していて私を待っていた。
「スザンナ!おはよう!」
「おはようございます、スザンナちゃん」
元気一杯のティファナに対してルナはいつものように大人しい。
「おはよう。ティファナ、ルナ」
「見てみて!新作のワンピース着てきたのよ!」
私が駆け寄るとティファナは自慢するようにワンピースの裾を軽く摘まんで見せた。
濃いブルーのワンピースに白いレースがあしらわれており胸元にはレースと同じリボンが結んである。シンプルながらもティファナの可愛らしさを引き立てるデザインだ。
「ティファナによく似合ってて可愛いね。あ、ルナもお揃い?」
よく見てみればルナもティファナと同じデザインのワンピースを着ている。優しいクリーム色でレースもリボンもティファナとお揃いだ。
「ティファナちゃんが……作ってくれたんです」
指摘されたのが恥ずかしいのかルナはうつ向いてしまった。
「ティファナもルナもとっても似合ってて可愛いね」
「でっしょー?今、スザンナの分も作ってるから楽しみにしててね」
服を褒めるとティファナはにっこりと微笑む。
「私の分までいいの?」
まさか自分の分を用意してくれているとは思わなくて首かしげるとティファナは「もちろん!」と頷いた。
「スザンナは顔がいいから同じデザインにしちゃうとどうしても服が負けちゃうのよ。だからスザンナを引き立たせる服を今考えてるの!力作にするから期待してて!」
ティファナの服への情熱は本当に尊敬する。彼女はいつか王都でデザイナーになりたいそうだ。
合流した私達は三人手を繋いで森に出掛けた。
今日はルナがベリーがたくさんなっている場所を見付けたとかでそこに行くつもりだ。森の奥深くというわけでもないので子供だけで行っても問題ない。
ルナの道案内で歩いていくとたくさんのベリーが実をつけた場所があった。
おしゃべりしながら摘み取っていると、不意に後ろでがさりと繁みが揺れた。
「い、今のっ……なんですか!?」
過剰に反応したのはルナだ。肩を震わせびくびくと怯えている。
「どうせ、うさぎとか猫とかでしょ?村から近いし熊や狼みたいな猛獣がでることなんて滅多にないんだからっ!」
ルナを庇うように後ろに隠したティファナも少し怖がっているのか声が震えている。
「私、ちょっと見てくるね」
ティファナの言うようにこの辺りに危険な動物は滅多に現れない。大丈夫だとは思うが万が一の時には二人を逃がさなければと思い少し警戒しながら揺れた繁みをこっそりと覗きこんだ。
そこに居たのは熊でも狼でもうさぎでも猫でもない。
ぐううぅ、とお腹を鳴らす一人の青年だった。
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